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HEY! GOOD LOOKING [story]

イケメン3.jpg

『染香姐さんが辞めたってねぇ』
「はあ、驚きましたね、正月そうそう……」
『おとつい「マリアンヌ」へ行ったらそんな話だもの、びっくりキントンよ』
「急でしたからねぇ……」
『マキちゃんにも挨拶なしかい?』
「わたしなんか、別に挨拶されるような立場じゃありませんから……」
『そんなもんかねぇ。このウバ桜小路で働いてりゃ、みな親戚同然てぇ思ってたけどねぇ』

斜向かいの店のホステスの染香さんが去年の暮れ突然辞めた。というか蒸発しちゃった。出入りの激しい商売、めずらしいことじゃないけど、義理堅いので有名だった染香さん。店の売り掛けやら前借りやら、借金を踏み倒していったって、この小路じゃいまいちばんの噂になってる。

この店にも暇になるとよく来てたし、ちょっとワケありの大年増って感じで人気もあったんだけど。なんでも元ダンサーで、そんな華やかな残像があったりしてね。そんな不義理をするような人間には見えなかったんだけどなぁ。

今目の前で、ジンライムをちびちびやってる若旦那こと野中熊男さん。表通りの扇子問屋「稲村」の三代目。47歳で独身、つい先日母親の三周忌を了えたばかり。
この若旦那も染香さんのことけっこう贔屓にしてたから、少なからずショックを受けてるみたい。

『で、やっぱしコレなんかい?』
「グーですか?」
『バカ言ってんじゃないよ。親指立てりゃ、グーってなあ去年限定の話。フツーこうすりゃ野郎のことだろうが』
「はぁ、スイマセン。そんな噂もありますねぇ。なんでも店のお客さんだったとか……」
『なるほどねぇ。染香も染香だけど、あんな賞味期限ギリギリのホステスをかっさらってドロンする客も客だよなぁ』

賞味期限ギリギリってそりゃ、若旦那チョット言い過ぎ。それに呼び捨てかよ。

『で、どんな唐変木なんだい、その人さらい野郎は』
「さぁ、はっきりとは……」
『んなこたぁねえだろう。マリアンヌの女の子に聞いたら、ここでよく密会してたってえじゃない』
「密会なんてものじゃないと思いますけど、そういえば何度か……」
『なんでぇ、隠すなよ。アタシとマキちゃんの仲じゃねえか』
「スイマセン、別に隠すわけじゃないんですけど……」

その染香さんの相手というのは、歳はまぁ見た目40代前半、染香さんと同じぐらいかな。去年の春頃飛び込みで「マリアンヌ」にやって来て、染香さんと意気投合。一時はほとんど毎日のように顔を出してたらしいよね。

なんでも大森の方で自動車の部品工場をやってるとか。二代目らしいけど、はじめの頃は景気も良かったんだよね。けど例のサブプライムローンから始まった“アメリカの風邪”が飛び火してさ、去年の秋頃から急に金回りが……。詳しいことは知らないけど、可哀想だよね。自分の失敗や散財で苦しくなったんじゃないんだから。

師走に入った頃はもうアカン状態だったみたい。染香さんにまで借金させてたものね。いや、それはちょっと違うな。彼女が自分から借りられる金すべてかき集めて男につぎ込んでいたんだと思う。でも、傾いた会社を個人の借金で支えられるはずがないわけで、そう考えるとやっぱり男の方がいけない。

で、とうとう年を越せずに会社は倒産。社長は染香さんともども消えちゃった。なんでも個人的にもかなり借金があったみたいだね。しかしやっぱ逃げちゃまずいよなぁ。
染香さんも魔が差したのかなぁ。それとも心底惚れたのかもね。こういっちゃなんだけどラストチャンスって思ったのかも知れない……。

『……なるほどねえ。まぁめずらしい話じゃないけど、染香も見損なったね、そんな素寒貧野郎にくっついて行くとはね……。40代かぁ、アラフォーってんだろ? でも女房、子供うっちゃってよくやるよなぁ。狂っちまったんだろうな、男も女もさ』

「いえ、その社長って人、バツイチで独身だったらしいですよ。前の奥さんとの間に子供もいなかったって。……染香さんて相手が家庭をもってる男だったらどんなに好みでも靡かない人ですよね。そういうところ堅かったですから」

『まぁな。堅いっちゃ堅いよな。アタシだって独身だけど、誘っても全然のってこなかったものねえ……』

あらあら、若旦那口説いてたんですか……。そうか、結局のところ若旦那その社長に妬いてんだな……。なるほどコワイ雷さんってわけだ。

『で、どんな男なんだいその色男はよ』
「あれ、若旦那、店で一緒になったことないんですか?」
『それが、思い当たらないんだよなぁ。だいたいこちとら酒と女の子とバカ話するのが目的だもの、同じ客それも男の面なんてハナから見ようって気がないもの』
「なんて言うんですかね。ちょっとカゲがあるっていうのか、昔風に言うとニガミ走ったって言うんですか? スーツも似合えばラフな格好もイケるっていう男前で……」

