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青い山脈 [books]



洋画に続いて、小林信彦氏が選んだ邦画100本の映画音楽を。


こちらは、洋画に比べてシンクロ度がかなり高い。観ている本数でみるとおよそ60%あまり。とりわけ昭和30年代から40年代初頭の作品については、そのショートコメントも含めてウレシクなるほど同期しています。

ところが、音楽となると……。
これはもちろん小林信彦氏のせいでもなんでもなく、リストアップされた映画のタイトルをみると映像は浮かんでくるのですが、その音楽がほとんど聞こえてこないのです。


とりわけ戦前の作品となると、昭和6年の初トーキー「マダムと女房」から19年の戦争映画「電撃隊出動」まで24本ありますが、観たのは、成瀬、溝口、黒澤作品などのちに名画座で観た6本。

しかし、そのいずれからも映画音楽はもちろん、挿入歌も聴こえてきませんでした。

考えてみれば、かつての日本映画というのは流行歌との「タイアップ作品」(旅の夜風のような)を別にすると、映画音楽そのものを、たとえばラジオで単独に流すとか、サウンドトラックとしてレコード化するということがほとんどなかったので仕方のないことではあります。


これは全滅か? と思いきや、わずかではありますが、主題歌が聴こえてくる邦画がありました。もちろんタイアップ作品ではありますが。

昭和24年、映画も歌も爆発的にヒットし、当時のすさんだ日本の社会に一筋の光明をもたらした(まだ未生だったので大げさに言ってます)かの映画。
そうです、石坂洋次郎原作の「青い山脈」です。


小林信彦氏は「この時代でしか成立しない民主主義讃歌」と短評しています。


一地方都市で町じゅうを巻き込んで起こった新旧対立の学園騒動。
たしかに戦後の新しい風が、旧き因習を吹き飛ばしていくという、昭和24年という時代をバックグラウンドとした映画ではありましたが、この映画が、のちの映画やテレビの「学園もの」のひとつのスタイルになるという普遍性も持ちえた映画であったことも間違いないのではないでしょうか。


その新しい青春物語以上に、敗戦間のない日本人に浸透していったのが、藤山一郎と奈良光枝のうたった主題歌「青い山脈」。

♪若く明るい歌声に と新時代謳歌の詞は戦前・戦後と昭和の歌謡曲の礎をつくった西條八十。代表作品は戦前の「東京行進曲」や「旅の夜風」。


ただ、この歌をつくる数年前まではいくつもの軍歌をつくり「鬼畜米英」で国民を煽っていたこともたしか。

それが、♪古い上着よさようなら 悲しい夢よさようなら
とその変り身の速さ。でもそれは西條八十だけではなく、多くの文化人、さらにいえばほとんどの国民がそうだったし、またそうでなければ生きていけなかったのだから仕方がないことなのかも。


それでも「青い山脈」が当時の人々に受け入れられ、70年近く経とうという現在もまだ歌い聴きつがれている(細々ではあるけれど)のは、

♪あこがれの 旅の乙女
♪かがやく峰の なつかしさ 
♪旅路の果ての その果ての 
♪みどりの谷へ 旅をゆく

という歌詞からも垣間見える、自由や民主主義という社会性よりも、日本人の不変的なかつ普遍的な心情に訴えてきたからではないでしょうか。とりわけ3度使われている「旅」がわが先輩方の抒情に、さらには旅情に突き刺さったからではないでしょうか。当時の閉塞された時代を考えればなおさら、
♪みれば涙が またにじむ
という心情だったのではないでしょうか。


あの印象的なイントロ(名曲はいつもそう)ではじまる曲についても。

明るいなかにも憂いのあるメロディーはやはり昭和を代表する作曲家・服部良一。
西條八十の詞が先にできていて、それを念頭に当時の満員電車の中で短時間のうちにつくったそうです。


戦後の服部メロディー、たとえばヒット曲の「東京ブギウギ」、「東京の屋根の下」、「銀座カンカン娘」のジャズ風、ポップス風の曲調に比べると、「青い山脈」は明るさがあるとはいえ、従来の歌謡曲の主流であるマイナー調。いささか違和感のある人も。


しかし、服部のスタンスが長調主体であったわけではありません。戦前ならば「別れのブルース」や「湖畔の宿」はじめ多くの短調のヒット曲をつくっています。

ただ戦後、もちろん戦前からの洋楽のさらなる影響もあるでしょうが、今後はもっと明るい曲をつくり日本の日本人の復興に貢献したいという思いがあって、明るい曲=メジャーチューン主体の曲、ということになったのでしょう。


余談ですが、この曲に唯一(かどうだか)反対したのが監督の社会派・今井正で、映像に音をシンクロさせるダビングにも来なかったとか。もしかしたら、〈もっと明るいメジャーの曲を〉と考えていたのかもしれません。にもかかわらず服部メロディーが採用されたのは、この歌が気に入っていたプロデューサー・藤本真澄の力が強かったから、といわれています。


もし監督の意向が通ったら映画はともかく、主題歌がこれほどの国民的な歌になったかどうだか。もっとすごい歌になっていたかも? それは誰にもわかりません。でも、今井正のあの映像、服部良一・西條八十のあの歌はとびきり素晴らしいものだったことは間違いありません。


昭和24年に公開(東宝)されたこの映画、主役の島崎先生が原節子、新子が杉葉子でした。どちらも近年亡くなられました。もちろん公開時、わたしはまだ生存しておりませんので、のちに、それも20年あまりのちに観ました。名画座で。


それより先に観たのが38年の日活によるリメイク版。こちらもリアルタイムで観たわけではなく、公開から数年遅れてからでした。こちらは芦川いづみ先生と吉永小百合生徒のコンビでした。

観たのは高校生ぐらいだったと思いますが、やはり「焼けあと」の記憶がない人間にとっては、いささかストーリーが「ちょっと昔の」、という印象を受けた記憶がありました。それでもあの島崎先生の可憐さには生意気なガキもイチコロでした。


もちろん主題歌も東宝作品と同じでしたが(ちなみに神戸一郎と青山京子のデュエット)、わたしにとって「青い山脈」といえば諸先輩には申し訳ないのですが、原節子でも杉葉子でも、池部良(良かったなぁ)でもなく、また吉永小百合でも、浜田光夫でもなく、まちがいなく芦川いづみなのです。


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パルプフィクション Pulp Fiction [books]


