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MACK THE KNIFE [story]

 

「ありがとうございました。毎度……」
0時10分前。お連れさんが帰り、これでカウンターに最後の客がひとりだけ。オレが卒業したW中学の2コ上の先輩竹久さん。
今日は季節はずれの颱風のような一日だった。そして3時間ほど前、雨と風に押されたように突然ドアが開き、竹久先輩が現れた。もう10年以上会っていなかったけど、一目でわかった。実は、今日あたり現れるんじゃないかって妙な予感があった。今日はめずらしく立て込んだので、話しっぱなしというわけにはいかなかった。こっちも気をつかってたびたび話しかけてみたけど、先輩、ただ不機嫌そうに頷いてばかり。

竹久さんは、数多(あまた)いるコワイ先輩の中でもピカ一。キレたら上級生も逆らえないという狂犬。なにがコワイって平気でナイフを使うこと。中学2年のときにナイフで他校生に傷を負わせ、しばらく鑑別所へ送りになったこともあった。もちろん本人を前にしては言えなかったけれど、陰のあだ名が“差し魔”。
それでも面倒見はいい。とくに後輩に対しては。どこかの高校でW中学出身者が苛められたというウワサを聞くと、すぐに助けにすっ飛んでいったものだ。そして竹久先輩は、絶対にその見返りを要求することはなかった。しかし、恩を着せられた人間は、そのことで完全に舎弟化してしまう。その頃から、みんなは先輩に従いながらも、どこか及び腰のところがあった。このまま一緒にいたら、いつか取り返しの着かない事に巻き込まれるのではないか。誰もがそんな危険なニオイを先輩から感じとっていたのだ。

後輩達の危惧は、すぐに的中した。高校を中退した翌年、竹久先輩は対立する暴走族の頭を刺し殺してしまった。それも、苛められた後輩たちを思っての報復行為だった。先輩の行為に拍手喝采する仲間もいたが、ほとんどは「やりすぎだよ」と思っていた。
もちろん竹久先輩は逮捕され、懲役に服すことになった。正直、仲間うちでも「ヤレヤレ」と胸をなで下ろしていたヤツが多かったんじゃないかな。
懲役は不定期だったが、竹久先輩は出所までに5年近くかかった。地元の仲間たちがソワソワしだしたのは、先輩の出所が間近というウワサが流れたころだった。そのウワサにはもうひとつオマケがくっついていた。先輩が服役中、面会に訪れた友達はほんの数えるくらいしかいなかった。それで、先輩は「あんなに良くしてやったのに」と怒っているというのだ。思い当たるフシのある人間は一様に「ただじゃすまない」と思った。とりわけ、竹久先輩の“留守中”に地元で暴れていた奴らは戦々恐々だった。なかには、早くも地元を離れ、どこかへ雲隠れする者まであらわれたって。

そしていよいよ先輩が出所する日がやってきた。

それこそみんな、「狼が来たぞ!」って心境だったんじゃないかな。ところがまったくの杞憂、拍子抜けってやつ。先輩、昼間は親戚の段ボール工場で働き、夜になると家を一歩も出ない。昔の仲間と連絡をとろうともしないんだから不思議。5年の刑務所生活で精神を病んでしまったと、聞いたふうな話をするヤツもいた。そのうちかつての“舎弟”が御機嫌伺いに行き、遊びに誘ってみたが、「そのうちな」というばかりで、乗ってこない。
そんな様子がひと月、ふた月。みんなは半ばホッとして半分はいまだ心配。眠れる獅子だの休火山だのと、警戒をゆるめない。
そのままで過ぎていけば、それはそれでひとつの伝説になったのだろうが、安っぽいテレビドラマだってそんなエンディングはない。

半年経ったある日、竹久先輩が突然消えた。仕事をやめ、家をおん出て行方知れず。蒸発ってやつ。みんな内心喜んだね。あからさまにガッツポーズするヤツさえいた。そして一様に「頼む。もう二度とこの町に戻ってこないでくれ」って願ったものだ。

