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【読者の交歓室】 [obsolete]

『……終わりの黄色いページは読者の交歓室である。佐賀県や長野県から、人気スターに夢中な連中がグループをこしらえ合おうとする。友情は雨の日の水泡のようにたやすく生れ、たやすく消える。愛だって同じことなのかもしれない。
退屈しのぎにその一つ一つを、あくびを噛みころしながら読んでみた。……
「映画の大好きな十九歳の平凡な娘。若山セツ子さんのファンならお便りお待ちしていますわ。東京都 世田谷区経堂町八〇八 新藤進方 森田ミツ」』
(「わたしが・棄てた・女」遠藤周作、昭和38年)

「読者の交歓室」、「お便り交換室」など名称は様々だが、「平凡」や「明星」に代表される当時の芸能雑誌、若者向け雑誌には必ずこうした“文通コーナー”があった。そうして知り合った友だちを「ペンパル」などと言った。驚くことは、当時、投稿者は名前はもちろんフル住所まで書き添えていたこと。プライバシーに敏感な現代では考えられない。現在でも雑誌によってはこうした“文通コーナー”があるものもあるが、住所は記名せず、雑誌の編集部が仲介する方法をとっているはずである。
おそらくこうして文通をはじめた若者は、まだ見ぬ相手に様々なイメージをふくらませ、未知の世界へ思いを馳せていたのではないか。それは、現在のメル友だったり、出会い系サイトで知り合うケースと似ている。ただ異なるのは情報過多、超スピード化の現代のほうがはるかに即物的であり、打算的であるということ。
引用は吉岡が拾った芸能雑誌の「読者の交換室」で森田ミツの投稿を目にしたところ。いってみれば吉岡とミツの運命的な出逢いの始発点である。

吉岡はミツに手紙を出す。目的はセックスだけだった。しかし待ち合わせ場所でミツを見たとたん「三つ編みで背が低い小太り、おまけに団子鼻に汗をかいた」その姿に幻滅する。それでも二度目のデートで目的を果たす。はじめ嫌がったミツが同意したのは、吉岡が足をひきずっている理由が小児麻痺のためだと知った、ただそれだけの理由からだった。ホテルから出た後、今度いつ会えるのかと訊ねるミツの言葉を背に吉岡は去っていく。心の中で「誰が二度と会うもんか、お前なんかと」と思いながら。
そして吉岡がつぎにミツと会ったのは、2年後、大学を卒業し就職してからだった。彼はその会社の社長の姪と相思相愛になり出世コースを歩み始めていた。ミツは吉岡と会う数日前、大学病院でハンセン氏病と診断され、御殿場の隔離病院へ行かなければならなかった。吉岡と会うのは三度目、そしてこれが最後だと思っていた。ミツが感染していることに気づいた吉岡は「気を落とすな」と言いながら足早に去っていった。
こうして吉岡はミツを完全に“棄てた”。吉岡の口癖は「(女を棄てる)こんなことは、男なら誰だってやってることだ」。にもかかわらず、結婚してもなお、時として森田ミツのことが心に浮かび、たまらない寂しさを覚えるのだった。そして自問するのだ。いったい「この寂しさは何処からくるのだろう」と。


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gutsugutsu-blog

niceという曖昧な物差ししかないことに憤りを覚えます。1個しか押せない事がこんなに悔しいとは…。MOMOさんの文章を読んで感じたのですが、遠藤周作の原作にしろ、浦山桐郎の映画にしろ、吉岡のこういう気持ちは男にしかわからないものだと思いました。
by gutsugutsu-blog (2006-07-19 22:44) 

MOMO

いつもいつも過分な言葉をありがとうございます。
「男にしかわからない……」なるほどですね。まったく逆の設定、「私が棄てた男」なんていうのを想像してみると……。果たしてその女性は吉岡のように、後日、棄てた男のことを思い出して心をいためるということがあるのかって考えると……。
by MOMO (2006-07-20 21:29) 

gutsugutsu-blog

あるのかって考えると…、空しくなってしまいます(笑)異性に対する未練というものは男の専売特許なのかも知れませんね。
by gutsugutsu-blog (2006-07-20 23:15) 

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