1994年、クエインティン・タランティーノ監督の作品。小林信彦氏 が選んだ99本目の洋画。

確かに観ましたが、いつ、どこで観たのかまったく覚えなし。


その 2年前の「レザボア・ドッグス」でタランティーノ初体験(デビュー作だものね)。
でもあの暴力シーンに辟易。でも、かの作品の一般的評価は良く、おのれの映画センスを疑うことに。でも、もう一度観ようとは思わなかったし、今でも残り少ない時間を費やそうとは思いません。


ただ、その時は起死回生といいますか、今度こそという思いでタランティーノ再挑戦で「パルプフィクション」を鑑賞した次第。


で、見終えての感想は、「なんともとっちらかった映画」。監督自ら「安っぽい話」といっているので、そうなのでしょうが。前作ほど嫌悪感はありませんでしたが、小林信彦氏のようにもう一度LD(もはや死語)で観たいとはこれまた思いませんでした。


といいますか、タランティーノとの相性がよくないことを再認識したわけで、三度目はないという結論に。したがって「キル・ビル」は観ていません。


ただキャラの濃い、ジョン・トラボルタ、サミュエル・J・ジャクソン、、ユマ・サーマン、ブルース・ウィルスといったキャストの印象だけは強かった……。


そんななかで印象に残ったのが、何曲も流れたポップス。小林信彦氏も音楽を評価しておりましたが、その点は大賛成。

半分近くは初耳の曲でしたが、スタットラーブラザーズのカントリーFlowers on the Wallがあったり、エレキインストのミザルーやサーフ・ライダーがあったり。どれもパルプミュージックではありますが、これがなかなかいい。


なかでもいちばん印象に残ったのが、エド・サリバンとモンローのまがい物が司会をするダンス大会で、トラボルタとユマが踊るシーンのバックに流れていた「ユー・ネヴァ・キャン・テル」You never can tell  。


映画では本家のチャック・ベリーではなく、アーロン・ネヴィルというシンガーだそうです。このフランス語を取り入れたロケンローは(この映画の影響かもしれませんが)、カヴァーというか、持ち歌にするシンガーが少なくなく、わが「女神」のひとりであるエミルー・ハリスもアルバムに入れております。


若くして一緒になった二人が、たいしたことはないけれど、それなりの時間を過ごしてきた。ま、これが人生ってもので、あんたにもいつかわかるさ。


というような内容の歌。なんだか遠い昔の無気力時代を思わせる歌詞とブギウギのリズムが、ロケンロー大好きのわたしを共振させてくれるのです。


あらためてロケンローというのはスゴイ。
50代はもちろん、60代だろうが、70代だろうが、80代だろうが、もしかしたら100歳を超えても人間のからだを操作してしまうのですから。耳からブギウギが飛び込んでくると、自然とからだが小刻みに揺れ始める。その高揚感を抑えることも、隠すこともできはしない。まさに露見老……。



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スティング The Sting [books]



小林信彦氏の「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」は氏が選んだ、洋画・邦画各々100作品をピックアップしてあるのですが、それは順位付けをしているわけではなく、年代順に寸評を添えて紹介しているのです。

その89本目1974年の作品(米公開は前年)がジョージ・ロイ・ヒル監督の「スティング」。

主演は「明日に向って撃て」(邦題はあきらかに「俺たちに明日はない」の便乗)からの再コンビのポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。

ビリー・ザ・キッドを演じた「左ききの拳銃」から世界チャンプ、ロッキー・グラジアーノがモデルの「傷だらけの栄光」、そして「ハスラー」、「暴力脱獄」、「動く標的」、「引き裂かれたカーテン」と、ポール・ニューマンはわが「反逆のヒーロー」だったので、この映画は封切ロードショー(今はいいませんか)で観に行きました。

前回の「俺たちに明日はない」同様、こちらも大不況に見舞われたアメリカの1930年代が舞台の映画。

スティングとは「騙す」という意味があるようで、まさに詐欺師たちを主人公にしたストーリー。

詐欺といえば日本では高齢者を狙った「オレオレ詐欺」などが社会的犯罪として問題になっていますが、「スティング」の詐欺師たちがターゲットとするのは、暗黒街の極悪ボス、それも詐欺師の仲間を殺した復讐すべき相手。つまり観客は、「騙されて当然の人間」という免罪符のもとに、詐欺師たちに加担するのでした。詐欺師たちにシンパシーを感じ、かれらの芸術的トリックに快哉を叫ぶのです。

といっても、ロイ・ヒル監督が本当のターゲットにしたのは、もちろん「観客」なのです。観客たちは2時間あまりの話の中で、何度もその罠にはまり、「そうだったのか」「なんだ、そういうことか」「やられた」を連発するのでした。

わたしが最も「やられた」と思ったのは、このとてつもないトリックのキッカケをつくり、殺し屋に狙われているロバート・レッドフォード扮する若手詐欺師が、ナンパしてひと夜をともにしたレストランのレジ係の正体とその結末。

とにかく、痛快で後味スッキリの名作です。
やっぱりポール・ニューマンが良かった。「暴力脱獄」のあの“ガッツ”や、野心に燃えるかのハスラーが年を経て、シブ味のきいた粋な大人になったんだ、などと思わせてくれました。

さて、その主題歌はスコット・ジョプリンscotte joplinが奏でる「ジ・エンターテイナー」the entertainerや「メイプルリーフ・ラグ」maple leaf rag などのラグタイムピアノ。

もはや記憶が散逸する歳なので、正確には覚えていませんが、当時スコット・ジョプリンのアルバムを購入したのですが、それが「スティング」を見てからなのか、その前なのかはっきりしません。たしか、友人の家でスコット・ジョプリンのレコードを聴いて、「買おう」と思ったことは間違いなく、ただそれが、映画を観た後だったのか、前だったのか。

いずれにしても、当時デューク・エリントンやテディ・ウィルソン、レイ・ブライアントなどのジャズピアノが好きで聴いていたのですが、スコット・ジョプリンは、そういうものに比べてその旋律や音色がのどかで、なんともgood old days 感がたまりませんでした。

このラグタイムピアノも、前回の「俺たちに明日はない」の「フォギー・マウンテン・ブレイクダウン」同様、映画によって再認識、再評価された音楽であり、楽曲でした。

それが現在、なぜかJリーグや高校野球の応援歌としてしばしば耳にします。とりわけJリーグではスキャットで。
多分サポーターや高校野球の応援団、ファンは、元の曲など知らないで歌い、演奏しているのでしょうね。でも、いつ誰がこの曲を応援歌にしょうと目をつけたのでしょうか。いずれにしろ歌や楽曲が生き残っていくということでは、意味のあるこのなのでしょう。

