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【荒物屋】 [obsolete]

『知子には突然、慎吾と暮らした過去の様々な部屋が一挙に思い出されてきた。
 中央線の郊外の欅(けやき)の並木のある街道筋に面した荒物屋の、坊主畳の離れ。駅前商店街の真中の中華そば屋の、かしいだ二階……
 荒物屋では、はじめて慎吾が酔って泊まっていった。……』
(「花冷え」瀬戸内晴美、昭和38年)

「荒物屋」はホウキやチリ取り、ザル、籠などの家庭用品を扱う商店。他にタライや洗面器、刃物、釘など金属製品を扱う金物屋、たわし、ちり紙、柄杓、洗剤などを扱う雑貨屋といった専門店があった。しかし、こうした店の領域というのは当時からあいまいで、「荒物屋」が金盥を扱うこともめずらしくなかった。近年、そうした傾向はさらに顕著になっている。ある「荒物屋」の取扱商品をみると“雑貨、家庭用品、金物”と明示されていた。現在は雑貨店といったほうが聞こえもいいのだろう。かつては町内に必ず一店舗はあった「荒物屋」もいまはスーパーマーケットに追われて姿を消したところが多い。、「荒物屋」で扱う商品は、決して洗練されていないが、生活には欠かせない、値段も手頃な日用品という感じがする。そうしてみると機能的なフォルムに清潔な素材の雑貨を揃えている東急ハンズなどに、「荒物屋」のにおいはしない。

「花冷え」は、「夏の終わり」からはじまり「みれん」、「あふれるもの」と続いた知子と慎吾の不倫ストーリーである。8年間にわたって妻子のある売れない小説家・慎吾は月の半分を染色家の知子の家で過ごす。その間知子は昔の男とよりを戻してみたり、ひとり旅をしてみたり、苦しみからの脱却をはかるが「愛よりも強くなってしまった(慎吾との)習慣」のため、別れることができないでいる。
それが“最終章”ともいえるこの「花冷え」で、知子は新しい家を買い、はっきり慎吾との決別を試みるのである。ラストシーンは、知子と慎吾が連れ立って小田原へ花を見に行くところ。見事な花盛りの中、慎吾と腕を組み歩く知子はようやく慎吾との長い旅の終わりを実感するのだった。
瀬戸内晴美が平泉中尊寺で得度し、法名・寂聴を得たのは「花冷え」を発表してから10年後のこと。


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gutsugutsu-blog

「愛よりも強くなってしまった習慣」これさすが瀬戸内晴美って感じですよね。すごい!変な言い方ですが、女より女を知ってるって感じです。女ですけど(笑)寂聴の名は今東光からもらったんですよね?あんまり詳しくないのでうろ覚えなんですが…。「機能的なフォルムに清潔な素材の雑貨を揃えている東急ハンズなどに、「荒物屋」のにおいはしない。」…しない、しない(笑)店の面構えが違います(笑)
by gutsugutsu-blog (2006-07-27 19:49) 

MOMO

ほんとにいい面構えの店、少なくなりましたね。喫茶店や飲み屋の自動ドアはやめてほしいな。やっぱり押したり引いたりして自分で入りたいですよね。そういえば近所にあった開店40年以上の荒物屋がついに閉店しました。無愛想なおばちゃんが店番で、煙草も売っていて時々“看板娘”が坐っていたりなんてことも古えの話になりました。
by MOMO (2006-07-27 23:38) 

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