それからさらに5年。ちょうど今日のように、雨まじりの強い風が吹いた日のことだった。竹久先輩が町へ舞い戻ったというウワサが流れた。
まずはかつての“舎弟”で、いまは胡散臭い金融業をやってる長山さんの所へ突然現れた。そのときの姿が伸びほうだいの髪と髭、そして、どうやら鳶をやっているらしくヨレヨレのニッカボッカ姿。ネックレスからはじまって、ピアス、ブレスレット、指輪までキンキラキンの長山さんとは好対照。
2人は長山さん行きつけの割烹へ。先輩ははじめっから口数が少なく、ほとんど喋るのは長山さんばかり。おまけに、それとなくいまの仕事や生活ぶりを訊ねても、言葉を濁すだけ。そのうち長山さんも話すことが無くなり、店内の喧噪の中で2人のテーブルだけが沈黙の島。5分もそんな状態が続いて、耐えられなくなった長山さんが顔をあげたら、竹久先輩の視線とぶつかった。そのときのこと、あとで長山さん「ぞっとしたね」って言ってた。長山さん、仔細了解って感じで、そのとき財布に入っていた50数万円を先輩の前に差し出した。そしたら先輩、その札束をポケットに捻り込むやいなや、立ち上がって、何も言わずに風のように消えちゃったって。

しばらくして今度は須藤っていう、やはりかつての“舎弟”のところへ現れ、20万円を貰って帰ったという話が。そのあとも何人かのところを回り、その頃仲間うちでは竹久先輩のことを“集金魔”と呼ぶようになり恐れていた。
そして、先週とうとうオレの同級生だった臼井の所までやってきた。臼井もオレも、そんなに竹久先輩と親密だったわけではないし、恩を売られた覚えもなかったので、正直、びっくりした。ヘソクリの10万円を献上したという臼井は、電話で「こんどはオマエの番だぞ」って嫌なこと言いやがった。ヤツがこの店のことを先輩に教えたんだ……。あの野郎……。

「すいません。いつもはヒマなんですけど。今日に限って……。あ、グラス空いてますね。気がつきませんで……なんか作りましょうか……」
この眼だ。睨むのでもなく、虚ろでもなく、強いて言えば作り物、ガラス玉のような。ニラメッコしても絶対にこちらが勝てない眼。
「先週、臼井のとこへ行ったんですってね」
『…………』
「ごらんのとおり、わたしはこんな薄汚いバーの雇われバーテンでして。懐具合だっていまの季節同様さみしいもんで。みんなのように気前のいいことはできませんが……」
『…………』
「ただ、酒だったらいつだってご馳走することはできます。いつでも歓迎しますから飲みに来てください」
『…………』
正直、オレは全身汗びっしょりだった。もし何か注文されても、まともにシェーカーを振れたかどうだか。
しばらく黙っていた竹久先輩が突然椅子から降り、
『じゃあ、そのうちな……』
と言ってドアを開け、出て行った。カウンターには無造作に1万円札が1枚置かれていた。開け放たれたドアの外では、じき止むだろう雨がだらしなく降っていた。

その日以来、竹久先輩は、ふたたび町から姿を消した。そして、なぜかオレは仲間うちで英雄になってしまった。恐怖の“刺し魔”“集金王”を説得して町から追い出したってことらしい。もちろんそんなことをするつもりも、したつもりもないのだが。
しかし、みんなはそれで安心したわけではなかった。先輩が「そのうちな」って言っていたように、いつかまた、たとえば春一番が吹く頃、この町へ舞い戻ってきて、みんなの前にあの冷たい眼をして現れるんじゃないかって。

それにしてもいい度胸だったなって? とんでもないあの時、カウンターの下にはなけなしの10万円が入った封筒を置いておいたんだ。それを渡すヒマもなく、先輩は消えてしまった。なんていうのかな、〈こんなしみったれ野郎から巻き上げてもしょうがない〉とでも思ったのか、オレに関係なく突然町を出たくなったのか。そこんところは、何遍考えてもよくわからない。というか、後で考えてみれば、もしかして竹久先輩、はじめて長山さんのところに現れた時から、金なんか貰うつもりはなかったんじゃないか、って気もするんだけど……。


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コメント 4

pafu

私もそんな気がします。
竹久さんは、お金じゃなくてもっと別のものが欲しかったのだと。

また、来てくださるような気がします。
by pafu (2007-05-24 04:00) 

MOMO

pafuさん、読んでいただいてありがとうございます。

そろそろガス欠間近ですが、もうひと頑張りという励みになります。
今後ともアタタカ~イ眼で見てやってください。
by MOMO (2007-05-25 21:05) 

pafu

私、あまり音楽が好きなんですが詳しくないので、
こういう記事のほうがコメントしやすいです。

がんばらないほうがいいです。
by pafu (2007-05-25 21:58) 

MOMO

いいんですよ。音楽は本来聴くものであって能書きをたれるものではないのですから。
そうですね。頑張らなくてもスラスラすらと書けるようになりたいものです。
by MOMO (2007-05-26 18:08) 

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