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RED/靴 [color sensation]

赤い靴B.jpg

♪ あなたがわたしにくれたものグレイス・ケリーの映画の券
  あなたがわたしにくれたものヴィヴィアン・リーのブロマイド
  あなたがわたしにくれたものバディー・ホリーのドーナツ盤
  あなたがわたしにくれたものヘッブバーンの写真集
  あなたがわたしにくれたものお菓子のつまった赤い靴
  あなたがわたしにくれたものテディ・ベアーのぬいぐるみ
  あなたがわたしにくれたものアンデルセンの童話の本
  あなたがわたしにくれたもの夢にまで見た淡い夢
  大好きだったけど彼女がいたなんて
  大好きだったけど最後のプレゼント
    bye bye my sweet darlin'
    さよならしてあげるわ
(「プレゼント」詞、曲:破矢ジンタ、歌:ジッタリン・ジン、平成2年)

今は夏休み。
小学生から大学生まで、学生にとってはひと月もふた月も“学び”という日常生活が途絶える(開放されるともいう)不思議な時間であり、季節。
そこで、人間個人が質的変換をとげることがある。外的刺激が内的変革をもたらすのだ。何をいってんだか。

先日の午後、道を歩いていたら前を小学校高学年らしき少女がひとり歩いていた。
背中にリュックを背負っていて、多分旅行か林間学校の帰りなのだろう。彼女に目がいったのはその足元と靴音。
彼女が履いていたのは5センチほどのヒールの赤い靴。歩を進めるたびに、コン、コンと心地よい音を立てている。

ごく年相応の服装とその赤い靴がいかにもアンバランス。そう思うのはわたしだけでない証拠に、彼女とすれ違う大人の女性がことごとくその赤い靴に目をやっていた。なかには立ち止まって、後ろからいつまでもその“不自然”な光景を眺めている人まで。

小学生の彼女にとってヒールの高い赤い靴が何なのかは解説する必要もないが、人間には常識的に不自然なことがとても自然に思える時がある。
むかし小学校時代、シームの入ったナイロンストッキングを履いてきた女の子がいた。当然の如く級友たちから白い眼で見られ、翌日からは履いてこなくなった。おそらく母親か年の離れたお姉さんのものを身につけてみたのだろう。彼女の気持ちが理解できるようになるまでには数年かかった。おそらく他の級友たちもそうだっただろう。
とにかく“赤い靴履いてた女の子”はわたしにとってとても微笑ましい光景だった。

すべての女性とはいわないが、老いも若きも女にとって「赤い靴」(その昔は赤い鼻緒)は、男には測り知れない特別の“物”なのではないだろうかなんて、勝手な想像をしてみたり。

歌で「赤い靴」といえばあの
♪赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに連れられて いっちゃった
という野口雨情作詞、本居長世作曲の童謡が思い浮かぶ。
このストーリーについては、実在の人物がいたということでテレビ番組が作られたり、銅像が建てられたり、あるいはまったくのねつ造だったとする本が出たりとひと悶着あった。

ただ、それが実話であろうと、フィクションであろうとかまわない。
わたしを含め多くの子供(とりわけ昭和の)にとって「赤い靴」は、見知らぬ外国人に連れられて船で海を渡った“同輩”が、今頃はもう、青い目になっちゃたんだろうな、というファンタジー。それはいつまで経っても変わらない。

もうひとつ「赤い靴」で思い浮かぶのが敗戦から間のない昭和23年に封切られたイギリス映画「赤い靴」
残念ながらまだこの世に存在していなかったので、のちに観たのだが。
ストーリーは不思議な赤い靴に魅せられたバレリーナの悲劇。アンデルセンの童話をベースにしていて、昔からあるフェティシズムやアミニズムを内包した物語。

映画はヒットしたようで、リアルタイムで観たという大先輩の話ではラッシュアワー並の大混雑で、映画どころではなかったとか。

その映画に触発されて昭和25年、西條八十が書いたのが「赤い靴のタンゴ」(奈良光枝)。作曲は古賀政男。映画に負けじと歌もヒットした。
♪誰がはかせた 赤い靴よ 涙知らない 乙女なのに
と、こちらは流行歌らしくショーダンサーをヒロインにしている。

