【スマート】 [obsolete]
『「痩せはりましたな」
「そういうあんたも少し……」
「痩せてスマートになりましたやろ」
「あはは……」
それが十銭芸者の話を聴いた夜以来五年ぶりに会う二人の軽薄な挨拶だった。笑ったが、マダムの窶(やつ)れ方を見ながらでは、ふと虚ろに響いた。』
(「世相」織田作之助・昭和21年)
「スマート」smart の本来の意味は「気のきいた」「洒落た」「今ふうな」、あるいは「ずるい」「鋭い」など。これも古い言葉で、昭和のはじめ頃の小説にすでに登場している。ただ、日本では前者はともかく後者の意味ではあまり使わない。たとえば「男の遊びっていうのはスマートにいきたいもんだね」などと、「格好良く」あるいは「粋に」という意味で使われていた。
それよりも多く使われたのが、引用した文にあるように「体型がスッキリしている」さらには「痩せ気味」などという意味。
「もっとスマートになりたい」と思うのはいつの時代でも女性の願望だろう。それがもはや廃語化しているというのは、多分「スマート」に代わる言葉「スリム」が言われだしたからだろう。かつて女性雑誌などの痩身(ダイエット)広告で、しばしば登場した「スマート」も代替語の登場によって、あっけなく没落してしまったというわけだ。
「世相」は主人公の文士が戦前言い寄られたバーのマダムや、一時阿部定を囲っていたという天ぷらやの主人に、戦後ヤミの料理屋で再会するまでの話。当時の大阪の風俗をス
トーレとに描いた作品だ。当時、これを読んだ志賀直哉が「不潔だ!」とばかりに掲載雑誌を投げ捨てたという。今読むと、どこが逆鱗にふれたのか分からないのだが、当時としては大小説家を激怒させるほど、新鮮でインパクトのある作品だったということだろう。
織田作之助は大正二年大阪天王寺で生まれた。本格的な作家活動を始めたのは昭和13年頃で、代表作は15年に書かれた「夫婦善哉」。戦中から結核に冒され、それに加えてヒロポン(覚醒剤)を常用し、その影響もあって「世相」を発表した翌年の昭和22年、34歳という若さで生涯を閉じた。
戦後、太宰治、坂口安吾とともに無頼派と呼ばれた。
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