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喫茶店●想い出 [a landscape]

喫茶店想い出.jpg
♪それは去年のことだった 星のきれいな宵だった
 二人で歩いた思い出の小径だよ
 なつかしいあの 過ぎた日のことが浮かぶよ
 この道を歩くとき なにかしら悩ましくなる
 春先の宵だったが

 小さな喫茶店に  入ったときも二人は
  お茶とお菓子を前にして  ひとこともしゃべらぬ
  そばでラジオが甘い歌を やさしく歌ってたが
  二人はただ黙って 向き合っていたっけね
(「小さな喫茶店」訳詞:瀬沼喜久雄、作曲:フレッド・レイモンド、歌:中野忠晴、昭和10年)

「学生街の喫茶店」は、卒業して社会人になった男が学生時代によく通った喫茶店を訪れ、サークルかなにかの仲間だった彼女を偲ぶという歌です。
「あの頃は恋だとは知らないで」なんてずいぶん鈍感な男ですけど。それはともかく。

つまり、この歌は遠い近いはともかく、過去の想い出のロケーションとして「喫茶店」がうたわれているわけです。

もちろん「まちぶせ」「ハロー・グッバイ」のようにほぼ現在進行形で「喫茶店」が出てくる歌もありますが、ノスタルジーが重要なコンセプトになっている流行歌では、ロケーションはしばしば「想い出の場所」として登場してきます。
そしてその「想い出」とは、ほとんど恋あるいは異性がらみのメモリー。

上に詞をのせた「小さな喫茶店」はまさにそうした歌。

戦前の歌。当時は大変なタンゴブームで、この曲も「碧空」「夜のタンゴ」と同じドイツ発、つまりコンチネンタル・タンゴで、中野忠晴がうたう前年にマレーク・ウェーバー楽団Marek Weber Orchestraの「カフェーの魅惑」In einer kleinen Konditorei として発売されています。

歌詞もあって、瀬沼喜久雄の訳詞は原詞をほぼ忠実にたどっているそうです。
その訳詞の内容からすると、今も仲睦まじいカップルが、なれ染めの頃を回想しているという感じでしょうか。

瀬沼は本名を青木爽(ただし)といって「乾杯の歌」「青空をひと握り」などオペラの訳詞家で、タンゴではほかにこの曲のB面で淡谷のり子がうたった「ドンニャ・マリキータ」にも詞をつけています。

中野忠晴は愛媛県出身、戦前屈指のジャズシンガーで、武蔵野音楽学校を出て、山田耕筰の肝いりでコロムビアへ入ったというエリート。
初のヒットはこの前年の「山の人気者」

中野のもうひとつの功績はジャズ・コーラスを育てたことで、本場のミルス・ブラザーズThe Mills Brothersにならってコロムビア・リズム・ボーイズを結成。
その垢ぬけたコーラスをバックに「タイガー・ラグ」をはじめ数々のジャズソングをレコーディングしてます。

そのなかの「ミルク色だよ」はアメリカのトラディショナルソングを元につくられた「ラヴレス・ラヴ」Loveless Love のカヴァーで、なにやらいつかトラブルになったあの曲に似ています。

またディック・ミネで知られる「ダイナ」も“競作”していて、自ら詞をつけています。
♪ダイナ歌ってちょうダイナ 踊ってちょうダイナ
という有名な韻を踏んだ詞は彼のアイデア。

その後服部良一と組んでオリジナルの「バンジョーで歌えば」、「チャイナ・タンゴ」、「山寺の和尚さん」などをヒット。
当時の歌謡曲を「ダッセェ」と言ったかどうかは知りませんが、とにかくそんなモボ、モガたちを夢中にさせた歌手でした。

戦後は喉をいためて作曲家に転向。
これがポップスかと思いきや、純然たる歌謡曲。今でいえば演歌なんですから驚き。

三橋美智也の大ブレイクにひと役かったひとりで、
「達者でナ」、「あゝ新撰組」、「おさらば東京」、「赤い夕陽の故郷」などを作曲しています。

三橋美智也といいますからキングレコードの専属で、ほかでは
「おーい、中村くん」若原一郎
「男の舞台」春日八郎
「幸せを掴んじゃおう」金田星雄、小宮恵子

なども。

当時彼は、
「ほんとうは、ジャズやシャンソンをつくりたいんだけど、それじゃ食べていけないからね。でもやっているうちに歌謡曲もおもしろくなってきましたよ」
と雑誌で話しています。