そういえばこの「ジ・エンターテイナー」つい最近、TVCMで耳にしたような記憶があるのですが、空耳でしょうか。なにせ記憶が散逸してしまっておりますので。

とにかく、小林信彦氏も「ぼくも騙された」とその騙しのトリックを絶賛していた「スティング」はラグタイムピアノを聴きながら、いつかまた観たい映画でもあります。

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俺たちに明日はない Bonnie and Clyde [books]



続いての「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」からのスクリーンミュージックは1967年公開の「俺たちに明日はない」Bonnie and Clyde 。」

この映画によって、それまでのハリウッド大作路線から新感覚の若手監督による低予算映画、いわゆる「アメリカン・ニューシネマ」群の抬頭の幕が切って落とされました。

個人的にはこの時代が最も映画を観た時期でもあり、「俺たちに明日はない」から「イージーライダー」「真夜中のカーボーイ」「ワイルドバンチ」「スケアクロウ」「カンバセーション 盗聴…」「タクシードライバー」などをはじめアメリカン・ニューシネマの名作はほとんど観ました。

ちなみに上にリストアップした作品のうち、小林信彦氏がベスト100に入れていたのは、「俺たちに明日はない」以外では「ワイルドバンチ」だけでした。

「俺たちに明日はない」もひじょうにセンセーショナルな映画で、とりわけラストシーンが衝撃的で、ヒーロー、ヒロインが数十発の銃弾を浴びて殺されるというのは、後にも先にもこの映画だけではないでしょうか。

1920年代に世間を騒然とさせた実在の銀行強盗団、バロウギャングズをモデルとしてつくられた。監督は「奇跡の人」のアーサー・ペン。

俳優はボスのクライド・バロウにウォーレン・ベイティ、恋人のボニー・パーカーがフェイ・ダナウェイ。ほかに後に大化けするジーン・ハックマンや、唯一アカデミー賞の助演賞を獲ったエステル・パーソンズやマイケル・J・ポラードらが名を連ねたが(ジーン・ワイルダーもチョイ役で)、当時知っていたのは「草原の輝き」で主演したウォーレン・ベイティだけ。

余談ですが、「草原の輝き」でもこの映画でも、また映画雑誌でも、当時の名前の表記は「ウォーレン・ビューティ」でした。

とにかく銀行強盗団が主役という破天荒なストーリーでしたが、観客の反感を霧消させ、共感を獲得するために、「大不況時代」「貧農を破産させる銀行は悪」というエクスキューズが仕掛けられたいた。そして、共感を得るためには、もっと核心的なボニーとクライドの「やむを得ないプラトニックラヴ」まで設定しておりました。

またスピーディーなストーリー展開とともに、クライドも兄のバックもCWモスも、そしてボニーもバックの彼女も、すべてが魅力的というか印象に残る演技をしておりました。

そしていよいよ本題の映画音楽です。

メインのサントラはブルーグラスの「フォギー・マウンテイン・ブレイクダウン」Foggy Mountain Breakdown。この映画のために作られたオリジナルサウンドではなく、従来からあったナンバー。

演奏はフラット&スクラッグスFlatt & Scruggs。とりわけ作曲者でもあるバンジョーのアール・スクラッグスが考案したスリーフィンガーピッキングによる早弾きが特徴の一曲。

バローギャングズが銀行を襲ったあとのポリスとのクルマとのカーチェイスにこの曲は妙に合っていました。

この映画のヒットで「フォギー・マンテイン・ブレイクダウン」も脚光を浴び、再評価され、ブルーグラスを代表する楽曲のひとつとなりました。

ふたたび余談ですが映画で取り上げれら再度ブレイクしたブルーグラスと言えば72年に公開された「脱出」(監督ジョン・プアマン、主演ジョン・ボイト)の「デュエリング・バンジョー」Dueling Banjos があります。このインストも54年につくられた曲。「脱出」もアメリカン・ニューシネマの傑作で、男が男に犯されるという衝撃シーンは、従来のハリウッド映画ではできなかったはず。

この映画で、さらにいえば「フォギー・マンテイン・ブレイクダウン」でブルーグラスファンになった日本人も少なくないはず。

個人的にも「俺たちに明日はない」は「真夜中のカーボーイ」(こちらの主題歌はやはりカントリー、ニルソンの「うわさの男」)と双璧のアメリカン・ニューシネマの傑作であり、名曲でありました。

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太陽がいっぱい Plein Soleil [books]




先日、アラン・ドロンがカンヌ映画祭で引退を表明したというニュースを見ましたが、まだ現役だったのかという思いと同時に、そういう時代になったのだなという感慨がありました。鮮やかな総天然色のスクリーンが時を経て、セピア色に色褪せ、やがて白くフェイドアウトしてしまうような。


小林信彦さんの「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」、今回のスクリーンミュージックは1960年に公開されたフランス映画「太陽がいっぱい」。この作品も何度も観ました。


この作品で主演のアラン・ドロンが日本で大ブレイク。今でいう「イケメン」の代名詞となりました。


この頃のフランス映画といえば、トリュフォー、ゴダール、レネをはじめとするヌーヴェルヴァーグの抬頭。観念的、難解な、よくいえば個性的な映画で日本の映画にも少なからず影響を与えました。


「太陽がいっぱい」の監督ルネ・クレマンはヌーヴェルヴァーグの面々よりもひと世代上の監督で、映画の本質であるエンターテインメントに徹した作品を創りました。


代表作はヴェネチアの金獅子賞を受賞した1952年の「禁じられた遊び」。この映画も戦争の悲劇が生んだ小さな恋の物語といったストーリーとともに、ナルシソ・イエペスのギターによる主題歌「愛のロマンス」が印象的でした。


「太陽がいっぱい」はピカレスク映画ですが、その最大の魅力は衝撃のラストでしょう。完全犯罪を成功させたと思い込んでいるドロンが、海辺のレストランのデッキチェアーに座り、ふりそそぐ太陽の光を浴びて、その達成感にしたりながら「太陽がいっぱいだ」とつぶやく。かなりブラックではありますが、いかにもフランス映画らしい粋でウィットの利いた結末でした。


もうひとつあの時代を象徴していたのは、殺人者と被害者との対照がでしょうか。ドロン扮する貧しい若者が、モーリス・ロネ扮する金持のボンボンのすべてを奪ってしまうというストーリー。


1960年といえば世界的な戦争が終結していまだ15年。急激な経済成長が始まっていたとはいえ、まだ多くの人が貧しかった。それはフランスも日本も同じだったのだと思います。


