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【遠眼鏡】 [obsolete]

『半月ほどした、ある土曜日の午後のことである。冷たい風の吹くよく晴れた日だったが、Kは石灰山の中腹で、なにかきらっと光るものを見た。宇然の遠眼鏡が光ったのだろう、するととつぜんたまらなくなってきて、明日はどうしても宇然について山にのぼり、いっしょに遠眼鏡をのぞかせてもらおうと決心した。……』
(「鏡と呼子」安部公房、昭和32年)

「遠眼鏡」(とおめがね)、望遠鏡のこと。「鏡と呼子」が書かれた時代、まだ「遠眼鏡」と“望遠鏡”の2つの言葉が共存していた。
望遠鏡の歴史は17世紀初頭まで遡る。ガリレオが自作して天体を観測したのはよく知られている。日本へは徳川家康の時代に入ってきたというから、当時としては短いタイムラグで伝播したようだ。他の物にもいえることだが、望遠鏡もまた戦争によってその性能が飛躍的に向上したといわれる。
いま、望遠鏡といえば月や星を観察する天体望遠鏡をさすことが多く、廉価のものでも100倍程度の倍率がある。自然や遠方の事物を観察するのには双眼鏡が使われる。こちらは手持ちでブレない7倍前後が一般的で価格も数万円。なんでも100円ショップにも双眼鏡があるそうで、倍率は2.5倍だとか。そういえば、昔(今も)玩具の望遠鏡があった。あれも2倍程度の倍率だったのだろうか。ちなみにこの小説で宇然が使用しているものは、三段式で倍率は5倍。

Kはある村の学校に、教師として赴任した。その村は若者の家出を危惧する校長の思想、家出を監視する人間、そして村人たちの猜疑心の三つのもの、つまり三角形によって成り立っていた。Kは校長の斡旋で年老いた姉弟の家へ寄宿する。姉は綿羊を犬代わり連れて歩く老婆で、弟は毎日山にのぼり遠眼鏡で村中を監視している男・宇然だった。Kの同僚はKが校長と対立することを期待していた。Kもまた家出を促進する「家出相談所」を設置することまで考える。しかし、老婆がクルマにはね飛ばされて死に、その葬式に集まった多くの親戚から、他所者が徹底的に排斥されることを知る。そして、いつか自分が校長と同じように「家出亡国論」になりかかっていることに気づく。
タイトルの「鏡と呼子」は遠眼鏡で村を監視する宇然が、村人に異変を知らせるときの道具。「砂の女」でもみられる閉塞された共同体という設定は安部公房の得意とするところ。


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