その名は●ポール [the name]
Checked on the sidewalk, initials on a tree
Everybody knows it-Paul loves me
Tall Paul, Tall Paul, Tall Paul, he is my all
Checked on the sidewalk, initials on a tree
Everybody knows it-Paul loves me
Tall Paul, with king-size arms
Tall Paul, with the king-size charms
Tall Paul, with the king-size kiss
He's my all, he's my all
Tall Paul is my love, Tall Paul is my dream
He's the captain of the high school football team
([TALL PAUL]トール・ポール words and music by R.M.SHERMAN, R.B.SHERMAN and ROBERTS, vocal by ANNETTE, 1959)
「トール・ポール」は1957年にデビューしたアネット初のヒットナンバー。ベストランキングはビルボードの7位。
学生時代にウォルト・ディズニーによってスカウトされたアネットは以後“ディズニー御用達”のタレントとして歌や映画で大活躍。[ULTIMATE TEENAGER]として全米的アイドルに。
日本のデビューは1960(昭和35)年の「パイナップル・プリンセス」Pineapple Princess 。これはオリジナルよりも田代みどりのカヴァーでヒット。
日本のカヴァー曲のヒットといえば「恋の汽車ポッポ」The Train Of Love もそう。こちらは森山加代子らがうたっている。
その「恋の汽車ポッポ」の作詞作曲がポール・アンカPAUL ANKA 。
アネットの全曲ポール・アンカの作品というアルバム[ANNETTE SINGS ANKA]の中の一曲。そのアルバム制作中に二人は恋に落ちたとか。
ただアルバムが作られたのが1960年で、「トール・ポール」は1959年。つまり「トール・ポール」のポールとはポール・アンカのことではなく、まったくの偶然というのだが。
で、話が突然あらぬ方向へぶっ飛んでしまうことにお許しを。
それは「ポール」と言えば誰が思い浮かぶかという話。たとえばジャパニーズ“高齢3兄弟”の場合。
長男は65歳、次男は60歳、末の三男が55歳。みごとな計画出産でそれぞれ5歳のひらきがある。
長男は昭和18年生まれ。西暦でいうと1943年。あと少しで“戦争を知らない子供たち”になりそこなった。
ニキビ面の彼が高校の受験勉強をしていた15歳の冬、ドエライものが始まった。日劇のウエスタン・カーニバルだ。彼は勉強そっちのけでロカビリーに夢中になった。おかげで第一志望の高校はみごと不合格。
そんな彼のポールは、高校生になった年の9月に来日したポール・アンカPAUL ANKA。
次男は昭和23年生まれ。まさに団塊の世代。
テレビがやってきたのが10歳のとき。「月光仮面」だの「少年ジェット」に夢中。そんな彼が音楽に目覚めたのは、高校生になってから。
アメリカからベンチャーズのエレキサウンドとフォークソングの波がやってきた。そしてイギリスからはもっと大きな波がやってきた。それがビートルズTHE BEATLESだった。
彼がビートルズを見に武道館へ行ったのは高校3年の7月。
そんな彼のポールは、もちろんポール・マッカートニーPAUL McCARTNEY。
そして昭和28年生まれの三男坊。もの心つく頃にはすでに茶の間にテレビが鎮座ましましていた。中学へ入った頃はGSブーム。父親にねだってエレキギターを買ってもらい、学友たちとバンドを組んだ。高校へ入る頃になるとなにやら世間が騒然としてきた。学生運動やベトナム反戦運動が盛んになってきたのだ。そんな時に見た映画がダスティ・ホフマンの「卒業」。感動した。そして「サウンド・オブ・サイレンス」The Sound Of Silenceをはじめ映画の中から聞こえてきたサイモン&ガーファンクルSIMON and GARFANKELに夢中になった。
末弟のポールとは、そうポール・サイモンPAUL SIMON。
おまけ。
次男には中学からつき合っているガールフレンドがいた。彼女も洋楽が好きで趣味は合うと思っていた。高校は別々で彼がブリティッシュサウンドに熱中しているとき、彼女はアメリカからやってきたモダン・フォークに夢中になった。そんなことから軽音楽部に入り、友だちとP.P.M. PETER, PAUL AND MARY のコピーバンドを作った。
そんな彼女のポールとは、もちろんPPMのメンバー、ポール・ストーキーPAUL STOOKEY。
そうそう、彼はやっとのことで2枚手に入れたビートルズのチケットで彼女を誘ったが、フーテナニーに出演する日だからと断られた。以後、彼女からの連絡は途絶えた。
おまけのおまけ。
長男が大学を卒業し社会人になったときビートルズが来日した。あの長髪とエレキサウンドにはどうもついていけなかった。また、仕事も忙しくて音楽を聴く余裕などなくなっていた時期でもあった。
そんな長男にも好きな異性ができた。入社4年目のこと、相手は一つ下の総務課のマドンナ。彼は意を決して彼女をコンサートに誘うことにした。
なんのコンサートにしようか迷ったが、友人から去年初来日して、そのコンサートが好評だったというイージーリスニングのオーケストラがあると聞かされた。とくに女性の支持が高いというので迷わずチケットを買った。
それがポール・モーリア楽団PAUL MOURIAT AND HIS ORCHESTRA だった。
彼女はそのコンサートをえらく気に入り、それから毎年のように2人でポール・モーリアを聴きにでかけるようになった。
そう、2人はそのコンサートがきっかけで結婚したのでした。
もちろん、以後長男のポールといえば、恋のキューピット、ポール・モーリアPAUL MOURIATのこと。
これで三兄弟それぞれのポールにまつわる話はおしまい。彼らがまだ健在ならば、いまでもときどき「ポールの音楽」を聞いているような気がするのだが。
そもそもポールは聖人で殉教者のパウロからきている。もともとはラテン語で“小柄な人”という意味だとか。
いままであげたミュージシャンをみてもわかるとおり男性の名前。女性だとポーラあるいはポーリーヌなどとなる。
ところが日本には女性のポールがいる。
「海の底でうたう唄」のオリーブことシリア・ポール。「夢で逢えたら」のヒットもある。それにもうひとり、昭和30年代のポップシンガーで「雨のピエロ」などのオリジナルもあるポール聖名子。ふたりは姉妹で、どうやらポールは苗字のようだ。
アコさん、nice!をありがとう。
就活のほうはいかがですか。good luck!
by MOMO (2008-07-13 20:43)