こうした「持たざる者」の「持っている者」への反撃が映画や文学のテーマになりえた、つまり貧しさが豊かな社会へ復讐するという構図の作品が成立した、そんな時代でした。1963年の黒澤明作品「天国と地獄」や62年の水上勉の小説「飢餓海峡」などがそうでした。


話を戻して、「太陽がいっぱい」といえば、ヒットの要素として欠かせなかったのが主題歌、つまりサウンドトラック。その憂いに満ちた旋律はドロン演じる野心のままに行動し、やがて破滅していく青年の心情を奏でるようで、多くの映画、洋楽ファンの琴線に響き、耳に残りました。


当時の洋楽ヒットランキングといえば、ラジオの「ユアヒットパレード」などがありましたが、ポップスとともにスクリーンミュージックが全盛で、この曲もナンバーワンになった(はずです)。まだビートルズ未満の話です。


主題歌の作曲はニノ・ロータ。イタリアの作曲家で、スクリーンミュージックでは1954年のフェリーニの「道」、68年の「ロミオとジュリエット」そして72年の「ゴッド・ファーザー」など、オールド映画ファンには今でもその旋律を聴くと、それぞれの思い出のシーンが甦るだろう数々の名曲を残しています。


ドロンはその後、ギャバンと共演した「地下室のメロディー」(これもラストが衝撃的な映画でした)をはじめ、「冒険者たち」「サムライ」「さらば友よ」など数多くの映画に主演しました。


ところでクールでどこか影があったドロンでしたが、「太陽がいっぱい」公開から数年後、スクリーンの中のあの冷徹な殺人者さながら、実生活のドロンがリアルな殺人被疑者として事情聴取(嫌疑不十分で不起訴)されるというスキャンダルが起きたことも衝撃的なことでした。


とはいえやっぱりオールド映画ファンにとってアラン・ドロンは当時のイケメンの代名詞であり、モテ男であったことは間違いありません。
ロミー・シュナイダー、ナタリー・ドロン、この映画で共演したマリー・ラフォレらと浮名を流したわけですから。そういえば何度も来日して、日本人の女優だかタレントともウワサになっておりました。


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女はそれを我慢できないThe Girl Can't Help It [books]



1956年のアメリカ映画。

これもリアルタイムではなく、のちに映画ではなくビデオで観ました。


おそらく観たのは70年代で、「アメリカン・グラフィティ」の影響で、遡行してみたわけです。


余談ですが、その「アメリカン・グラフィティ」が小林さんのベスト100に入っていないのはいささか不満。このへんがジェネレーションの違いということになるのでしょうか。


「女我慢」(ヘンな略ですみません)、がラブコメなのに対し、「アメグラ」は甘酸っぱい青春ドラマという違いがありました。もうひとつこの「ポップス映画」たちの大きな違いは「アメグラ」がすべてラジオから流れるBGMだったのに対し、「女我慢」はすべて「ご本人登場」。豪華さや、インパクトの強さでは圧倒的に「女我慢」で、小林さんもそのあたりを考慮したのかも。


プラターズ、ジュリー・ロンドン、ジーン・ビンセント、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、エディ・コクランと錚々たるメンバーが銀幕で歌います。


ただ、「オンリー・ユー」も「ビー・バップ・ア・ルーラ」も「ブルーベリー・ヒル」も「サマータイム・ブルース」もうたわなかった。

聞き覚えのあったのは、お目当てのリトル・リチャードのタイトル同名歌とジュリー・ロンドンの「クライ・ミー・ア・リヴァー」のみ。「アメグラ」の挿入歌はほとんど知っていましたけど。


主演のジェーン・マンスフィールドは高校生の頃モノクロの作品を一度見ました。(タイトルも内容も覚えていませんが)。友人ととにかくセックスシンボルを拝見しに行こう、ということだけで見に行ったものですから。


そのときの印象は、たしかにあのグラマラスボディに圧倒されました。テレビのプロレスでヘイスタック・カルホーンを見たときの驚きに似ています。ただモンローのエピゴーネンという思いもありました。


でもこの映画でのジェーンは“おバカ”なセクシーヒロイン上手に演じておりました。もしモンローが出なければ、もっと記憶される女優になれたのでしょうけど。


交通事故での痛ましい死は、日本の新聞でも報道され、読んだ記憶があります。
ジェーンの方が断然グラマラスだと思いますが、顔立ちはやっぱりモンローの方が好きですね。好みの問題ではありますが。

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●意味がなければスイングはない②歌謡曲 [books]

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村上春樹がジャズはもとより、クラシック、ロック、ポップスといったいわゆる洋楽に造詣が深いことはよくわかりました。

もっとも洋楽といっても日本流のジャンル分けでいうところのラテン、シャンソン、カンツォーネ等、ひとまとめにすればワールドミュージックについてはどうなんだろう、という思いはありますが。

それよりももっと関心があるのは、では日本の歌についてはどういう聴き方をしてきたのか、またしているのかということでしょうか。

著書「意味がなければスイングはない」の中で唯一チャプターにその名を連ねているのが、スガシカオ。

演歌はもちろん、歌謡曲のイメージも皆無の小説家は、Jポップにはいささか理解があるのかなと思いきや、あにはからんや。
その章「スガシカオの柔らかなカオス」の中で、Jポップについて「……あまり聴かない」、「……中身は〝リズムのある歌謡曲〟じゃないか」、「その手の折衷的な音楽がどうにも個人的に好きになれない」と散々な言いよう。

つまり、村上春樹のなかには「歌謡曲」という概念はあるようで、そのどうしようもないスタイルの音楽の延長線上にあるから、Jポップも唾棄すべき音楽(そこまで言っていない)なのだと。

ただ毛嫌い、食わず嫌いではなく、ときどきMTVやタワーレコードでJポップのチェックをしているんですよ、と弁明している。そしてたまに購入してもすぐに飽きて中古店へ売り払ってしまうなんて、ヒドイ話も。

そんななかで例外なのがスガシカオ。

スガシカオを聴くきっかけは、能動的なものではなく、予想どおりレコード会社から送られてきた「Clover」の試聴盤を手にしたことだそうです。
そしてその印象は「悪くないじゃん」。
とりわけ「月とナイフ」と「黄金の月」がお気に入りだとか。(はじめて聴きましたが、いずれもまったく違和感なしでまさに〝ムラカミ好み〟というイメージ)

