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【アストラカン】 [obsolete]

『「服なんかいらない」
「お前にはセーターしかないんだろう?」
 わたしは返事をせずに、父から離れて婦人服地をならべているほうへ行った。父は店の奥に勝手に行ってしまった。
 アストラカンのまがいものや、純白のオーバー地や、ウール、ジャージイ、ドスキンなど高価な婦人服地が蛍光灯のともった店内に、ひっそりと美しく並んでいた。等身大のマネキンが、青白く光らせた肩から腰にかけて真赤なタフタをまきつけていた。』
(「挽歌」原田康子、昭和32年)

「アストラカン」astrakhan とは元来、ロシアのアストラカン地方に生息する小羊の毛皮のこと。引用文に“まがいもの”とあるように、流通していた多くのアストラカンは、本物に似せたパイル織りの布地で作ったオーバー。服飾用語は難しいが、パイル織りとは地糸に別の糸を織り込んで輪奈(極小の輪っか)を作ったり、その先端をカットしたもの。例をあげれば、厚手のタオルやコール天のようなもので、厚みがあり軟らかく保温性もあるので、オーバーなどに仕立てられた。
当時は服飾ブームで、この「挽歌」にもそうした言葉が数多く出てくる。引用文でいうと、ドスキンとは繻子ラシャともいわれ、男の礼服などにつかわれる生地。タフタとは、絹や化繊でできた薄地の織物で、イブニング・ドレスの素材などとして使われる。

「挽歌」が大ベストセラーになった要因は三つある。まず、ヒロインの時代を先取した自由で自分に正直な生き方。つぎに、みんなが大好きな不倫ストーリー。そして舞台が当時、今以上にエキゾチックかつロマンチックだった北海道(それも大自然ではなく函館、釧路、札幌といった都会)ということ。この小説のおかげで北海道には第一次の観光ブームが訪れたとか。原田康子はこの「挽歌」で、年上の妻帯者に思いを寄せる兵藤玲子という純粋で、行動的で、感情的で、現代的な、というように単なるアプレゲールを超えた新しいヒロイン像を作ってみせた。
その年、五所平之助監督、久我美子、森雅之主演で映画化された。
また、この作品で女流文学賞をとった原田康子も超売れっ子作家となり、「才女の時代」という流行語まで生まれた。


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