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【ズルチン】 [obsolete]

『「ほんとにドッグさんときたら、犬にしても、よっぽど臆病犬だわよ」
 と、じれったそうに、彼女は私を罵(ののし)ったが、私はズルチンの渋さが舌に残るコーヒーを、飲みこんで、返事をしなかった。』
(「てんやわんや」獅子文六、昭和23~24年)

「ズルチン」dulzin は人工甘味料のひとつ。人工甘味料とは食品に甘みを加える添加物のこと。通常甘みはサトウキビや砂糖大根からとれる砂糖、蔗糖が使われるが、人工甘味料はそれらの数百倍甘いといわれる。「ズルチン」はフェネジチンや尿素といった化学物質を加熱してつくられる。砂糖が欠乏した戦中・戦後には、その代用品として広く使われた。その後、発ガン性が指摘され昭和43年に使用禁止となった。
「ズルチン」と同様砂糖の代用品としてもてはやされたのがサッカリン。これも微量で甘みが得られることから随分使われた。現在もチューインガムや漬物などに使用されている。

終戦になり、ドッグこと犬丸順吉は戦前書生として仕えていた翼賛代議士の鬼塚玄三を訪ねる。戦犯になりかねない代議士は犬丸に、お前も危ないからと四国へ身を隠すように命令する。しぶしぶ従う犬丸だったが、行き先は食糧難もなんのその、上げ膳据え膳のたいそうな料理に酒までついて……、というその地方の長者の屋敷だった。
「てんやわんや」は主人公・犬丸順吉の終戦直後一年間の漂流奇談である。
長者の子供たちの家庭教師になった犬丸は、村人からも「先生、先生」と呼ばれ、すぐにうちとけていく。その後、“ヤミ”で儲けたり、選挙に巻き込まれたり、「四国独立」を唱える人物と出会ったり、東京から代議士と以前犬丸がプロポーズした女性が同伴でやってきたり、それこそてんやわんやの生活が繰りひろげられる。
そんなある日犬丸は村人から「遠足へ行こう」と誘われ、いまだ敗戦も知らないという山中の村へ連れて行かれる。そこで「古典的美人」アヤメと一夜をともにすることになる。屋敷へ帰った犬丸だったが、アヤメのことが忘れられない。寝ても覚めてもアヤメのことばかり。ようやく、山中の村へ行ったとき、すでにアヤメは他村へ嫁いだあとだった。そして、四国が大地震に見舞われた三日後、落胆の犬丸は東京へ帰るのだった。
最後に作者は、「これ以上バカバカしい一年は、ありますまいよ」と結んでいるが、どうして、読者にとっては、竜宮城か蓬莱峡かという、うらやましい夢の一年のように思える。
「てんやわんや」は昭和23年から24年にかけて『毎日新聞』に連載された。当時はたいして評判にならなかったが、その後文庫本になったからよく売れるようになったとか。


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gutsugutsu-blog

MOMOさん、こんばんは。突然ですが、ブログをやめることにしました。MOMOさんの記事は本当に面白かったです。かなり勉強になりました(礼)もしかしたらゲストでまた顔を出すこともあるかも知れませんが、その時はまたよろしくお願いいたします。今までありがとうございました!
by gutsugutsu-blog (2006-08-03 20:23) 

MOMO

そうですか、寂しい限りです。わたしもいつまで続けられることやらわかりませんが、まえにも書きましたように、ネタ切れまでやってみようと思っています。大歓迎ですのでゲストでいらっしゃってください。お元気で。たくさんのお土産恐縮しています。
by MOMO (2006-08-03 22:13) 

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