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●ノルウェイの森②アメリカン・フォークソング 前篇 [books]

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1964年から65年にかけて、日本に巨大な洋楽台風がやってきました。
それも三つも。

それがエレキインストゥルメンタル、ビートルズ、フォークリヴァイヴァルの三つ。

いずれも大ブームとなり、その後の日本の音楽に大きな影響を残しました。

順番はどうだったかというと、アメリカではフォークブームのきかけといわれるキングストン・トリオの「トム・ドゥーリ―」が1958年、ベンチャーズの「急がば回れ」が1960年、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」が1962年ということになります。

日本ではどうだったのでしょか。

当時、トランジスタラジオを耳にあてて聴いていたわたしの印象では、僅差でフォーク、ビートルズ、ベンチャーズ(実際はアストロノウツが嚆矢ですが)の順番。
ただ、あれから半世紀を経た現在では、〝ほぼ同時〟ということで。

おそらくほぼ同年代の村上春樹兄も、こうした洋楽を聴いていたのだと思います。

ベンチャーズというか、日本では社会問題までに波及したエレキのインストについては、わたしの読んだ本の中ではふれられていなかったようです。
フォークソングについては、ビートルズほどではありませんが、わずかながら出てきます。

まあ、村上春樹のテリトリーはジャズ、クラシック、ポップスが主流なのでフォークソングの〝軽視〟は仕方のないことかも。まるで出てこないカントリーよりはましです。

そのフォークソングがはじめに出てくるのは、デビュー作の「風の歌を聴け」で、40章あるこの本の1頁にも満たない短いチャプターの中に。
その章は物語も終盤にさしかかり、書き手でもある「僕」がストーリーからはなれてひと息つくというコーヒーブレイク的な描写で、〈当時誰もがそうだったように、自分もクールに生きたいと思い、思っていることの半分も話さないようにした〉、というような話が書かれています。

その最後に、眠気を蹴飛ばしながらといいつつ以下のように書いています。
『……今、僕の後ろではあの時代遅れなピーター・ポール&マリーが唄っている。
 「もう何も考えるな。終わったことじゃないか。」』

ごぞんじのようにこのPPMの歌は「くよくよするな」
ボブ・ディランがつくった歌で、「天使のハンマー」や「500マイル」に比べると日本では人気上位ベスト10に入るかどうかというほどの歌。
個人的にはとても好きな歌で、ボブ・ディランより先にPPMで聴きました。

ようやく「ノルウェイの森」に。

主人公の僕(ワタナベトオルといいます)が、本命の彼女から、療養生活(精神の)にはいるからしばらく会えないという手紙を受け取ったあと、学園紛争一過のキャンパスで女の子から声をかけられます。彼女は主人公のことを、〈クールでタフなハンフリー・ボガードみたいなしゃべり方〉だといいます。
クールに振る舞うことがすっかい板についたようです。それはともかく。

彼女は書店の娘で、はじめて彼女の家に行ったとき、土産に持って行った水仙の花をみて、「七つの水仙」を口ずさみ、高校時代フォークグループで歌っていたことを話します。
「七つの水仙」は、日本ではキングストン・トリオ以上に人気を博したブラザーズ・フォアのヒット曲。彼らの日本での最初で最大のヒットは「グリーン・フィールズ」でした。

そして、なぜか近所に火事が発生しますが、二人は物干しでそれを見物します。それから彼女はギターを持ち出してフォークソングをいくつか歌いはじめます。

「レモン・ツリー」
「パフ」
「五〇〇マイル」
「花はどこへ行った」
「漕げよマイケル」

PPMのヒットパレードですね。「天使のハンマー」が抜けていますが。

わたしが高校へ入った時もオリエンテーリングで、軽音楽部がPPMのナンバーを披露してくれました。ギター、ウッドベース、女性ヴォーカルの変則的PPMでしたが。
女性ヴォーカルはマリー・トラバースとはうって変ってのショートカットでしたが、歌とともにその印象がいまも残っています。顔は忘れてしまいましたが。
とにかくまだ半分中坊だったので、「高校ってスゲェ…」と感嘆することしきりでした。

