GRAY/灰色の瞳 [color sensation]
♪ 枯野に咲いた 小さな花のように
なんて淋しい この夕暮れ
とどかない想いを 抱いて
なんて淋しい この夕暮れ
とどかない想いを 抱いて
私の大事な この笛のうたう唄を
あなたは聞いて いるのだろうか
…………
(「灰色の瞳」詞:加藤登紀子、曲:ウニャ・ラモス、歌:長谷川きよし、昭和49年)
瞳の色、最後は「灰色の瞳」。
これはなんとなく分かるような気がする。
黒みがかった薄い青色(無理やり灰色を作ってしまいました)。西洋人でそういう眼をした白人を映画でも見たことがある。誰と言われると困るけど。
実際この「灰色の瞳」Aquellos Ojos Grisesはウニャ・ラモスUNA RAMOSがフランス人の奥さんをイメージしてつくったもの。その当時彼はフランス在住で、CDもフランスで発売。ということはシャンソン? にしてはフランスのシンガーがうたったのを聞いたことがない。
そもそも日本でフォルクローレがブームになったのは1970年代に入って間もなく。
ロス・インカスLOS INCASの「コンドルは飛んでいく」El Condor Pasaがきっかけだったように思う。その独特のメロディーに加えて、葦笛のケーナをはじめ、日本の笙のようなサンポーニャ、アルマジロの甲羅をボディにした弦楽器チャランゴなどの素朴で響き渡る音色の民族楽器がが日本人の心をとらえた。
「コンドルは飛んでいく」はペルーに侵攻したスペイン軍に対し、反乱を起こし処刑された英雄、トゥパク・アマル(ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ)のことを歌ったもの。
死後、彼はコンドルに生まれ変わって空の上からペルー人を見守っている、というロマンあふれた内容。
同じ頃、サイモン&ガーファンクルSIMON & GARFUNKELの「コンドルは飛んでいく」もヒット。そもそもこれはポール・サイモンがロス・インカスの演奏を聴いて感銘を受けたことから、レコーディングとなったもの。このS&Gのヒットがさらに日本のフォルクローレブームを助長したことは間違いない。
ちなみに「コンドルは飛んでいく」はペルーの民俗学者で作曲家でもあるダニエル・アローミア・ロブレスDANIEL ALOMIA ROBLESによって採譜作曲されたものだが、うたっているロス・インカスはフランス在住のベネズエラ人やアルゼンチン人のグループ。
大昔の話だが、「カラウアジョの想い出」Recuerdos de Calahuayo やユパンキATAHUALPA YUPANQUI でも知られる「我が影に寄せて」Vidala Para Mi Sombra という曲が好きで何度もくり返し聴いていたものだった。
ちなみにウニャ・ラモスもアルゼンチン人。
フォルクローレとは民間伝承ということで、音楽でいえば民謡。これはほぼどこの国や地域にもあるものだが、この頃から現在に至るまで、なぜか中南米とりわけペルーやボリビアなどアンデス地方の伝承歌をフォルクローレと呼ぶようになった。
70年代以前のフォルクローレとして日本で知られているのが「花祭り」El Humahuaqueno 。いかにも“アンデス民謡”を彷彿とさせるメロディーだが、これがなんと1940年代にアルゼンチンで作られた曲。
それがフランスでヒット。つまり日本へはフランス経由ということに。中原美紗緒や芦野宏といったシャンソン歌手がカヴァーしていた。
そして、「灰色の瞳」もまたフランス経由のフォークロア。
この歌に注目して日本へ持ち込んだのが加藤登紀子。
シャンソンから出発した彼女は、いわゆるワールドミュージックに眼を向けていて、そのサーチライトの中にウニャ・ラモスの「灰色の瞳」を“発見”したということ。
自ら日本語詞をつけ、レコーディングはなんとやはりシャンソンを歌い「別れのサンバ」のヒットがある長谷川きよしとのデュエットで。
そのプロモートはみごとに当たってヒット。のちにそれぞれソロとして自分のレパートリーに加えることに。
ちなみにデュエットした「灰色の瞳」のB面は「黒の舟唄」。これもまた、のちにそれぞれがソロでうたっている。
加藤登紀子の詞は、離ればなれになった恋人への想いをうたった内容で、その恋人の瞳の色は出てこない。しかし、「灰色の瞳」というタイトルは、決して幸福ではない現在を象徴しているようで、その詞にマッチしている。
この「灰色の瞳」加藤登紀子と長谷川きよし以外では、ボニー・ジャックスがうたっているし、椎名林檎(草野マサムネとのデュオも)もカヴァー。
洋楽ではペレス・プラード楽団PEREZ PRADO AND HIS ORCHESTRA で聴くことができる。
しかしこの「灰色の瞳」、演奏にしろ歌唱にしろオリジナル以外の洋楽ではほとんど聴いたことがなく、よくある日本限定のヒット曲なのかも。
そうであっても「灰色の瞳」の良さが半減するものではない。ワールド・ワイドでヒットしないと“名曲”とはいえない、という風潮がないわけではないが、日本でこれだけヒットしたのですから名曲に間違いない。
その良さが欧米人には理解できないんだ、気の毒に……と思えばいいのでしょう。
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