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The Last Thing On My Mind [story]

♪ じれったいほど あの娘のことが
  泣けてきやんす ちょいと三度笠
  逢うに逢えぬと思うほど 逢いたさつのる旅の空
  ほんに なんとうしょう 渡り鳥だよ
「ひばりの渡り鳥だよ」(詞・西沢爽、曲・狛林正一、歌・美空ひばり、昭和36年)。

美空ひばりには他にも「ひばりの三度笠」、「花笠道中」など股旅ものがある。渡世人になりきって歌うのである。歌謡曲や演歌では女の歌い手が「男歌」を歌うことがしばしばある。美空ひばりでいうと「柔」がそうだし、他にも「若衆もの」などがある。
反対に男が「女歌」を歌うというケースも、バーブ佐竹の「女心の唄」や小林旭の「昔の名前で出ています」を例にあげるまでもなく数多くある。演歌の世界ではさほど不思議なことではないらしい。
なぜそういう“倒錯”が通用するかというと、日本にそうした土壌があるからだろう。卑近な例でいえば、歌舞伎の世界や宝塚歌劇の存在がそうだ。
外国はどうか知らないが、アメリカのカントリーやジャズなどでは考えられないことだ。たとえば「TENNESSEE WALTZ」は男性歌手も女性歌手も歌うが、男ならintroduced him 、女ならintroduced her と歌詞を替えて歌う。
倒錯の世界を享受してしまう日本のほうが、アメリカに比べて文化的にも人間的にもはるかに複雑で面白いと言ったらいいすぎか。でも、Jポップをはじめ最近の流行歌ではそういうことがなくなってきているのでは? とすると日本人は単純でつまらなくなりつつあるということになってしまうのだが。

『マキちゃん、聞いてよアタシの最後の恋バナ……』
オレがバラしたシェーカーを洗っていると、カウンター越しに“お嬢”が言った。
さっき作ったばかりのブラック・ラシアンがもう干されている。“お嬢”はこの路地のいちばん奥にある「13」っていうゲイ・バーのオーナーママ。最近は若いオネエさんたちに店をまかせて、どこがいいのかここへ入りびたり。まあ、若いオネエさんって言ったって40は過ぎてるみたいなんだけど。ということは“お嬢”は……。まあ、歳の話はよしましょう。

“お嬢”、若い頃は新宿じゃ知らない者がいないぐらいの「いい女」。今は亡き作家のMが仕事ほっぽらかして夢中になったというほど。そのまま行けば天まで昇る勢いだったらしいけど、何が起こるかわからないのが人生。計算通りいかないのがこれまた人生。
“お嬢”がホレたのが、客だった冴えない中学の先生。周りの反対に背を向けて十近くも上のその先生と“結婚”。「もう戻らないから」って啖呵きって新宿を出ていったって。意地があるから3年頑張った。でも、みんなの予想どおり帰ってきた。家庭も職場も捨てて麻雀三昧の“旦那さん”を養うには仕方ないよね。でも、女の盛りを主婦に費やしたツケは大きかったみたい。今度は新宿の方が“お嬢”を追い出したって。

それから?十年。
でもエライのは旦那さんを捨てなかったこと。旦那さんも調理師の免許取って店を手伝うようになり、この小路で「13」を開店したのが7年前。ほんとに若い頃そのまんまって思える仲の良さで「お嬢」、「ダーリン」って呼び合ってた。働けなくなったらふたりで養老院へって貯金もしてたみたい。おまけに、墓まで買っちゃう念の入れよう。
ところが、思うようにいかないのが賽の目と人の世。旦那さんがちょっと風邪をひいたとか言って寝ついたら、2週間も経たないうちに死んでしまった。それが2年前の春。「墓なんか買ったとんイッちゃったりして」なんて“お嬢”の冗談がホントになっちゃった。

そのときの“お嬢”の落胆ぶりといったら大変なものだったらしい。なにしろ、お店を再開するまで半年かかったっていうから。ウチのオーナーも言ってたもの、「男と女だってあんだけ仲の良い夫婦はいない」って。
ところが、人間の恋路ってのはどこでどうなるかわからない。その“お嬢”がダーリンの三回忌を済ましてから俄然元気になってしまった。なんでも、“お嬢”の後輩が新宿でやってる店の若い子に夢中になってしまったんだとか。それがその“恋バナ”……。

『トシって言うのよね、むかしの錦ちゃんに似ててね……、そりゃもう食べちゃいたいぐらい可愛いのよ……』
「そうですかねえ。私だってたまには男でも、これならいいかな、なんて思うヤツがいますけど、欽ちゃんですか……。まあ、好みはいろいろですから」
『やだ、マキちゃん、錦ちゃんって誰のこと想像してるの?』
「萩本欽一じゃないんですか? まさか愛川欣也?」
『ハハハ……、やだ、この人。だから若い衆とは話が合わないのよね。違うのよ、中村錦之助、萬屋錦之助よぉ、いやだわ。もぉ……』