それから、スガシカオが〝お気に入り〟になるのですが、その曲については、その音をきけば誰の作品かがわかるという「固有性」があるという。
残念ながらスガシカオを意識的に聴いたことがないので、理解できないのですが、音楽にかぎらず〝作品〟にとって固有性が大きな意味を持つという意見には賛同できます。

またその詞については、いくつかの作品をとりあげて、さすが作家だけあって頁をさいて饒舌に賛辞を送っています。
印象的な言葉のいくつかを並べてみると、
「流麗な歌詞ではない」、「リスナー・フレンドリーな種類の歌詞ではない」(この言葉はほかの章でもしばしばつかっている)、「微妙なごつごつさや、エラの張り具合」、「詩的というよりは、どちらかというと散文的なイメージ」。

また「独特の生理感覚とあっけらかんとした観念性が……柔らかなカオスのようなものを生み出す」(要約)、といい、それを「カタストロフ憧憬」、あるいは半ば冗談のように「ポスト・オウム」などと書いています。

引用されてる歌詞を読んだ後、村上春樹の解説を読むと読解力の乏しいわたしでも「なるほどなあ」と感心してしまう。たしかに引用されたスガシカオの詞は、音なしでそれだけを読んでも独特のイメージが伝わってきます。

しかし、数多あるJポップのの中にスガシカオと同レベルのミュージシャンがほかにいないのだろうか。断定的なことはいえませんが、たまたま村上兄の眼にとまらないだけで、いわゆる「ムラカミ好み」の日本人ミュージシャンほかにもいるような気がするのですが。
Jポップも詳しくはありませんが、メジャーでいえば山崎まさよしとか。

そのJポップ以下と思えるのが歌謡曲。
幼いころ、童謡・唱歌を聴いたり聴かされたはずですし、耳を塞がないかぎり歌謡曲だって聞こえてきただろうし。

「意味がなければスイングはない」の中に歌謡曲について具体的にふれたところが2か所ありました。いずれもシガスカオの章ですが。

ひとつは美空ひばりについて。
美空ひばりは歌謡曲・演歌嫌いが例外として引き合いに出す歌手です。
「でも、ひばりはいいよな、別格だよ……」なんて。

ところが村上兄はちがう。
彼が聴いたのはわたしが好きな「ひばりの渡り鳥だよ」や好きじゃない「川の流れのように」ではなく、ジャズ。
美空ひばりは何枚かジャズのアルバムを出しています。

村上春樹はもちろん意識的にひばりを聴いたわけではなく、シンガーが誰か明かされずに聴かされたそうです。
そしてその感想は「なかなか腰の据わったうまい歌手だな」と思ったものの、ときおり耳に刺さってくる「隠れこぶし」に辟易してしまう。

正直ホッとしました、予想どおりで。村上春樹が美空ひばりを絶賛なんかした日にゃ……。

もうひとつはかのグループサウンズ。村上春樹の世代であれば、まさにドンピシャ。

その感想は「こんなの、表面的なファッションが変わっただけで、中身はリズムのある歌謡曲じゃねえか」ということに。
まったくそのとおりです。
村上兄にとっては今聴こえてくるJポップも、むかし聴こえていたGSも本質的にはさほど違いがないようです。

ただJポップのスガシカオ的な存在がGSにもいました。
「タイガースだとか、テンプターズだとか……ほとんど興味が持てなかった。……ただしその中で、スパイダースというバンドだけは悪くないと思った」

やっぱりですね。当時はGSをバカにする洋楽ファンが少なくありませんでした。そんな彼らが例外扱いするのが、メジャーではゴールデンカップスとか、スパイダースとかモップスとか。ですからスパイダースが〝ムラカミ好み〟なのは想像がつきます。

しかし、スパイダースといっても「全部ではない……」と書いています。
スパイダースのどの曲に感応したのか、具体的な曲名は書いていませんが気になります。
おそらくハマクラメロディーではないでしょう。
思い当たるのはビートルーズが滲んでいる「ノーノー・ボーイ」とか、どこかビーチボーイズが聴こえてきそうな「サマー・ガール」ぐらいでしょうか。
ふたつとも作曲はかまやつヒロシ。

ここまでくると、では和製フォークはどうなのか、ニューミュージックはどうなのか。具体的にいえば固有性で際立っている吉田拓郎や、多くの楽曲で従来の歌謡曲を否定している松任谷由実はどうなのかとても気になります。

さらにいえば日本でも特筆すべきポップス&ロックということで、桑田圭佑や矢沢永吉、あるいはミスター・チルドレンとかB'zはどのように聴こえているのか。
あるいはワールドワイドな歌謡曲といっていい「上を向いて歩こう」の評価はどうなのか。

これらも含め、唾棄すべき(おそらく)昭和30年代、40年代の歌謡曲はもちろん、彼が幼いころに聴いたであろう童謡・唱歌、テレビドラマの主題歌、アニメソング、CMソング等々、和風かつ多湿の「日本のうた」についてさらに訊いてみたい気がするのですが。


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●意味がなければスイングはない①アメリカン・フォークソング 後編 [books]

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世界陸上見てます。
サニブラウンはいいですねえ。
彼をみていると、むかし印刷会社で同僚だったまっちゃんを思い出します。
まっちゃんも黒人とのハーフで、中学時代は都大会で優勝するほどのスプリンターでしたが、ケガでリタイア。云十年前のこの季節、一緒に海へ行ったことなど、いまだに印象に残る男です。

サニブラウンは今夜準決勝だそうですが、〝大人相手〟なのでいささかキビシイでしょうが、何年かのちには彼らをしのぐスプリンターになっているんじゃないでしょうか。
メダルが期待できるのはやはり今日決勝が行われるやり投げの新井。どうでもいいけど。いえ銅でもいいですけど、できれば金、は無理でも銀を。

では本題に。

1950年代から60年代にかけてのモダンフォーク・ムーヴメントで欠かせないシンガーソングライターがいます。

第一人者といってもいいのではないでしょうか。
そうです、ボブ・ディランです(個人的にはピート・シーガーですが)。

「ノルウェイの森」のなかで、高校時代フォークバンドをやっていた書店の娘・緑のレパートリーのなかに「風に吹かれて」や「時代は変わる」あるいは「ライク・ア・ローリング・ストーン」はありません。

「くよくよするなよ」もディランとしてではなく、P.P.M.として聴こえてきます。

いったい、村上春樹がボブ・ディランに対してどういう思いでいたのか、気になります。

とはいえストーリーのなかにボブ・ディランが出てこないのでは、もはや「ノルウェイの森」から離れなければなりません。

村上春樹には音楽に関する著作がいくつかあります。
その一冊に雑誌の連載を2005年にまとめた「意味がなければスイングはない」という本があります。
これは彼のフェヴァリットミュージックをとりあげた(多分)本で、村上春樹の音楽的嗜好がある程度わかる貴重なエッセイといえます。

