夏歌⑦八月の濡れた砂 [noisy life]
♪ あたしの海を 真赤に染めて
夕陽が血潮を 流しているの
あの夏の光と影は 何処へ行ってしまったの
悲しみさえも 焼き尽くされた
あたしの夏は 明日も続く
(「八月の濡れた砂」詞:吉岡治、曲:むつひろし、歌:石川セリ、昭和46年)
「八月の濡れた砂」。この映画を見たのは公開された年だったかその後だったか。
覚えているのは、季節が夏だったこと、場所が銀座の並木座だったこと、そして学友数人一緒で観たということ。
内容は“怒れる若者たち”のひと夏の無軌道話。いくつかのエピソードの中心にあったのが童貞喪失ストーリー。主人公の兄貴分が、弟分をなんとか“男”にさせてあげようという話。
話はすすみ、無事チェリーボーイを卒業できた弟分だったが、相手は海辺で見そめた妖精ではなく、その姉貴(それも半ばレイプで)というちょっとホロ苦いエンディング。
日活が青春映画からロマンポルノへ移行する過渡期につくられた作品。日活最後の青春映画といえるかも。好きな映画で何度も見ました。日活青春映画の最高傑作という評価もありますが……。
冷静に批判すれば、“遅れてきた太陽映画”で、湘南あたりの中産階級のガキどもの他愛もないラブハンティングということに。
その海辺を少し、東上した川崎あるいは蒲田あたりには毎日油まみれで働き、たまの休みもトルコ(当時の言葉ですみません)へ行く金もなく、いわゆる“狩りに行けない飢えたる狼”たちがいたことなど知りもしないで。
もはや、そういう時代ではなかったんでしょうか、昭和46年、1971年ともなると。
だからそうした昭和30年代風の批判はあたらない? ホントにそうでしょうか。
今、「蟹工船」を読む(ホントにベストセラーなの?)彼らには、あの映画に出て来る湘南ボーイズ&ガールズはどのように映るのか、聞いてみたいものです。
話がどんどん藪の中へ入っていきそうなので、とにかく藤田敏八監督にはもっと映画を作ってもらいたかったということを一旦のピリオドにして本題へ。
「八月の濡れた砂」の音楽は印象的でした。石川セリの歌うエンディングテーマもよかったけれど、フランス映画を思わせるメインテーマもよかった。もし、あの歌がなかったならば、この映画がこれほど語り継がれてくることはなかったのでは。呟くような石川セリの歌唱。そしてイントロをはじめ随所に流れるアルパの旋律。さらには間奏に入るフルートの“泣き声”。
この映画の音楽、そして「八月の濡れた砂」の作曲はむつひろしでした。
群馬県出身で本名は松村孝司。
元ポリドールレコードの社員。キングトーンズのオリジナル曲を出すことになり、R&Bの作曲家がなかなか見つからなかったために本人が作曲することに。まったくの素人だったということですが、ベーシックな音楽の素養はあったのではないでしょうか。でなければいくら担当社員だからといってそんな大役が回ってくるはずありません。
43年に出したそのレコード「グッドナイト・ベイビー」が大ヒット。以後作曲の道へ。
44年「どしゃぶりの雨の中で」和田アキ子 小田島一彦のペンネームで
45年「ちっちゃな時から」浅川マキ
46年「八月の濡れた砂」石川セリ
49年「昭和枯れすすき」さくらと一郎
とヒット曲を。
はじめの3曲はどちらもR&Bテイストという共通点がありますが、あとの2曲はまったく異なったサウンドという懐の深さがスゴイ。
残念ながら平成17年に70歳で亡くなっています。
亡くなったといえば、この歌の印象的なイントロでアルパを演奏していたのが元ロス・インディオスのメンバー、チコ本間。この人も近年亡くなってしまいました。
その弟子にあたる日本の代表的なアルパ奏者・ルシア塩満のアルバムにはこの「八月の濡れた砂」が入ってます。チャランゴのトレモロのイントロではじまる演奏はなかなかで、インストならこれだと思える一曲。
名曲のならいで何人ものシンガーがカヴァーしてるはず。CDで聴いたことのあるのは石川さゆり。
石川さゆり盤は、さらにアルパ(ハープかもしれない)を強調しています。また歌もビブラートを使わず、意図的に素朴さをだしています。さすがにこぶしは使いませんが、やはり聞き慣れた声で♪あたしの…… と歌われるといささかミスマッチの感が……。フルートが使われていないのも物足りない。
オリジナルの印象が強すぎると、似せてもいけない、変えてもいけない、という難しさがあります。よほど斬新かつ自然なアレンジ、あるいは歌唱が要求されるからツライ。
多くの場合、好きな歌には“思い出”が貼り付いていることが多い。それは出来事だったり、人間だったり、時代だったり。
並木座で一緒にこの「八月の濡れた砂」を観た野郎どもは、当時いずれも彼女がいなかった。にもかかわらず全員チェリーボーイではなかった。ならみんなどこで卒業したんだ、って話ですが。それはともかく、その彼らの何人かとは今でもたまに会う機会があって、二次会でカラオケをすることもあるのですが。
そこで、この「八月の濡れた砂」を十八番にしているヤツがいるのです。まあ、彼にとっては特別な思い出があるのでしょうから、歌うなとはいいませんけど。
石川セリのフェアリーヴォイスならともかく、野太い声で♪わたしの 夏を…… なんてやられた日にゃ。好きな歌にはヒアリング・オンリーというのも、あると思います。
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