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【鳩時計】 [obsolete]

『夜更けて雨になっていた。美耶子はふと眼をさました。風が雨戸をゆすっている。裏の硝子戸ががたがたと鳴っている。それを聞いていると何か恐ろしくて寝つかれなかった。 暗い中で良人は安らかな寝息をたてている。鳩時計がそとの嵐にはそぐわないのびやかな音で二時を打った。打ち終わったと思うと、風の音にまじって彼女を呼ぶ声を聞いたように思った。』
(「古き泉のほとり」石川達三、昭和25年)

錘をつかって動かす掛け時計で、時報を告げるとき巣箱の中から鳩が出て来て鳴き声をあげる仕掛けになっている。18世紀にドイツで生まれたもので、モデルはニワトリだったが、声が再現出来ないのでカッコーになり、日本ではいつの間にか鳩になったとか。
ある時期鳩時計は文化的な生活のアイテムでもあった。しかし、ちょうどの時刻になると、多くの家庭で一斉に鳩が飛び出し、「クー、クー」と鳴いていたのかと思うと少し滑稽。それも微妙に鳴き声がずれていたりして。鳩時計にしろ、普通の柱時計にしろ、ゼンマイ仕掛けの時計は定期的に巻かなくてはならなかった。鎖をひっぱったり、鍵式のネジ巻を突っ込んだり。それが日常であり、時計と人間との接点があった。いまやほとんどの時計が電池式で、何年かに一度取り替えればいい時代だ。ゼンマイではないので、狂いもほとんど生じない。便利になったことは確かだが、時計の存在感はみごとに軽くなってしまった。

戦前から戦後にかけて、まさに昭和の作家といえるのが石川達三。戦前には発禁となった「生きている兵隊」があるが、とりわけ昭和30年代に「四十八歳の抵抗」、「悪女の手記」、「充たされた生活」、「傷だらけの山河」など、問題作を数多く発表した。
「古き泉のほとり」は終戦間もない20年代の作品で、裏切られても騙されても他人を怨まないという善良の見本のような主人公と、それを暖かく見守る妻の話。後年の作品とはまるで趣の違う作品だ。食べるものをはじめ、なにもかもが不足していた時代、人間はエゴイスティックにならざるをえなかった(現代は戦争直後に比べると、物質的にははるかに充たされているはずなのに、さらに自分中心の人間が増えているのはなぜか)。そんなマジョリティーへの皮肉、反撃とも取れる作品。


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