なんでもそのトシとかいう若い男に相当入れあげてるようで、マンションの頭金まで出してあげたとか。ゆくゆくは自分の家の名義も店の権利もすべてその坊やにあげてもいいとまで思ってるのだとか。お店のオネエさん方が言っていた。

『そうじゃないのよ、マキちゃん。分かってるの。どうせ最後は捨てられるんだってことも。でも、しょうがないじゃない。こんな老いぼれが……』
ああゝ、“お嬢”自分で言って涙ぐんじゃった。
『もう先のないアタシが、トシみたいな若い子をふり向かせようとしたら何がある? お金でしょ、物でしょ。それでアタシなんかの相手してくれるんだったら、惜しくないもの。全部あげて、ホームレスになって野垂れ死んだってかまわない……。アタシ、彼のためだったらなんでもする。人殺しだってやっちゃうかも……。わかる?』
「さあ、…………」

よしてくださいよ、男と女だって複雑なのに、男同士の恋愛なんて皆目分かるわけがない。

『でもね、へんな話だけど、預金通帳の残高がどんどん少なくなっていくでしょ。この先のこと考えると確かに不安なのよ。でもね、……なんていうのかな、そういう身を切られるような痛みが、彼を愛しているっていう実感なのよ。わかる? 愛には代償が必要なのよね……」
「なるほどねえ……」
言ってるだけで、まるで分かってないオレ。あれ、ケイタイ鳴ってる。ああ、“お嬢”にだ。きっと店からだよ。忙しくなったから戻ってこいだな、多分。

『ごめんね、マキちゃん。カエレコール。やんなっちゃう。イチゲンさんだって。ダメなのよねウチの子みんな人見知りで、アタシに似て、だって。キャッハハハ……。そう、そう、今の話ウチの子たちに黙っててネ、ウルサイから。おいじゃねぇ。♪ 惚れた弱みの裏の裏~ぁぁぁ、賽の目までがお見通し……ってか』

黙っててって、その「ウチの子」たちから聞いたんですよ。ハァ……。しかし、いいねえ、あの切り換え。先のこと考えると暗くなっちゃうけど、そんな気分でいられないものね。“それでも船は行く”のだから。しかし、あの歳であれだけの情熱ってのもウラヤマシイわなあ。
きっと恋愛もスポーツなんかと同じで、生まれつき素質のあるヤツがいるんだろうね。素質がなくても数こなして上達するヤツとかね。だからオレみたいに素質もなけりゃ、経験もないって無粋な人間にはカッコイイ恋愛はしょせん無理。だったら選り好みなんかしてる場合じゃないよな。ものは考え様。あのオカチメンコだってオレにはもったいない。うん、そうだよ。今度の日曜思い切って言ってみっかな。「オイ、いいものやろうか? えっ、何をかって? オレの苗字よ」。……でもなあ……。


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gutsugutsu-blog

「倒錯の世界を享受てしまう日本のほうが、アメリカに比べて文化的にも人間的にもはるかに複雑で面白いと言ったらいいすぎか。でも、Jポップをはじめ最近の流行歌ではそういうことがなくなってきているのでは? とすると日本人は単純でつまらなくなりつつあるということになってしまうのだが。」これ、わかります!(笑)でもまだまだ日本人の方が倒錯趣味はいけますよ、でもフェティッシュに関してはやはり向こうのもんだなぁって思います。今回のお話、すごいおもしろかった!ちょっと笑った!ダウンタウン・ブギウギ・バンドの「赤坂一ツ木どん底辺り」を思い出しました!
by gutsugutsu-blog (2006-07-25 19:59) 

MOMO

そっくりモグラさん、いつもありがとうございます。

そうかあ、フェティッシュですねえ。詳しくはわかりませんが、宗教的な違いもあるんでしょうか。倒錯でも欧米は徹底しているというのか、限度を越えてるというのか、破壊的というのか、そういう部分がありますね。
by MOMO (2006-07-26 22:55) 

gutsugutsu-blog

基本的に欧米人って大味ですもんね(笑)限度を超えてますよね。倒錯に関しては欧米人の方が日本人に比べて、はるかにフィジカルというか、実践派とでも申しましょうか、その点、日本人はもっと観念的とでも申しましょうか。でも最近は性的倒錯も欧米化してきたような気がします。明治、大正頃のあのインモラルな感じは失せて、全然違いますもんね(笑)
by gutsugutsu-blog (2006-07-27 19:45) 

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