余談ですがジャズファンであればほくそ笑むような本のタイトルですが、〝ひっくり返す〟あたりがいかにもという感じです。

それはともかく、そのなかにたとえば「ミスター・タンブリンマン」や「フォーエヴァー・ヤング」あるいは「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」などは出てきません。
つまりボブ・ディランの曲はセレクトされていないのです。

「なんだ、まったく無視かよ」というと、そうではない。
ボブ・ディランについてふれたところがいくつかありました。

ひとつはブルース・スプリングスティーンについて書かれた部分。

名盤「リバー」のなかの1曲「ハングリー・ハート」をとりあげ、アメリカの下層社会に生きる人々の閉塞感、飢餓感を訴えるこの歌について、「……ロックンロール・ミュージックが、これほどストーリー性のある深い内容の歌詞を与えられたことが、その歴史の中で一度でもあっただろうか」と絶賛しています。

「あっただろうか」という半疑問を提示した直後、反論者を予想してかカッコつきで、
(ボブ・ディラン? 彼の音楽は最初からロックンロール・ミュージックとはいえないはずだし、ある時点でアクチュアルなロック音楽であることさえギブアップしなくてはならなかった、という事実を認識していただきたい。良くも悪くも)。
と続けられている。

こういう書き方は少なくとも好意的なミュージシャンに対してはしない。
つまり、『ディラン? んなもんスプリングスティーンと一緒にするなよ』
というふうに聞こえます。
ということは通俗的にいえば、村上春樹はボブ・ディランが好きではないのだということが推測できます。

もうひとつ、村上春樹のボブ・ディランに対する思いが感じ取れるところが、終章でとりあげた「ウディ・ガスリー」のところ。

ウディ・ガスリーは1930年代から40年代にかけて活躍し、ピート・シーガーをはじめ60年代の多くのフォーキー、とりわけプロテストソングをうたうシンガーやグループに大きな影響を与えた「教祖的」なフォークシンガー。

影響を受けたのはフォークシンガーばかりではなく、前述のブルース・スプリングスティーンもそのひとりで、以前ブログでもふれましたが、「トム・ジョードの亡霊」というガスリーへの賛歌を発表している。

このことは村上春樹の「意味がなければスイングはない」にも書かれていますが、トム・ジョードとはスタインベックの小説「怒りの葡萄」の主人公のことで、ガスリーは映画化された「怒りの葡萄」を見て「トム・ジョード」という歌をつくっています。

そこで村上兄はスプリングスティーンのガスリーへのオマージュを彼が「リベラル・ポピュリズム的な色彩を濃くしてきた」と肯定的に書いています。
そこでまた、その反面的要素としてディランを登場させます。

ディランもガスリーの影響を受けたミュージシャンであることにふれたあと、
「彼は結局途中でその政治的メッセージ性を希薄化し、具体的にいえばエレクトリック化することによって、より包括的なロックミュージックへと音楽の舵をとることになった。……」

と当時物議をかもしたディランの〝転向〟問題について(今は)一定の理解を示しつつ、当時は『「変節」とみる向きも多かった』と書いている。その文面からは村上兄もディランを非難した側ではなかったのかと推察されます。

そして、
「また、事実プロテスト・ソングという音楽の流れは、ディランの離脱によって―つまりその強力なシンボルを失うことによって―多かれ少なかれその命脈を絶たれてしまった」と糾弾に近い表現で、ディランの〝罪の重さ〟を綴っています。

ここまで読むともはや「そうか、やっぱり村上春樹はボブ・ディランが好きじゃないんだ」
ということがわかります。その嫌悪はよほど根深いのか、こうしたディランへの〝鞭打ち〟はもういちど出てきます。

ボブ・ディランよりはピート・シーガーに、ビートルズよりはストーンズに(これは余計ですが)、より〝忠誠〟を示してきたわたしとしましては、村上兄の気持ちもわからないではありませんが。

もちろんボブ・ディランのフェヴァリットソングはいくつもあります。
でも「風に吹かれて」はジョーン・バエズだし、「くよくよするなよ」はP.P.M.だし、「ミスター・タンブリンマン」はバーズだし……。
でもディランでなければという歌もたくさんあります。
「ライク・ア・ローリングストーン」とか「コーヒーをもう一杯」とか「天国の扉」とか。

それはともかく、だいぶ長くなってしまったので、そろそろ終止符を。

この本については、たとえば冒頭のジャズピアニスト、シダー・ウォルトンのこととか、まだとりあげたいことはありますが、いちばん印象に残ったのはやはりウディ・ガスリー。

なぜ村上春樹はウディ・ガスリーをとりあげたのか。
村上兄はその著書のなかでそのきっかけについて、新しい「評伝」を読んだことと、イギリスのシンガー、ビリー・ブラッグがガスリーの詩に新たに曲をつけたというCDを聴いたことをあげています。(わざわざ読んだり、聴いたりするというのは興味があったからだと思うのですが)

そのCDのことは、村上春樹が好きな歌に本業の訳詞で挑んだ「村上ソングズ」でもとりあげられています。この本はビートルズの「ノーホェア・マン」の訳詞は管理者から許可がおりなかったとか、めずらしくカントリーのグレン・キャンベルの曲がとりあげられていたりとか、なかなか興味深いのでいつかこのブログでも……と思いつつ、多分やらないだろうなぁという気分でいまはいます。

そしてもうひとつ、ブルース・スプリングスティーンからの影響をあげています。
わたしにはこれがいちばん大きいように感じられました。
ではなぜスプリングスティーンなのか、ということになりますが、そこまで掘り下げると彼のお気に入りの作家・レイモンド・カーヴァーのことも含め延々と駄文が続くことになってしまいます。ここはアメリカンフォークがテーマなので、いつか機会があれば(またですが)ということで。

で、「意味がなければスイングはない」のウディ・ガスリーでは、当時アメリカで出版された評伝を〝参考書〟に、神格化されすぎたフォークシンガーを、家庭を顧みない「社会的失格者」とか女好きとかその実像も紹介しいます。
といっても、ディランに対するような厳しい視点ではなく、全体的にはガスリーの功績や影響力に対して、シンパシーかつ好意的な内容となっています。

