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【がめつい】 [obsolete]


『……よっちゃんは練り薬の罐をポンと箱に放り込んで、火鉢の上の湯わかしをとりあげた。
「まだ働く気? あんた。」
「うん。」
 森田ミツは友だちが湯をついでくれた茶碗を受取りながらうなずいた。
「がめついわねエ……近頃どうしたのよ。夜勤料ばっかし溜めて。」
「放っといて。」
「でも遅くなるとお風呂屋の湯がよごれるわよ。それにさ、今朝、田口さんがまた、嫌みを言ってたんだから……」
「なんて」
(「わたしが・棄てた・女」遠藤周作、昭和38年)

昭和34年10月、東京・芸術座で菊田一夫作・演出の「がめつい奴」の公演がはじまった。主演は三益愛子で中山千夏が名子役ぶりで話題になった。そして瞬く間にこの「がめつい」が流行語として全国を飛び回るようになった。意味は「貪欲」、「欲張り」といったどちらかというと軽蔑を含んだ言葉。もともとは大阪の方言らしく、流行語辞典によっては「釜ヶ崎のドヤ街の言葉」としているものもある。いずれにしろ発信地は大阪で、菊田一夫によって全国へ向け送信されたということだ。
この「がめつい」に似た言葉に「ガメる」がある。「わたしが・棄てた・女」でも
『うどん屋からガメてきたドンブリを口に当てた長島は……』というところがある。
「ガメる」は麻雀から出た言葉らしく、「より大きな役をねらって奮起すること」と、「人のものを盗む」という2つの意味がある。引用したのは後者であり、通常はその「盗む」という意味で使われることが多かった。しかし、前者の意味ならば、「がめつい」とも重なるようにも思える。

「わたしが・棄てた・女」は昔、2度読んだ。映画「私が棄てた女」(監督・浦山桐郎)は数回観た。で、今回改めて読み直してみた。1ページ目をめくったのが電車の中。歳のせいですね。涙がこみあげてきて読書中止。冒頭は主人公の吉岡と友人の長島の学生時代。4畳半のアパートで暮らす2人の生活はウジ虫もわこうかという汚さ。まさかそんなシーンで感極まるわけはない。それが呼び水となり、その先のヒロイン・森田ミツとの出逢い、そのまた先、さらにその先、そして結末へという具合に頭の中で超高速にストーリーが展開してしまい思わず……。とにかく家へ帰って仕切り直しとなった。
引用の部分は“我らが”森田ミツが大学生さん・吉岡のために経堂の商店街でみつけた黄色いセーターを買ってあげようと、夜勤で稼いでいるのを友だちのヨシ子に咎められているところ。
その話を少し続けると、やっとの給料日、喜び勇んで買いものへ向かう途中、博打の前借りで給料をほとんどもらえなかった同僚の奥さんとバッタリ。奥さんは子供の給食費を滞納していると愚痴る。ミツはそれどころではないので行きかける。すると「その金であの子と母親を助けるんだよ」という〈誰か〉の声を聞く。ミツは引き返して「おばさん、これね、貸すよ」といって吉岡のセーターを買うはずだった1000円を渡してしまう。
森田ミツの人格を象徴したこのエピソードは、この小説のテーマを端的に表してもいる。
遠藤周作といえば昭和30年に芥川賞を受賞した「白い人」や「沈黙」など信仰をテーマとした重い小説を書く一方、「おバカさん」や「ヘチマくん」などのユーモア小説も得意とした。「わたしが・棄てた・女」は表面上はユーモアふんだんの“軽小説”といった趣だが、そのテーマは純文学と変わらない。むしろ大衆小説のかたちをとっているぶん、そのパワーはよりストレートで強烈。


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gutsugutsu-blog

こんばんは、MOMOさん。僕は関西のせいか、いまだに「がめつい」って言います。「おまえ、がめついなぁ」って(笑)僕は映画の方だけで遠藤周作の原作の方は恥ずかしながら、読んだ事がありません。古本の師匠のような人にこの映画のタイトルを言っただけで「遠藤周作の?」って、言われたことを思い出します。今度、読んでみます。映画の方はいまだに森田ミツ役の小林トシ江の表情が忘れられません。小林トシ江の演技は本当に素晴らしかった。今度、僕なりの映画「私が棄てた女」の感想を書いてみたいと思います。
by gutsugutsu-blog (2006-07-19 00:28) 

MOMO

いつもありがとうございます。そうですか、「がめつい」使いますか。やっぱり本場ですね。わたしも子供のころ結構使ってました。今度どこかで使ってみます。
小林トシ江は、ハマリ役でしたね。その後も期待していたのですが、あまりにも森田ミツ役が強烈すぎたのか、いい作品に恵まれないのか、いまひとつですね。「私が棄てた女」の感想ぜひ拝見したいですね。
by MOMO (2006-07-19 21:52) 

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