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BEYOND THE SUNSET② [story]

 

「てめえ、人を馬鹿にするのもたいがいにしろよ! 俺様をだれだと思ってんだよぉ」
その声にふり返ると、祐介の席の前で、同級生の古川次郎がいまにも掴みかからんばかりの形相で仁王立ちしていた。
「……勝手なこと言うな。僕はそんな約束をした覚えはないぜ」
不敵な笑みを浮かべて祐介が応えた。そのときタイミングよく始業のベルが鳴り響いた。

祐介が転向してきて3カ月が過ぎたが、彼は相変わらずクラスメートとうち解けようとはしなかった。そんななかでしつこく声をかけていたのが古川だった。古川は蓮田中学の不良グループの仲間で、その威を借りてクラスではわが物顔に振る舞っていた。体格のいい祐介を仲間に引き入れようと、盛んに誘っているのだが、成果はあがらないようで、ついに爆発したらしい。

ほかの同級生たちにとっても祐介は、張り合いがなく、あまりにも協調性がないので疎ましい存在になっていた。「根が暗いよ」「嫌なヤツ」「気取ってらあ」などの陰口は、淳の耳にも聞こえてきた。

淳は困った。他のクラスメートとは今までどおりうまくやっていきたい。また、時間が経つほどに、祐介とのつき合いは面白く有意義なものに思えてくる。そんなわけなので、教室では、他の友だち同様、祐介には声をかけない。しかし、彼の家へ行ったときはまるで親友のように振る舞う。そんな二重人格のような接し方は自分でも嫌だったが、当の祐介は、そんなことまるで意に介さないようだった。それどころか、淳の気持ちを察しているかのように、教室では彼からも声をかけてはこなかった。

淳以外で、祐介に対して非難の目を向けない人間が教室内にもうひとりいた。

クラス一の才女、川上博美の家は、プレス工場をやっている淳の家から数軒離れた中華料理店だった。したがって、幼なじみであり、淳のことはもちろん、彼の家庭事情まで熟知しているという、淳にとっては大の苦手な同級生なのだ。
博美は決して祐介の悪口を言わない。また、友だちの陰口にも耳をかさない。それは、彼女が祐介のことを、どこか畏れているからではないか。祐介の良さを感覚的に感じ取っているからではないのだろうか。と、淳は思っている。

あるとき、淳はつい口をすべらせて博美にこう言ったことがある。
「篠田ってさ、ああ見えても、けっこう大人なんだぜ。ジャズ喫茶なんかも行ったことがあるようだし、いろいろなこと知ってるみたいでさ……」
「ずいぶん詳しいのね。じゃあ、今度彼に言っておいて。知っているくせに知らないふりをするのは、知ったかぶりするより最低な行為だわって」
「…………」

昼休み、淳は部室でマンガを読んでいた。すると野球部仲間の菊間が勢いよくドアを開けて入ってきた。
「おいおい、ついに篠田がやられるぞ。古川たちが体育館の裏に呼び出したってよぉ。三橋君も来るっていうから、たいへんだぁ~。これから見に行かなくちゃ。お前も来いよ」

大変なことになった。と淳は思った。三橋健吾は蓮田中学の不良グループのリーダーで、当然のごとく番を張っている。古川の注進により、生意気な転校生に焼きを入れてやろうというのだろう。

淳が体育館裏へ駆けつけると、祐介が10人余りの不良グループに取り囲まれていた。少し離れてその周りを野次馬と化した数十人の学生が取り巻いている。

「俺たちにタテつくとどうなるか、教えてやろうじゃねえか」
不良グループから一歩前へ出た古川が、余裕の笑みを浮かべて言った。
「いまここで、土下座して謝ればゆるしてやらないこともないぜ……」
「…………」

野次馬の中で突っ立ったまま淳は、からだが熱くなるのを感じていた。
〈なんとかしなきゃ……、なんとかするんだ……、なんとか……〉

「なによ! たった一人にそんな大勢でもって。それが男のやること? ふだん偉そうに男の代表選手みたいなこと言っておきながら、情けないったらありゃしない!」

川上博美だった。
その言葉が言い終わらないうちに校庭の方から数人の教師が走ってきた。
「何をしているんだ、お前たちは! 戻れ、戻れ!」
白昼劇は教師の怒鳴り声で幕が下ろされた。三橋や古川たち不良グループも、見物していた学生たちも、ゾロゾロと教室の方へ戻っていった。

祐介は感謝の気持ちを口元にあらわしながら博美を見つめていた。その視線に気づくと博美は、勢いよく踵を返して背を向けた。そして、呆然と立ち尽くす淳と視線が合うと、くちを強く結び、ひと睨みして通りすぎていった。淳は心臓の中に手を突っ込まれ、掻き回されたような気がした。

そんなことがあって、淳はもう祐介の家へにへ行けないと思っていた。ところが、それから数日経った日曜日、祐介が何ごともなかったかのように淳の家へ、「映画を観にいかないか」と誘いに来たのだった。
それからまた淳と祐介の交流ははじまった。はじめは負い目があった淳だったが、以前と変わらない祐介の態度は、それを徐々に忘れさせてくれた。


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MOMO

takagakiさん、nice!をどうもありがとうございました。
by MOMO (2007-08-01 21:26) 

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