ガスリーファンとしては、村上兄のガスリー像を知ることができたこととともに、その温かい視線にホッとしております。

では、ガスリーの曲をひとつ。
もっとも知られている曲はガスリーを知らない音楽ファンでも聴いたことのあるだろう「わが祖国」でしょうが、代表曲といってもいい、村上兄の本でも紹介されている「砂嵐のブルース」Dust Bowl Blues を。

そして村上春樹には嫌われてしまったようですが、60年代を歌い、その影響力をその後の音楽シーンに残した功績はゆるがないボブ・ディランの曲もひとつ。
時代が変われば、人間の考え方だって変るんだよ。というディランの〝弁明〟を代弁する意味で、変節(失礼)する前の映像とともに「時代は変わる」The Times They Are a Changin' を。


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●ノルウェイの森②アメリカン・フォークソング 前篇 [books]

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1964年から65年にかけて、日本に巨大な洋楽台風がやってきました。
それも三つも。

それがエレキインストゥルメンタル、ビートルズ、フォークリヴァイヴァルの三つ。

いずれも大ブームとなり、その後の日本の音楽に大きな影響を残しました。

順番はどうだったかというと、アメリカではフォークブームのきかけといわれるキングストン・トリオの「トム・ドゥーリ―」が1958年、ベンチャーズの「急がば回れ」が1960年、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」が1962年ということになります。

日本ではどうだったのでしょか。

当時、トランジスタラジオを耳にあてて聴いていたわたしの印象では、僅差でフォーク、ビートルズ、ベンチャーズ(実際はアストロノウツが嚆矢ですが)の順番。
ただ、あれから半世紀を経た現在では、〝ほぼ同時〟ということで。

おそらくほぼ同年代の村上春樹兄も、こうした洋楽を聴いていたのだと思います。

ベンチャーズというか、日本では社会問題までに波及したエレキのインストについては、わたしの読んだ本の中ではふれられていなかったようです。
フォークソングについては、ビートルズほどではありませんが、わずかながら出てきます。

まあ、村上春樹のテリトリーはジャズ、クラシック、ポップスが主流なのでフォークソングの〝軽視〟は仕方のないことかも。まるで出てこないカントリーよりはましです。

そのフォークソングがはじめに出てくるのは、デビュー作の「風の歌を聴け」で、40章あるこの本の1頁にも満たない短いチャプターの中に。
その章は物語も終盤にさしかかり、書き手でもある「僕」がストーリーからはなれてひと息つくというコーヒーブレイク的な描写で、〈当時誰もがそうだったように、自分もクールに生きたいと思い、思っていることの半分も話さないようにした〉、というような話が書かれています。

その最後に、眠気を蹴飛ばしながらといいつつ以下のように書いています。
『……今、僕の後ろではあの時代遅れなピーター・ポール&マリーが唄っている。
 「もう何も考えるな。終わったことじゃないか。」』

ごぞんじのようにこのPPMの歌は「くよくよするな」
ボブ・ディランがつくった歌で、「天使のハンマー」や「500マイル」に比べると日本では人気上位ベスト10に入るかどうかというほどの歌。
個人的にはとても好きな歌で、ボブ・ディランより先にPPMで聴きました。

ようやく「ノルウェイの森」に。

主人公の僕(ワタナベトオルといいます)が、本命の彼女から、療養生活(精神の)にはいるからしばらく会えないという手紙を受け取ったあと、学園紛争一過のキャンパスで女の子から声をかけられます。彼女は主人公のことを、〈クールでタフなハンフリー・ボガードみたいなしゃべり方〉だといいます。
クールに振る舞うことがすっかい板についたようです。それはともかく。

彼女は書店の娘で、はじめて彼女の家に行ったとき、土産に持って行った水仙の花をみて、「七つの水仙」を口ずさみ、高校時代フォークグループで歌っていたことを話します。
「七つの水仙」は、日本ではキングストン・トリオ以上に人気を博したブラザーズ・フォアのヒット曲。彼らの日本での最初で最大のヒットは「グリーン・フィールズ」でした。

そして、なぜか近所に火事が発生しますが、二人は物干しでそれを見物します。それから彼女はギターを持ち出してフォークソングをいくつか歌いはじめます。

「レモン・ツリー」
「パフ」
「五〇〇マイル」
「花はどこへ行った」
「漕げよマイケル」

PPMのヒットパレードですね。「天使のハンマー」が抜けていますが。

わたしが高校へ入った時もオリエンテーリングで、軽音楽部がPPMのナンバーを披露してくれました。ギター、ウッドベース、女性ヴォーカルの変則的PPMでしたが。
女性ヴォーカルはマリー・トラバースとはうって変ってのショートカットでしたが、歌とともにその印象がいまも残っています。顔は忘れてしまいましたが。
とにかくまだ半分中坊だったので、「高校ってスゲェ…」と感嘆することしきりでした。

で、小説「ノルウェイの森」は暗い辛い話です。
当時この本を読んで、そののち村上春樹を読まなくなってしまったのはそのためです。

とにかく、自殺者が多い。当時はそういう言葉はまだ使われていませんでしたが、「病んでいる」人間が多く出てくるのです。
当然のごとく、自ら命を絶つ理由は明確に書かれていません。しかし、彼らが死を選ぶことに対して、読者はなぜか納得してしまうのです。

小説の中では〝生き残って〟いましたが、ビートルズをギターで弾き語りした元ピアニストの中年女性や高校時代フォークバンドにいた二番目の彼女、あるいは恋人を自死させた主人公が尊敬?する先輩、彼らいずれもが物語が終わって、いずれ自殺するのではないか、つまり主人公以外はすべて「誰もいなくなった」ということになるのではないかとすら思ったほどでした。

「ノルウェイの森」を20数年ぶりに再読しましたが、やっぱりその暗い、病んでいるという印象はかわりませんでした。
ただ、最初に読んだ時ほど引っかからなかったのは二度目ということもありますが、登場人物たちが、現代の、とりわけ若者たちに重なる印象があるからです。
以前は他所の世界の話だったのが、再読してみるとやたらリアリティが増している。
これはいまとなっては「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」のキャラクターたちにも感じられることです。

ということは、著者は30年も昔から、こうした現代を予見していたことになるわけで、そう考えると、村上文学の存在感が改めて浮かび上がってきます。
「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」と「ノルウェイの森」を比較すると、作家の変化・変遷が感じられます。全体に醸し出されているドライ感というかクール感が「ノルウェイの森」では薄くなっているような気がします。