で、小説「ノルウェイの森」は暗い辛い話です。
当時この本を読んで、そののち村上春樹を読まなくなってしまったのはそのためです。

とにかく、自殺者が多い。当時はそういう言葉はまだ使われていませんでしたが、「病んでいる」人間が多く出てくるのです。
当然のごとく、自ら命を絶つ理由は明確に書かれていません。しかし、彼らが死を選ぶことに対して、読者はなぜか納得してしまうのです。

小説の中では〝生き残って〟いましたが、ビートルズをギターで弾き語りした元ピアニストの中年女性や高校時代フォークバンドにいた二番目の彼女、あるいは恋人を自死させた主人公が尊敬?する先輩、彼らいずれもが物語が終わって、いずれ自殺するのではないか、つまり主人公以外はすべて「誰もいなくなった」ということになるのではないかとすら思ったほどでした。

「ノルウェイの森」を20数年ぶりに再読しましたが、やっぱりその暗い、病んでいるという印象はかわりませんでした。
ただ、最初に読んだ時ほど引っかからなかったのは二度目ということもありますが、登場人物たちが、現代の、とりわけ若者たちに重なる印象があるからです。
以前は他所の世界の話だったのが、再読してみるとやたらリアリティが増している。
これはいまとなっては「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」のキャラクターたちにも感じられることです。

ということは、著者は30年も昔から、こうした現代を予見していたことになるわけで、そう考えると、村上文学の存在感が改めて浮かび上がってきます。
「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」と「ノルウェイの森」を比較すると、作家の変化・変遷が感じられます。全体に醸し出されているドライ感というかクール感が「ノルウェイの森」では薄くなっているような気がします。

それならばその後に書かれたいくつかの作品でも変化があるはずなので、もう一度村上春樹作品を何か読んでみようかなという思いにもなりました。読みたい本がほかにもあるので、果たして実行できるかどうか。

最後に好きなPPMをもう1曲。
ベストはジョン・デンバーが作った「悲しみのジェット・プレイン」なのですが、このブログで何度も聴いてきましたので、村上春樹流に知る人ぞ知る(マイナーだけどちょっとだけメジャー)という「ア・ソーリン」を。
イギリスのトラッドでクリスマスソング。題名は「魂(ソウル)」だとか。
日本でもオフコースやチューインガムがカヴァーしていました。

次回は「ノルウェイの森」からは離れますが、村上春樹をもう一度。さらにアメリカンフォークソングをもう一度聴いてみたいとおもいます。


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●ノルウェイの森①ラバーソウル [books]

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「ノルウェイの森」は村上春樹の5本目の長編小説で、「風の歌を聴け」のデビューから8年目の1987年に出版されています。村上春樹の著作のなかで最も売れた小説ともいわれています。

個人的には、デビューからの2作を読んでしばらくしてから、そのタイトルにつられてついつい読んでしまったという小説。

話はそんなにイケメンではなく(多分)、金持ちでもないのに、なぜかモテモテの主人公が真剣に二股ライフに身をついやすという、愛とセックスの青春ストーリー(ハルキストのブーイングが聞こえてきそうですが)。

期待を裏切らず、ページをめくってまず流れてくるのはビートルズの「ノルウェイの森」Norwegian Wood。

物語は、職業は不明だが、ドイツのハンブルグ空港に着いた主人公が、機内に流れる「ノルウェイの森」を聴いて18年前の過去・1969年を回想するというシーンがオープニング。

「ノルウェイの森」はビートルズ6作目のアルバム「ラバー・ソウル」の収録曲で日本では1966年に発売されています。
シングルカットされたのは「ノー・ホエアマン/消えた恋」で、またラジオからよく流れていたのは「ミッシェル」や「ガール」で、当時「ノルウェイの森」が話題になった記憶はありません。
むしろ村上春樹のベストセラー小説で再認識されたという印象が強い。

歌詞の内容は、
〈彼女をナンパして家に行き、ワインでしたたか酔って眠り、目が覚めたら彼女がいなかった。だからノルウェイ製のウッドでできたその部屋に火をつけてやった〉
というまるで放火魔じゃないかと突っ込みたくなるような、なんとも物騒な話。

