SSブログ

【半鐘】 [obsolete]

『ふと、右手の空が赤く燃えているのに気がついた。
 火事であった。
 …………
 そのうちに半鐘が鳴り出し、町はにわかに騒々しくなった。人が駆け出し、消防自動車も非常ベルをガンガン鳴らして走って行った。』
(「青い山脈」石坂洋次郎、昭和22年)

「半鐘」hansyou は鉄製の釣鐘。寺で見かけるあの釣鐘のミニサイズ(50センチ前後)だと思えばいい。いま競輪で使われている最後の一周を告げる“ジャン”はまさに半鐘ではないか。大方は火の見櫓(これも廃物)という木や鉄の梯子の最上部の櫓部分に備え付けられ、監視者が火事を発見すると木槌で半鐘を打ち鳴らし、四方に火事であることを伝えた。半鐘も火の見櫓も江戸時代からのもので、昭和30年代には街中でも見かけることができた。やがて建物の高層化と消防署の充実により、その姿を消していくことになる。
♪ おじさんおじさん 大変だ どっかで半鐘が鳴っている 
と、美空ひばりが「お祭りマンボ」で歌っている。
冒頭の“引用”で気になるのは「消防自動車も非常ベルを」というところ。サイレンではなかったのだろうか。サイレンのことを非常ベルと書いたのだろうか。昭和30年代はサイレンはサイレンでも手動式。消防車に乗った隊員がそのハンドルを回していた。音が大きくなったり小さくなったり。あの“勇姿”に憧れた子供も少なくなかったのでは。

昭和22年6月より朝日新聞に連載され、のちにベストセラーとなった「青い山脈」は石坂洋次郎の代表作。戦後の学園ドラマのバイブルといってもいい。
終戦から2年を経ずして書かれた、地方の高等女学校を舞台としたこのドラマは、日本の新しい流れが旧習を洗い流していく爽快感をもって読者に受け入れられた。その中心にあるのが男女交際、つまり“恋愛”という永遠のテーマで、作者はその理想のかたちを描いてみせた。新子と六助、島崎先生と沼田医師。どちらの女性も当然のごとく自己を主張する。男どもはタジタジである。平たく言えば男女同権、いや女尊男卑の関係こそありうべき姿と作者は言っている。もちろん現実は延々と続いてきた男尊女卑で、昭和20年8月15日を境に変わったわけではなかった。だからこそ、作者はその正反対を描くことで、バランスをとろうとしたのかもしれない。あれから60年、現在はどうだろう。
もうひとつ、戦後間もないこの時期にこれほどのパワフルな青春ストーリーが出てきた背景には、戦前「暁の合唱」や「若い人」を世に出した石坂洋次郎が、戦争の激化につれてその自由主義的な内容が右傾勢力から疎まれ、書きたいものを書けなかったという事情があった。戦後その抑圧から解放されると同時に、作家の情熱が一気に吹き出した。それが「青い山脈」だった。
「青い山脈」は昭和24年に作曲・服部良一、作詞・西條八十、歌・藤山一郎、奈良光枝でレコーディングされ、同時に今井正監督により映画化された。いずれも大ヒットとなった。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

It's A Sin To Tell A..【アストラカン】 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。