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BEYOND THE SUNSET④ [story]


「なんだおめえら、助太刀か?」
2人の足音に気づいた古川が口元を歪めながら言った。祐介を取り囲んでいた10人あまりの不良グループの視線が一斉に淳と博美に向けられた。祐介は淳と目が合うと笑ってみせた。
博美は斜め前で棒立ちになっている淳を見た。その顎が震えている。博美は一歩淳に近づくと、そっと彼の手首を握り、力を入れた。
「ひ、卑怯だよ。た、たった一人を大勢でなんか……」
その握力に押されるように淳が声を発した。
「やるんなら、お、男らしく一対一でやれよ……」
言いながら淳は、心臓が高鳴り、両脇の下を汗が流れるのを感じていた。
「なんだオメエ、一丁前の口きくんじゃねえよ。なら、オメエからやってやろうか?」
古川が凄い形相で淳に言った。
淳の全身は発火したように熱くなった。しかし怯む気持はなかった。それどころか、気持は戦闘態勢に入っていた。なぜなら博美の手の握力を感じ続けていたからだ。

「なるほどな。そりゃそうだ。高沢の言うとおりだ」
突然、不良グループのいちばん後ろに立っていた三橋健吾が大人びた口調で言った。
「古川よぉ、そういうわけだから、後のことは引き受けたからよ、オメエの気の済むようにやってみろや」
「でも、これはみんなの問題だし……、あんな野郎にナメられたんじゃ仲間に対して示しがつかないし……」
「ナメられたのは俺たちじゃねえよ。オメエだろ? それに転校生ひとりを、寄ってたかってヤキ入れたなんて言われたら俺たちの名折れよ。だからオメエひとりでやんなよ。だいじょうぶだよ、ちゃんと見守ってやっからよ」
「……分かったよ! こんな野郎、俺ひとりで十分だ。さあみんな、下がってろ!」
そう言うと、古川は涼しい顔で話の成り行きを聞いていた祐介の前へ歩み出た。

「最後のチャンスだ。謝れよ」
そう言いながら古川は、ズボンのポケットからチェーンを掴みだした。
「何度も言ってるだろ、君に謝る理由はない」
そう言って祐介は身構えた。
数メートル先で成り行きを見守っている淳にとって、初めて見る祐介の険しい表情だった。

古川の右手に持ったチェーンが空気を切り裂き、唸りをあげて祐介に飛ぶ。腕で顔を庇いながら前へ出た祐介の肩にチェーンが触れた。

しかし勝負はあっけなかった。次の瞬間、祐介のタックルに古川は仰向けに倒れた。その上に馬乗りになった祐介はチェーンをもぎ取り後ろへ放り投げた。そして、古川の顔面へ右左右と3回強い拳を叩き込んだのだ。鼻血を吹き出しながら古川は「もういいよ」と小声で言うのが精いっぱいだった。

立ち上がって、ズボンに付いた泥を払う祐介から、険しい表情は消えていた。
「これで、いいんだろ? もうお終いだろ?」
祐介が三橋に言った。
「ああ、お終いだ。オメエと古川の話(ナシ)はな。けど、俺とは済んじゃねえ。いつかゆっくり話しようや」
そういって三橋は顔をほころばせた。

「ありがとう」
淳と博美の方へ歩み寄った祐介が、どちらへともなく言った。
「大丈夫? 肩」
博美が心配そうに言った。
「どうってことないさ」
祐介の左肩のYシャツが破れ、血が滲んでいる。
無事に終わったんだと思ったら、再び足が震えだし、淳は言葉が出てこなかった。

淳と祐介が並んで、その後ろに博美が続いて、3人は夕闇の迫りつつある大源寺の石段を降りていった。西空には、入り日が周囲の空を紅く染めていた。

淳の自転車の後ろに祐介が跨った。淳が自転車を漕ぎ始める。その後ろを博美の自転車が着いていく。

「おい、川上なんで来たんだ?」
淳の背後から小声で祐介が訊ねた。
「なんでって……あいつが教えてくれたんだよ。お前が大源寺へ呼び出されたって……」
「おせっかいなヤツだな」
「お前のことが気になるんだよ、きっと」
「ハハ、ガキのくせに一人前のこと言ってら。女心がわかっちゃないな。川上はキミのことが好きなんだよ、ほんとうは。ハハハハハ……」
後ろから着いてくる博美にまで聞こえるほどの声をたてて祐介が笑った。
〈そうじゃないよ……〉と反論しようと思ったが言葉が出てこない。いままで考えたことさえなかった祐介の言葉が、いつまでも消化されずに淳の心に残った。笑いの余韻を残したまま、祐介が口笛で流行歌を吹いいる。

〈見ろよ〉と言いかけて祐介は言葉をのんだ。激しい炎のような夕空を見ていると、なぜだかわからないが胸が苦しくなり、目頭が熱くなってくるのだった。
博美も夕焼けに心を奪われていた。美しいと思った。そしてなぜか、この日のこと、夕焼け空と淳と祐介のことを、永遠に記憶として刻んでおこうと思った。

そして、淳も。
怖い空だ。まるで自分を焼き尽くしてしまいそうな夕焼けだ。目を細めると、足が竦むような威圧感のなかで、古川たちに立ち向かった10数分前の光景が、夕焼けのスクリーンの上に写し出されていた。そして、自分の手首を握った博美の手のひらの感触が甦ってきた。すると、あの夕焼けの彼方へ突き抜けて行けるような気がしてきて、淳は思わずハンドルを握る手に力をこめた。


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