森なんかどこにもでてこない。なんでも、レコード発売当時、担当者がNorwegian Wood(ノルウェイ製の木材)を「ノルウェイの森」と誤訳したのだとか。
ならば、もしこの「ラバー・ソウル」の1曲を「ノルウェイ製の家具」とかなんとかタイトリングしていたら、はたして村上春樹の「ノルウェイの森」が誕生したかどうか。
ほかの題名で出版されたとしても、かくほどベストセラーになりえたかどうか。
まぁ、そんなことはどうでも。

「ラバー・ソウル」は小説「ノルウェイの森」の7年前、デビュー2作目の「1973年のピンボール」にも出てきます。
それはまず、話半ばで主人公の「僕」と同棲していた双子の姉妹の3人でコーヒーを飲みながらLP「ラバー・ソウル」の両面を聴くという幸せな時間があり、またラストでも、姉妹が部屋を出て行ったあと、主人公がひとり、やはりコーヒーを飲みながら「ラバー・ソウル」聴くという透明な日曜日が描かれています。

まあ、1980年に書いた「1973年のピンボール」は7年後の「ノルウェイの森」の予告篇ということも。「ノルウェイの森」で主人公の恋人となる直子についても、短いエピソードででてくるし、彼女が死ぬことも予告されていますしね。
つまり「ノルウェイの森」は「1973年のピンボール」(「風の歌を聴け」も)の後編、いや年代的には、前篇になるわけです。

話を音楽に戻して、小説「ノルウェイの森」のなかで、楽曲「ノルウェイの森」は、冒頭シーン以外であと2度流れてきます。これはビートルズではなく、恋人が入院していた療養所で、ルームメイトだった中年女性のギターの弾き語りで。
もうひとつ付け加えれば、この「ノルウェイの森」は恋人が好きだった歌で、主人公が好きだったわけではありません。そういえば、「1973年のピンボール」でもLP「ラバー・ソウル」は主人公が買ったものではなく、双子の姉妹が買ったものでした。

とりわけラスト間際、恋人が死んだあと主人公と中年女性がふたりだけの弔いをするというシーン。その中年女性がビートルズを中心に50曲ものギター演奏をするのが子供っぽくっておもしろい。もちろんそのなかに「ノルウェイの森」も。

そのあとふたりは予想どおりベッドインするのですが、このあたりも70年代のヒッピー思考を象徴しているようで、ファンに支持される一因なのだろうと思います。

しかし、「ノルウェイの森」というタイトルはみごとですね。
その響きはとても詩的で、ラブストーリーにはもってこい。ビートルズというメジャーバンドのなかでも比較的マイナーな楽曲を選ぶあたりが村上春樹です。
これが「イエスタデイ」とか「レット・イット・ビー」では小説の題名として手垢がつきすぎていて、全然シャープではありませんからね。

では、「ラバー・ソウル」のなかから、この本に出てきたビートルズナンバーを3曲。

まずは「ノルウェイの森」
ワンナイトラヴに失敗した男の話と、村上春樹の乾いたラヴストーリーは非なるようでどこかで通底しているような気もします。

そして「ノーホエア・マン」
邦題は「ひとりぼっちのあいつ」。直訳では「行き場のない男」とか「居場所のない男」などと。アイデンティティをつかみきれない若者には共振できる詞かもしれません。作詞・作曲のジョン・レノンの若き日の己が姿だという説も。

さいごは「ミッシェル」
音階が下降していくイントロ・間奏が印象的でフランス語がでてくるめずらいい曲。シングルカットはされなかったけれど、マイナーな曲調もウケてヒットチャートの上位に入っていました。また日本ではスパイダースがカバーしていました。

ところで小説の主人公にはもうひとり恋人がいます。
大学のクラスメートで、本屋の娘。
ストーリーの中で彼女もまた、主人公の前で弾き語りを披露します。
なんでも彼女は高校時代フォークグループに入っていたようで、当時(60年代後半)のモダンフォークをいくつかうたっています。

というわけで次回は小説「ノルウェイの森」に出てきたフォークソングを中心に聴いてみようと思っています。こうでも予告しておかないと起動しないものですから。


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