しかし、彼のつくる曲はほとんどがメジャーチューンで、戦前戦後主流だったマイナー調の古賀メロディーとは一線を画していた感があります。
「赤い夕陽の故郷」などは、まぁアレンジの妙もありますがアメリカ民謡というか、カントリーの匂いがしますからね。

そして、その作曲した歌謡曲のなかに「喫茶店」を舞台にしたヒット曲がひとつ。
昭和32年、松島詩子によってうたわれた「喫茶店の片隅で」

♪アカシヤ並木の たそがれは 淡い灯がつく 喫茶店

ではじまる美しいメロディーはタンゴ調。「小さな喫茶店」をイメージしたのでしょうか。

♪いつもあなたと 逢った日の 小さな赤い 椅子ふたつ

でも、こちらは今は別れてしまった二人。
まだ彼への想いが残っている彼女が、想い出の喫茶店へやって来たという設定。
矢野亮の詞もノスタルジックですが、メロディーがグッと胸にきます。

そのほかでは、戦後間もない昭和22年に楠木繁夫がうたった「想い出の喫茶店」も、
♪君と僕との喫茶店 ひとりさみしく訪れて 過ぎた昔をなつかしむ
と男女が逆転していますが、やはり成就しなかった恋の想い出がうたわれています。

日本の流行歌ではこうした“失恋の回想”が主流のようです。
「今も幸せだけど、あの頃も幸せだったよね」なんて“想い出ストーリー”は、おもしろくもなんともないんですかね。

♪僕の街でもう一度だけ 熱いコーヒー飲みませんか
という「私鉄沿線」野口五郎(昭和50年)
もそうしたイメージの歌でした。

そういえば、その「私鉄沿線」が巷に流れていた頃、わたしにも“想い出の喫茶店”がありました。

以前勤めていた会社で好きな娘がいまして、辞めてからその彼女を御茶ノ水のとある喫茶店に呼び出したと思いなせえ。
もちろんその喫茶店はわたしにとって、決死の告白の場所。

で、逢うなり彼女、やおら大きなバッグから本のようなものを数冊。それがなんとアルバム。
聞けば彼女、お姉さんとヨーロッパ旅行をしてきて数日前に帰って来たのだとか。
「へえ」と興味のあるような返事をしたのが運のつき。それから延々2時間にわたって写真一枚一枚の説明ですよ、先輩。

まぁ撮りに撮ったり100枚、いや200枚、いや300枚はあったでしょうか。ローマで男に声をかけられたとか、ドイツのメルヘン街道がどうのアウトバーンがどうのって、それどころじゃありませんよ。
こちとらどうやって告白しようかそのことで頭がいっぱいだったんですから。

結局、「あ、そろそろ行かなくちゃ」の彼女のひとことでオシマイ。
せめて「で、きょうなにか話でもあったの?」って聞いてくれればまだしも、「じゃね、またね」だって。

彼女が帰って残されたわたしはしばし呆然。
そのあと飲んだ、手つかずで冷めたコーヒーのなんとも味気なかったこと。
ほんと、苦い想い出でした。

もう少し「喫茶店めぐり」をしてみます。


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コメント 2

安土明中子

momoさん、初めまして。
実は中野忠晴さんのダイナの歌詞を探していて、この記事にたどり着きました。もし全歌詞ご存知であれば教えて頂けませんか?
宜しくお願い致します。

安土明中子
minako79@oct.zaq.ne.jp
by 安土明中子 (2011-07-18 13:11) 

MOMO

中野忠晴いいですね。軽くて。

お尋ねの件、残念ながら歌詞の印刷物はもっておりません。

YOU-TUBEから聞き取りされたらどうでしょうか。
そこそこ鮮明な音なので、ほぼ正確に聞き取れると思います。

今後ともよろしくお願いします。
by MOMO (2011-07-20 02:15) 

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