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【丸首シャツ】 [obsolete]

『……太郎はサック・コートをぬいで草むらに投げ出すと、レールの間にうつ伏せに寝て、電車が轢いてくれるのを待っていた。意外にも、電車は背中の皮にも触れずに通りすぎて行った。保線工夫が太郎を抱いてホームへ連れて行くと、駅員にこんなことをいった。
「上着を着ていたらキャッチャー(排障器)にからまれて駄目だっただろう。丸首シャツにパンツだけだったから助かったんだ」』
(「母子像」久生十蘭、昭和28年)

「丸首シャツ」の丸首は襟の形であり、ここでは丸くえぐられた襟をした下着のこと。服飾用語で“丸首”はラウンド・ネックのことで、当然下着だけではなく、丸首セーターもある。丸首の下着は今でもあるが、ほとんど“Tシャツ”と言っているのではないだろうか。ちなみにTシャツのTはシャツ全体の形のことで襟のことではない。
男の下着に限っていえば、昭和30年代は襟の形で丸首のほかにいまでいうVネック(というよりUネック)があった。また、袖の形ではランニング、半袖、七分袖、長袖があった。子供はほとんど夏はランニング、冬は長袖だった。ついでにパンツにも触れると、これは猿股、いまでいうトランクスが多く、ブリーフが一般的になったのは30年代も後半ぐらいではなかったか。そのほか、冬は股引もかかせなかった。下着のシャツにしろパンツにしろ、男物は素材や色づかいが変わってきているようだが、かたちは昭和30年代とくらべてさほど変化がない。変えようがないか。

「母子像」は終戦間際サイパンで母親から殺されそこなった少年・太郎が、“自殺”するまでの話。太郎は幼いころから美しい母親に魅かれていた。自決のため紐で首を絞められるときも、嫌われたくないので嬉々としていたほどだ。瀕死の状態で米軍に助けられた太郎は、戦後日本の施設で教育を受ける。しかし、やはり生き残って銀座でバーをやっている母親をつきとめ、花売り娘になりすまして訪ねる。しかし、母親の性行為中の声を聞いて“マリア像”が崩壊する。冒頭の引用は、太郎が自殺しようと線路に横たわり失敗する場面。
結局焼身自殺にも失敗して補導された太郎は、警官の拳銃を盗み発砲する。しかし反対に他の警官から打ち抜かれてしまう。
久生十蘭はフランスで演劇を学んだ後帰国、昭和12年に書かれた「魔都」によって探偵小説あるいは推理小説作家としての地位を築いた。しかし、作品は時代物、幻想小説、ノンフィクション、純文学と多岐にわたり、その博識とストーリーテラーぶりで異彩を放った。昭和26年、「鈴木主水」で直木賞を受賞。「母子像」は読売新聞に掲載され、世界短編小説コンクールで第一席になった作品。


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gutsugutsu-blog

かぁ〜MOMOさん、かっこよすぎ!久生十蘭を取上げるとは!このSo-netのblogで久生十蘭知ってるやつなんているのかね?昔から薔薇十字社の「黄金遁走曲」を欲しいのですが、まだ入手できないでいます。三一書房の全集も少しづつ集めているのですが…、今となってなかなかです。リクエストします、渡辺温、橘外男、香山滋などもよろしく!「新青年」なセレクト!しかしobsoleteおもろいなぁ、オレが出版社の人間なら、obsoleteで一冊、本作りますね、これは。
by gutsugutsu-blog (2006-07-29 20:57) 

MOMO

いつもありがとうございます。
さすがそっくりモグラさんですね、グッドアイデアです。「新青年」こそobsoleteの宝庫かも知れません。戦後もしばらくは発刊されたようですので、そのへんから探してみようかと思います。もちろん爛熟期は戦前ですから、そこまで遡れたらおもしろいでしょうね。ただ、それまで寿命がもつかどうか。
by MOMO (2006-07-31 21:52) 

gutsugutsu-blog

寿命がもつかどうかなんて言わないでくださぁ〜い!
こりゃ是が非でもobsoleteを一冊の本に!
僕のブログにも来て頂いてるbennyさんが今度、新風舎という所から、本を自費出版するらしんですが、MOMOさんも出版社の主催する賞とかに応募なさってみては?大きなお世話なのは承知、覚悟の上で言いますが、ホントにこの”すたれもの”、こんなブログの片隅に置いておくのはもったいなさすぎます!
by gutsugutsu-blog (2006-08-02 20:24) 

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