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本当に仏様になった [deporte]

 

昭和33年の秋、わたしは駅前にあった大衆酒場に通いつめていた。
というと、現在相当な老人のように思われるが(実際相当な老人だが)、その時のわたしは小学1年生だったのである。

その酒場は昼は定食などをとらせる食堂だった。女子供むけの甘味も置いてあり、文字通りの食堂。
そこでわたしは、毎回、今川焼き(太鼓焼きとも言った)を2個と、コーヒー牛乳を注文するのだ。今考えれば、7歳の子供が日を置かずひとりで食堂に足を運んでくるのだから、店の人間に咎められても不思議ではないのだが、そうした記憶はない。

で、わたしの目的だが、もちろん今川焼きのトリコになったわけではない。その店に置いてあるテレビがお目当てだったのだ。

昭和28年から始まったテレビ放送は、その年で6年目。春先にNHKの契約台数が100万台を突破したといわれる。しかし、貧しき我が家にはまだなかった。

プロレスも、その年からはじまった「月光仮面」もすべて金持ちの友だちの家か、そば屋などで見たものだ。

しかし、その大衆酒場で見ていたのはプロ野球の日本シリーズ西鉄-巨人戦

それまで野球にまったく興味などなかったわたしが、野球に関心を抱くようになったのは小学校へ入学してからできた、友だちの影響だった。

彼は、1年生ながら今でいう少年野球のレギュラーで、ことあるごとに無知なわたしに野球のなんたるかをレクチャーしてくれた。そして彼が被っていた野球帽のマークは「T」。そう、彼の所属したのは、阪神タイガースのファンによって作られたチームだったのだ。
彼は、
「レギュラーになると、コレがもらえるんだ」
とそのTの帽章を見せて自慢したものだった。

ところが、わたしは阪神ファンにはならず、誰に言われるでもなく巨人ファンになってしまった。新聞やラジオでの露出が多かったから。つまり、主体性のないミーハーだったのだ。

昭和33年という年、つまりわたしが野球に目覚めた年は、奇しくもプロ野球にとってエポックメイクな年となった。
いちばんの話題は、立教大学のホームラン王、長嶋茂雄の巨人入団。そして、われわれの先輩たちが、風呂屋の下駄箱“16番”を奪い合うほど人気のあった川上哲治の引退。また、秋のシーズンオフには甲子園の星、早稲田実業の王貞治の巨人入団が発表された。

どれもこれもプロ野球史を語るうえで重要な出来事だった。
それでも、この年のハイライトといえば、あの伝説の日本シリーズではないだろうか。

10月12日、後楽園ではじまった日本シリーズは巨人が2連勝。平和台へ移った3戦目は藤田元司稲尾和久、両エースの投げ合い。結果は1-0で巨人。西鉄はあとがなくなった。

しかしここから奇跡が起きる。4戦目、西鉄・豊田泰光の2本のホームランと稲尾3度目の登板で6-4と辛勝すると、次の試合では連投の稲尾にサヨナラホームランが飛び出し、西鉄は2勝して剣が峰で残った。「神様、仏様、稲尾様」という名文句はこの試合の翌日、スポーツ紙に躍ったといわれている。

そのあと、西鉄はさらに2連勝(いずれも稲尾が勝利投手)して奇跡の逆転日本一になるのだが、とにかく巨人ファンニューカマーで、まだ野球の本当のおもしろさがわかっていなかったわたしにも、稲尾のホームランは印象に残っている。
無知なりに、ピッチャーというものは投げるだけで打たない、とくにホームランなんて論外と思っていたのだから。

その稲尾が他界したとニュースが伝えていた。
彼の年間42勝という記録は、2度と破られることはないだろう。投手の真の評価となる防御率も、ケガでほとんど欠場した年をのぞけば、1点台か2点台。年間で400イニング以上投げた年が2度もある。400イニングということは、9回完投を年間45試合こなすという数字である。こんな投手いない。鉄腕といわれたゆえんである。

子供の頃、少年雑誌で読んだ稲尾のエピソードで覚えている記事がある。それは、稲尾が時間を厳守したという話。
なにかの用事で他人の家を訪問したとき、約束の時間より10分早く着いてしまった。そのことに気づいた稲尾は、10分間、玄関の前で待っていたと。

現役時代も監督として采配をふるったときも、また評論家の時代も、いつも穏和ながらなにごとにも動じない雰囲気のあった元エースだが、そんな几帳面な一面もあったのだ。

凋落が伝えられるプロ野球、もはや遠い過去の中にしかその輝きを見いだすことはできないのかも。どの星も生まれ、やがて死んでいくように、昭和30年代がもっともその星が輝きを放ったピークだったのかもしれない。


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