『へぇ、そんないい男かい。さしづめイケメンってヤツだな。こちとらカゲもなければヒゲもないただの40男だもんね……』

その代わりハゲがあったりして。フフフフフ……。

『なにが可笑しいんだよ、マキちゃん』
「いえ、ちょっとこっちのことで……」
『でもよ、昨今のイケメンブーム、ウンザリだよな。そう思わない?』

「まぁ、わたしらには縁のないブームですから……」
『な、こたぁねえよ。昨今のイケメンブームの妙なとこは、イケメンオアナッシングなんだよな。つまりイケメンじゃなければすべてブサイク。中間がねえってヤツ。グレーゾーンもなければ補欠もねえ。白か黒かの丁半ばくち、AかBかの二者択一ってわけ』
「なるほどねえ……」
『だからマキちゃん、自分にゃ縁がないなんて高をくくっちゃいられねえよ。いままでなら見ようによっちゃ二枚目かもとか、惜しいなぁ、もうちょっと鼻が高けりゃ役者になれたのにねぇ、なんて言われたかもしれないけど、当節じゃ完璧Bグループだもん、マキちゃん』

ひでぇ……。そこまでハッキリ言いますか。

『しかし、テレビなんかに出てる若い衆でイケメンって言われてる面々、よくよく見りゃあ両親そろいましたでオヤオヤって感じだもんね。スラッとしてて、髪型が今風で流行りの服着てるだけじゃねぇ。昔で言やあ、そこら辺を徘徊してるアンちゃんよ。まぁ、色男のレベルが下がったってことは、世の男にとっちゃいいことなのかもしれねけどさ。もっとも、その分Bグループにとっちゃ浮かぶ瀬もなくなっちゃたけどね。ハハハハハ……』
「ハハハハハ……」

こうなったらもう笑うしかない。……そこまで言いますか若旦那。
『わりい、わりい。つい笑っちまって』
ってとどめのひと言。こういうところがイヤ味なんだよなぁ……。

『しかしまじめな話、よくないよ。そりゃ、昔から色男とブ男はいたよ。どこの神さんが決めたのかはしらないけどさ。女だって同じよ。ミスユニバースになる女もいりゃ、整形美容院のビフォアにつかわれる女もいるさ。それが世界各国基準の違いはあれ、どこでも見てくれにも“格差”があるってのが人間のいやらしいとこよ』
「お代わりつくりましょうか……」
『いや、いいんだ、ここんとこちょっと減らしてるんで……。それでさ、でもさ、昔はさ、そういうことは人前じゃ大ぴらに言わなかったもんよ。とくにビフォアのほうはな。それが思いやりってもんじゃない。反対にそれを鼻にかけるようなヤツは、男でも女でも嫌われたもんよ』

たしかに煽りすぎだよな、マスコミ。イケメンだのブサイクだのって。お笑いやバラエティで半ば冗談で言ってるつもりなんだろうけど、中にはグサリと心えぐられてるヤツだっているよ、きっと。「男は顔かたちじゃない」って時代じゃないもの。男が化粧品を使い、整形する時代だもの。くだらねえとは思うけどさ。

去年繁華街で「誰でもよかった」って他人を刺しまくった馬鹿野郎、アイツの動機のひとつがそれだったよな。弁護する気はさらさらないけど、あんだけマスコミでイケメンをあおれば「鏡なんか見たくない」って野郎も出てくるさ。そんな野郎が仕事もうまくいかなくなったら絶望的……。

『まぁ、いちばんいけないのは女、女だよ』
「そうですかねぇ」
『そりゃそうよ。誰だって自分の彼氏はイケメンと思いたいわけよ。だから10点満点の5点でも四捨五入して10点、つまりイケメン組にいれちゃうわけよ。カワイイだのイケてるなんてのたまっちゃてね。そう言い続けているうち元々5点の彼氏が10点にしか見えなくなっちゃうから摩訶不思議。錯覚ってやつ。言われた野郎もついついその気になっちゃうから始末におえない』
「まぁ、いわれてみればたしかに……」
『だから、染香も血迷っちまったんだなぁ』

ええっ? 結局そっち……。

『そのうち一緒に逃げたその社長と、2Kかなんかのアパートで二人きりになって「あら、こんな人だったとは……」なんて気づくんだな。開けてビックリ玉手箱、よくよく見ればこはいかにってヤツ。で、やっぱり「あたしの居場所はマリアンヌしかない」なんて思ってさ。で、ママに詫びを入れて戻ってくるんじゃねえのかなぁ。そんな気がするよ』

……なんなんですか、そのあり得ない希望的観測。その底なしの未練……。


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