その翌年のヒットソング「東京シューシャイン・ボーイ」(暁テル子)にも、
♪赤い靴のあのお嬢さん 今日もまた銀ブラか
と出てくる。これは当時多かった靴磨きの少年をうたったもの。もはや大人の靴磨きも見かけなくなった。どこかにいるのかもしれないが、時代を感じさせる歌だ。

「赤い靴のタンゴ」の前の年にレコード化され、やはり大ヒットした「銀座カンカン娘」(高峰秀子)の1番は、
♪赤いブラウス サンダルはいて……
だが、2番に
♪傘もささぜに 靴まで脱いで
とあり、この靴は書いてはいないが、おそらく「赤い靴」のはず。

敗戦の痛手癒えぬ昭和20年代のなかば、いまだ国防色の服に身を包んでいた男どもをしり目に、女性たちは何のためらいもなく「赤い靴」を履き、さっさと復興の道を歩いていったのである。

では暮れゆく昭和を飾った「赤い靴」の歌をチラホラ。
まずは昭和40年代のGS。加瀬邦彦とワイルドワンズ「赤い靴のマリア」
♪いつでも忘れないさ おまえの赤い靴
なぜか船で去っていくマリアちゃんに未練たっぷりの歌。サウンドはワイルドワンズというよりテンプターズ風。

50年代には松田聖子「赤い靴のバレリーナ」
♪赤い靴で 踊るように 街を歩けば 風もはしゃぐわ 私恋してるのよ
ヒロインは実際のバレリーナではなく、恋をして満たされている少女。前髪を切って赤い靴を履くと映画の主人公になったような気がして、恋もうまくいくように思う。そんな少女ごころを甲斐ヨシヒロが書いている。

60年代、昭和の掉尾を飾るにふさわしのが阿久悠が書いた「赤い靴はいてた淫らな娘」(松坂慶子)
もうタイトルだけで放送自粛になりそうな歌。
♪赤い靴 はいてた 淫らな娘と ひとは云うけれど
見てくれやツッパリ言葉とは裏腹な不器用な生き方しかできない女の歌。こういうのは阿久悠の得意とするところ。
歌詞に「厄年」が出てくるが、女の本厄は19歳とか33歳らしいが、19では若すぎるから33歳? 「このあたりで赤い靴をぬぐ」という歌詞もあるのでそうかも。この頃の松坂慶子が19の乙女ごころなんて歌わないものね。
ノリのいい明るい曲調は小林亜星。「北の宿から」のコンビ。

最後は平成に入ってから。さだまさし「赤い靴」
♪菜の花の向こうに 飛行機雲の白と 君の赤い靴
かつての恋人へのノスタルジー。二人で見ていた港や白い外国船、そして誰かが君を連れてってしまうのではないかという不安。そうしたエピソードが童謡「赤い靴」に重なる。

だだまさしでは「もうひとつの雨やどり」のなかにも、♪赤い靴の似合う素敵な娘だったらと出てくる。

さだまさしの「赤い靴」と同じ年にリリースされたのがジッタリン・ジン「プレゼント」
この歌の中に出てくる赤い靴はどうやら、サンタクロースの赤い靴で、クリスマスプレゼントということらしい。
よくもまあ彼氏はプレゼントをしたもので、上の詞は2番でその3倍の物を彼女に贈っている。
その中にホンモノの靴もある。それが「中国生まれの黒い靴」。

プレゼントは贈る人のセンスもわかるが、贈られる人の人柄も推測できる。彼はなかなかいいセンスをしているし、黒い靴の似合う彼女もまたイカした娘だ。
そんなふたりが別れるんだから世の中うまくいかない。


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Mashi☆Toshi

「赤い靴」
まだまだありますね。

太田裕美、赤いハイヒール
ハイファイセット、冷たい雨
aiko 、川嶋あい、などにもありますね。

でも、赤い靴って、ファッションを合わせるのが難しくないのでしょうか。
(よくわかりません)

それにしても、この暑さ、何とかなりませんかね~。(^^;
by Mashi☆Toshi (2008-08-09 19:54) 

MOMO

Mashi☆Toshiさん、いつもありがとうございます。

そうですね、柄物はだめでしょうし、ヘアスタイルから化粧からすべて靴に負けないようにしなければ……。
子供は別にして、よっぽど自信のある人でないと悲しいことになりかねませんね。

すぐ思い浮かぶのは、白のワンピースのマリリン・モンロー(古いね)ですかね。
by MOMO (2008-08-09 22:19) 

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