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Our Last Goodbye ① [story]

♪ 風が吹く吹く やけに吹きゃがると
  風に向かって 進みたくなるのさ
  俺は行くぜ 胸が鳴ってる
  みんな飛んじゃえ 飛んじゃえ
  俺は負けないぜ
(「風速四十米」詞・友重澄之介、曲・上原賢六、歌・石原裕次郎、昭和33年)

昭和31年「狂った果実」で主演デビューしてから石原裕次郎18本目の主演作の同名主題歌。この年は前年末からの正月映画「勝利者」をいれると合計10本の裕次郎映画が公開された。最盛期といえる。
映画「風速40米」は、裕次郎が会社乗っ取りを謀る悪と闘いながら、建築技師である父親に協力して、期限が迫ったビルを建てるまでの話。風速40メートルの中、暴漢と闘いながら突貫工事をすすめていく台風のシーンがクライマックス。
この頃は銀幕スターが主演映画の主題歌を歌うのがあたりまえだった。裕次郎もそうだが、彼ほど映画同様主題歌をヒットさせた歌手もいない。「俺は待ってるぜ」「錆びたナイフ」「夜霧よ今夜も有難う」「二人の世界」「赤いハンカチ」「夕陽の丘」「銀座の恋の物語」「嵐を呼ぶ男」などなど。映画の内容は忘れても歌は覚えている。
裕次郎は決して歌唱の上手な歌手ではなかった。しかしあの掠れ気味の低音からあふれる味わいは彼独特のものだった。ときたま今の低音歌手が裕次郎の歌をカヴァーすることがあるが、どう歌っても味気ない。カヴァー歌手が上手すぎるのだ。
美空ひばりのカヴァーはオリジナルが上手すぎて難しい。裕次郎のカヴァーはオリジナルが下手すぎて難しい。

俺の住むアパートの近くに逆川(さかがわ)という、幅10メートルほどの川が流れている。毎朝、隣町にある鉄工場へ働きに行くとき、この川沿いを駅まで歩いていくのだ。
夕方、仕事を終えてK駅を降りる。駅前広場を右に行くとキネマ通り。そこをしばらく行くと逆川に突き当たる。その川沿いを4、5分歩くと地蔵橋。その橋を渡り、ゆるやかな坂を100メートルほど下ったところが俺の住む安アパートだ。しかし、最近はその道順で帰ったことがほとんどない。
駅前広場を突っ切ると、猫目小路という両手を広げると届きそうな飲食店街がある。そこの定食屋や支那ソバ屋で夕食を摂り、行きつけの赤提灯やバーで安酒を飲むというのが、ほぼ日課になってしまっている。
菊子と初めて会ったのは、猫目小路のスタンドバー「シルエット」でだった。

バーに入ると、カウンターの奥に場違いの女がいた。浅葱色のノースリーブのワンピース。ウエーブのついたセミロングの髪。素人の雰囲気ではなかった。
ここの客はほとんど男だ。たまに女も来るが、たいがいは男の連れがいる。女ひとりというのはめずらしい。だから、何となく気になっていた。しかし、すぐにそんなこと忘れて隣の馴染みの客と雑談がはじまる。
「今度の台風はでっかいらしいね。死人もそこそこ出るんじゃないの」
だいたい、ここではハイボール。ふつう2杯で1時間ぐらいもたせる。懐具合がよければ3杯、4杯飲むこともある。とはいえ、そういう日は給料日ぐらいしかないのだが。

「だから、あとで必ず持ってくるからって言ってるじゃないの」
カウンターの奥から女の険を含んだ声が聞こえた。見かけより若い声だった。
「だめだよ。いちげんさんにそんなこと言われて、ハイそうですかって言ってたら商売にならないもの。アンタはじめからそのつもりだったんだろ。変だと思ったもの」
「じゃあ、勝手にしたらいいわ」
そう言うと女は。グラスに残った酒を一気にあおった。マスターは苦笑いしながら受話器に手を延ばした。
「マスター、いくらなんだい? 俺がたてかえとくよ」
何でそんなこと言ってしまったのか。他の客の視線を一斉に浴び、俺はつまらない義侠心に後悔した。
「吉沢さん、やめときなよ。こういうのたいてい常習犯なんだから」
マスターが言った。隣の常連はただ笑っていた。俺は舞台上で見得を切った役者の心境と同じで、その役を演じ続けなければならなかった。
女はマスターから「もう二度と来ないでな」と言われて席を立った。俺と目が合うとなぜかひと睨みして、礼も言わずにドアを開けて出て行った。外から激しい雨の音が聞こえていた。

それから1時間ほどのち、俺は3杯目の酒を呑み干し店を出た。結局マスターは“たてかえの金”を受け取らなかった。なんとなく後味の悪い“舞台”だった。

雨は本降りになっていた。水溜まりのできた猫目小路を抜けて駅前広場に出た。人影もまばらだった。そのとき屋根のあるバス停のベンチに座って煙草を吸っている女の姿が目に入った。さっきの女だ。とうに終バスは出ている時間だった。
俺は小走りで、まるで雨宿りでもするように女の横に座った。
「お兄さんさっきは、ありがとう。助かったわ」
女がさっきとは正反対の笑顔でそう言った。店でのひと睨みのおかげで俺の顔を覚えていたようだ。
「いいんだよ。それよりもうバス終わっちゃったぜ。ヤサはどこなんだよ」
女は二つ先の駅の名前を言った。
「もしかして、誰か待ってるのかい?」
「ええ、友だちを待ってるんだけど……。でも、もういいわ、来そうもないから」
「いいわ、ったって金がないんじゃ、帰れねえだろ。電車賃ぐらいなら貸すぜ」
「ありがとう。でもいいの。今行ったのが終電みたいだから……」
「困ったなあ。持ち合わせがありゃ、宿賃ぐらいなんとかしてやんだけど……」
「いいのよ。そんなこと。気にしないで。でも、親切なのねあんたって」
「へん、しょうがねえよ。いきががりってヤツだから。それよっか、この雨じゃなあ。台風だって言うし……。そうだ、俺んとこへ来ないか。狭いとこだけど、雨露ぐらいはしのげらあ」
「でも……」
「心配すんなよ。誰もいねえし、何もしねえからさ」

俺は勢いよくバス停を飛び出し、駈けだした。振り向くと女が小走りで着いてきた。
「これじゃ、走ったって同じだぜ。ゆっくり行こうや」
髪も顔もずぶ濡れになった女が返事の代わりに笑った。
俺たちは強い雨に打たれながら人気の絶えたキネマ通りを抜け、逆川沿いを歩いていった。


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