それならばその後に書かれたいくつかの作品でも変化があるはずなので、もう一度村上春樹作品を何か読んでみようかなという思いにもなりました。読みたい本がほかにもあるので、果たして実行できるかどうか。

最後に好きなPPMをもう1曲。
ベストはジョン・デンバーが作った「悲しみのジェット・プレイン」なのですが、このブログで何度も聴いてきましたので、村上春樹流に知る人ぞ知る(マイナーだけどちょっとだけメジャー)という「ア・ソーリン」を。
イギリスのトラッドでクリスマスソング。題名は「魂(ソウル)」だとか。
日本でもオフコースやチューインガムがカヴァーしていました。

次回は「ノルウェイの森」からは離れますが、村上春樹をもう一度。さらにアメリカンフォークソングをもう一度聴いてみたいとおもいます。


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●ノルウェイの森①ラバーソウル [books]

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「ノルウェイの森」は村上春樹の5本目の長編小説で、「風の歌を聴け」のデビューから8年目の1987年に出版されています。村上春樹の著作のなかで最も売れた小説ともいわれています。

個人的には、デビューからの2作を読んでしばらくしてから、そのタイトルにつられてついつい読んでしまったという小説。

話はそんなにイケメンではなく(多分)、金持ちでもないのに、なぜかモテモテの主人公が真剣に二股ライフに身をついやすという、愛とセックスの青春ストーリー(ハルキストのブーイングが聞こえてきそうですが)。

期待を裏切らず、ページをめくってまず流れてくるのはビートルズの「ノルウェイの森」Norwegian Wood。

物語は、職業は不明だが、ドイツのハンブルグ空港に着いた主人公が、機内に流れる「ノルウェイの森」を聴いて18年前の過去・1969年を回想するというシーンがオープニング。

「ノルウェイの森」はビートルズ6作目のアルバム「ラバー・ソウル」の収録曲で日本では1966年に発売されています。
シングルカットされたのは「ノー・ホエアマン/消えた恋」で、またラジオからよく流れていたのは「ミッシェル」や「ガール」で、当時「ノルウェイの森」が話題になった記憶はありません。
むしろ村上春樹のベストセラー小説で再認識されたという印象が強い。

歌詞の内容は、
〈彼女をナンパして家に行き、ワインでしたたか酔って眠り、目が覚めたら彼女がいなかった。だからノルウェイ製のウッドでできたその部屋に火をつけてやった〉
というまるで放火魔じゃないかと突っ込みたくなるような、なんとも物騒な話。

森なんかどこにもでてこない。なんでも、レコード発売当時、担当者がNorwegian Wood(ノルウェイ製の木材)を「ノルウェイの森」と誤訳したのだとか。
ならば、もしこの「ラバー・ソウル」の1曲を「ノルウェイ製の家具」とかなんとかタイトリングしていたら、はたして村上春樹の「ノルウェイの森」が誕生したかどうか。
ほかの題名で出版されたとしても、かくほどベストセラーになりえたかどうか。
まぁ、そんなことはどうでも。

「ラバー・ソウル」は小説「ノルウェイの森」の7年前、デビュー2作目の「1973年のピンボール」にも出てきます。
それはまず、話半ばで主人公の「僕」と同棲していた双子の姉妹の3人でコーヒーを飲みながらLP「ラバー・ソウル」の両面を聴くという幸せな時間があり、またラストでも、姉妹が部屋を出て行ったあと、主人公がひとり、やはりコーヒーを飲みながら「ラバー・ソウル」聴くという透明な日曜日が描かれています。

まあ、1980年に書いた「1973年のピンボール」は7年後の「ノルウェイの森」の予告篇ということも。「ノルウェイの森」で主人公の恋人となる直子についても、短いエピソードででてくるし、彼女が死ぬことも予告されていますしね。
つまり「ノルウェイの森」は「1973年のピンボール」(「風の歌を聴け」も)の後編、いや年代的には、前篇になるわけです。

話を音楽に戻して、小説「ノルウェイの森」のなかで、楽曲「ノルウェイの森」は、冒頭シーン以外であと2度流れてきます。これはビートルズではなく、恋人が入院していた療養所で、ルームメイトだった中年女性のギターの弾き語りで。
もうひとつ付け加えれば、この「ノルウェイの森」は恋人が好きだった歌で、主人公が好きだったわけではありません。そういえば、「1973年のピンボール」でもLP「ラバー・ソウル」は主人公が買ったものではなく、双子の姉妹が買ったものでした。

とりわけラスト間際、恋人が死んだあと主人公と中年女性がふたりだけの弔いをするというシーン。その中年女性がビートルズを中心に50曲ものギター演奏をするのが子供っぽくっておもしろい。もちろんそのなかに「ノルウェイの森」も。

そのあとふたりは予想どおりベッドインするのですが、このあたりも70年代のヒッピー思考を象徴しているようで、ファンに支持される一因なのだろうと思います。

しかし、「ノルウェイの森」というタイトルはみごとですね。
その響きはとても詩的で、ラブストーリーにはもってこい。ビートルズというメジャーバンドのなかでも比較的マイナーな楽曲を選ぶあたりが村上春樹です。
これが「イエスタデイ」とか「レット・イット・ビー」では小説の題名として手垢がつきすぎていて、全然シャープではありませんからね。

では、「ラバー・ソウル」のなかから、この本に出てきたビートルズナンバーを3曲。

まずは「ノルウェイの森」
ワンナイトラヴに失敗した男の話と、村上春樹の乾いたラヴストーリーは非なるようでどこかで通底しているような気もします。

そして「ノーホエア・マン」
邦題は「ひとりぼっちのあいつ」。直訳では「行き場のない男」とか「居場所のない男」などと。アイデンティティをつかみきれない若者には共振できる詞かもしれません。作詞・作曲のジョン・レノンの若き日の己が姿だという説も。

さいごは「ミッシェル」
音階が下降していくイントロ・間奏が印象的でフランス語がでてくるめずらいい曲。シングルカットはされなかったけれど、マイナーな曲調もウケてヒットチャートの上位に入っていました。また日本ではスパイダースがカバーしていました。

ところで小説の主人公にはもうひとり恋人がいます。
大学のクラスメートで、本屋の娘。
ストーリーの中で彼女もまた、主人公の前で弾き語りを披露します。
なんでも彼女は高校時代フォークグループに入っていたようで、当時(60年代後半)のモダンフォークをいくつかうたっています。

というわけで次回は小説「ノルウェイの森」に出てきたフォークソングを中心に聴いてみようと思っています。こうでも予告しておかないと起動しないものですから。


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