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ROSE GARDEN [story]

I beg your pardon, I never promised you a rose garden,
Along with the sunshine, there's got to be a little rain some time,
When you take you got to give so live and let live or let go
oh oh oh ……
I beg your pardon, I never promised you a rose garden,
…………
([(I NEVER PROMISED YOU A) ROSE GARDEN] words & music : JOE SOUTH vocal : RYNN ANDERSON 1971)

『お代わりもらいましょうか』
「はい。同じもので?」
『そう、お願いします』
以前何度か来たことがあったな、この人。このところお見限りだったけど、身体でもわるくしてたのかな。歳は、そうねえオレの親父よりちょい上って感じだから、70、いや64、5ってとこかな。頭はすっかり薄くなっちゃてるけど、顔のつやがいい。いいもの食べてんだろうね。福々しい顔して、笑うと目が一直線になってまるで仏さんみたい。着てるものもこざっぱりしてるし、まあ、見た目中小企業の経営者ってとこかな。で、そろそろ息子に社長の椅子を譲ろうかなんて思ってる。そんな感じだよね。本当のところは知らないけど。えっ? 聞いてみればいいじゃんって? それはできないよ。お客さんのほうからそんな話題が出て、それとなく訊くんなら話は別だけど。「お客さん、何してる方ですか?」って、そりゃ言えない。こないだ来たときはたしか出身が福岡とか言ってた。そうそう思い出した。庭いじりが好きで、バラを育ててるって言ってた。なんだかずいぶんバラの種類をあげてたけど、馬の耳に粘土ってやつ? 植物関係まったく管轄外だもの。でもこのお客さんらしい品のある趣味だよ。

『バーテンさん、なんか気にかかることでもあるんじゃないですか?』
いきなり“社長さん”が笑顔のツッコミ。
「ええっ? 私、なにか不機嫌な顔でもしていましたか? それはどうもすいませんです」
オレはコーヒー濃いめのブラック・ラシアンを入れたロック・グラスを差し出しながらそう言った。
『いや、そうじゃないんですよ。こないだ来たときよりも口数が少ないようだしね。長生きしてると、いろんな人の顔色も見てきてますから、なんとなくそんな気がしましてね。……頭を掻いているところをみると、図星のようですね。彼女と喧嘩でもしたのかな。ハハハハ……』
すげえ。ビンゴ! 今朝、出がけにアイツとケンカしたことすっかり見抜かれてる。それも、奥さんじゃなくて彼女と言ったよ。独身も見抜かれてる。修業が足りないねオレも。まてよ、この人、もしかして占い師、いやそんな感じじゃないな。そうか弁護士とか、精神科医とか、学校の先生とか、まさか刑事……。とにかく人の顔色を見続けてきた人だよ、きっと。

「どうも、お恥ずかしいんですが、おっしゃる通りでして」
『ハハハハハハ……。誰でにもあることですよ。恥ずかしがることはない。どうせ、いま考えれば大した原因じゃないんでしょ?』
「そうなんです、いつものちっぽけなことでして……」
『しかし、どんな小さな火種でも、風の吹きようで街を焼き尽くすような大火になることもありますよ』
「まったくですね。いや、私も足りない頭でいろいろ考えてるところでして……、あ、いらっしゃい」
タイミングがいいというのか、わるいというのか常連の染香姐さんご入店。斜向かいのバー「マリアンヌ」のホステスさん。いつもの定位置を“社長さん”に占領されてるのでカウンターの端っこに。そんなに離れなくたっていいのに。いつものジントニックを出すときにチラッと顔をみたら、うつむき加減でなんかいつもと違う。スネてるのかな。

『まあ、男と女どちらかが折れなきゃ前へは進まない話ですからね。折れた方がより強く愛してるってことです。どちらも折れずにサヨナラになるのはお互いに愛情が薄くなったってこと。まあそれが潮時ってヤツで、あとで後悔したとしても、それもまた仕方ない話です』
「そうですねえ……。そろそろかなあ……」
『どっちにしても無理はいけません。また同じことを繰り返すから。なんて、年寄りの戯言はこの辺にして、そろそろお時間のようですね。はい、お勘定』
「あ、いつもありがとうございます。ただいまお釣りを」
『いいの、いいの。たいした額じゃないんだから』
「すいません、いつもいつも。また、どうぞ」
“社長”さん、中折れ帽を頭の上にのせると、後ろ向きで左手を挙げ、そのままドアを開けて出て行った。チップもらったから言うんじゃないけど、粋だねえ。

『マキちゃん、いまの人知ってるの?』
染香さんがグラスを持ったまま、カウンターの中央のいつもの席ににじり寄って来てそう言った。
「最近来なかったけど、以前2、3度来ましたかね。福相っていうんですか、いい顔してますよね。多分どこかの工場の経営者で、息子に会社をまかせて楽隠居。そんな感じじゃないですかね? そのわりには人を見る目があったりして。いまもね、お姐さんが来る前にいろいろコレのこと見透かされちゃって、ヘヘヘヘ……」
『あらやだ、マキちゃん知らないで話してたの?』
「…………」
『あの人××組の大幹部よ。ウチの店にもたまに来るけど。そうねえ、外であったらわからないかもねえ。舎弟がお供っていうのが嫌いらしくていつもひとり。隠すつもりはないんでしょうけど、ウチの店でもそんなことこれっぽっちも言わないし。でも、ああいう商売って隠せないものなのよねえ。そのスジの人にしてはちょっと変わり者らしいけど……』
「ほんとっすか? いやぁ、やっばいなあ、オレなんか変なこと言わなかったかなあ」
『だいじょうぶよ。ご機嫌で帰ってったじゃないの。チップまでくれて。アハハハハ、意外と気が小さいのね、マキちゃん』

冷や汗ドットコム。ダークスーツにサングラスで店に来てくれりゃいいものを。そんなベタなわけないか。そうだよなあ、オレだって、いまはこうして蝶ネクタイのYシャツにベストっていうバーテンスタイルだけど、私服で街を歩いてりゃ、誰だってバーテンだなんて思わない。どこかのIT企業の……それはないか。染香さんだって、化粧落として地味な服着てりゃ、ただのオバサン、ってこれは言い過ぎ。
とにかく人は見た目じゃないってこと。あの人とも、客とバーテンの関係だったから良かったけど、どこかの飲み屋で隣り合わせになって、酔った勢いで気安く「よお、オッサン」なんて軽い気持で肩叩いた拍子に「なにするんだ、テメエッ!」ブスッ、て一突きなんてね。あーコワっ。でも、今度来たとき、どう応対すりゃあいいんだろ……。そうねえ、植物図鑑でも買って、バラの研究でもしてみっか……。


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