●坂道：Picture on the Wall：SSブログ

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●坂道　[a landscape] [編集]

♪　街の灯りが　映し出す
　　あなたの中の　見知らぬ人
　　私は　少し　遅れながら
　　あなたの後ろ　歩いていました
　　…………
　　急な坂道　駆けのぼったら
　　今も海が　見えるでしょうか
　　ここは横須賀
（「横須賀ストーリー」詞：阿木燿子、曲：宇崎竜童、歌：山口百恵、昭和５１年）

関東平野にあって平坦なような東京でも３０００以上の坂があるといわれている。いかに東京が凸凹の地形だということがわかる。
その多くは、徳川幕府が開かれてから、つまり１７世紀以降に作られた。高台を削り、池や沼を埋めて整地するという、大江戸改造大工事によってできたのである。

坂があるということは、あたりまえだが高台と低地があるということ。高台は四谷、赤坂、麹町、さらには小石川、本郷あたりで、これらを山の手といった。低地は神田、芝、下谷、浅草、深川あたりで、こちらは下町。山の手と下町を結ぶ道、それが坂道。

無名坂というのもあるが、だいたいの坂には名前がある。なかには２つも３つも持っている坂もある。坂に名前が付けられたのは、江戸時代のはじめ、まだ細かな地名が定まっていなかった頃、坂という特徴的な地理（なにしろコンビニとか学校なんていう目印がなかった時代で）を固有化することで、生活の便宜を図ったという庶民の知恵だとか。
「おや、おでかけですか？　どちらまで？」
「ええ、ちょいと品川の親類の家で祝い事がありまして……」
「それはそれは。で、品川はどちらでしたっけ？」
「ええ、あの江戸見坂を下ったところでして」
「ああ、あのあたりですか。それはそれはごくろうさんです」

その坂の名がそのまま地名になったところもある。赤坂、神楽坂、乃木坂、紀尾井坂、道玄坂などがそう。

そんな東京の坂のなかでいちばん数多い名前は“富士見坂”だそうだ。２０や３０ではきかないほど多い。かつては、そうした坂の上から晴れた日に富士山が見渡せた。ところが、昭和も４０年代になると高層ビルができはじめ、いまでは名ばかりの“富士見坂”になってしまった。なかには、西日暮里にある富士見坂のように、今でも勇姿を望める？坂もある。

同じような坂が、汐（潮）見坂。こちらはかつて東京湾、つまり海を見ることができた坂。こちらも海の埋め立てや、やはり建築物の高層化でいまや名前負けしてしまっている。
東京ではないが、上にあげた「横須賀ストーリー」にも出てくるように、横須賀あたりにはいまだ、“汐見坂”があるのかもしれない。「かもめが翔んだ日」（渡辺真知子）にも、横須賀の坂道が出てくる。

坂道は地形的にも、イメージ的にもドラマチックである。それゆえに、映画やテレビドラマのロケーションになったり、流行歌でもしばしば使われる。

流行歌では、ほとんどは不特定の坂だが、なかには実際の坂の名前が出てくる歌もある。
古いものなら「雨のオランダ坂」（渡辺はま子）、「柿の木坂の家」（青木光一）があるし、「無縁坂」（グレープ）、「夫婦坂」（都はるみ）、「桜坂」（福山雅治）がある。
歌詞に出てくるものでは九段坂が「東京だよおっ母さん」（島倉千代子）、いろいろな名称をもつ乃木坂は「別れても好きな人」（ロス・インディオス）や「メランコリー」（梓みちよ）で歌われている。また「面影橋から」（小室等と六文銭）にはいにしえ坂、わらべ坂、ごばん坂と坂づくし。ただ、こちらは東京ではなく大阪の坂。

坂道も映画や流行歌で見聞きするぶんにはいいが、これを生活道路として使っている人間にはたいへん。なにしろ毎日上り下りしなければならないのだから。
わたしも昔、会社へ通うために数年間毎日、長めの坂道を往き来したことがあった。困るのは雪が降った後。路面が凍って滑りやすくなる。どこの家でも雪掻きをしてくれるとは限らない。気をつけて歩けばいいのだが、つい急いでいたりするとスッテンコロリン。
わたしも一度転んだ経験がある。そのとき、雪掻きをしていなかった前の家をうらんだものだ。自分の不注意を棚に上げて。これを「坂怨み」という。