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【アベック】 [obsolete]

『瀬見は、残り惜しい気持で、暫く夏子の背後姿に見入っていたが、やがてあきらめて店の内部へ入っていった。新聞記者として、事件を追いかけたことは何回でもあるが、アベックの男女を追いかけるのは、これが初めてだった。』
(「その人の名は言えない」井上靖・昭和25年)

日本でいうアベックとは男女二人連れのことだが、今風に言えば、カップルということになるのだろう。ではアベックは廃語かと思うとそうでもない。新聞や雑誌などではいまだに使っている。たとえば「アベック殺人」だとか「アベック強盗」。またスポーツでしばしば「アベック優勝」、「アベック・ホームラン」なんて使い方をしている。後者のほうは男女ということではないのだが、いずれにしても現役の言葉として使われている。
そもそもアベックという言葉はいつ頃から使われ始めたのか。もともとはavecつまりフランス語で「~と一緒に」「~と共に」という意味。それがいつ、誰によって男女二人連れの意味で使われ始めたのか。一説では大正から昭和のはじめにかけて、当時の学生たちが使いはじめた、と言う。たしかに昭和初年の小説には「アヴェック」が出てくる。はたして大正まで遡れるか否かは不明である。
では、アベックがカップルに取って代わられ始めたのはいつ頃からかというと、何かの本に、およそ昭和50年代からだろうと書いてあった。たしかにそんな印象はある。ただ、石坂洋次郎の「陽のあたる坂道」(昭和31年)には『……ちょっと貫禄のある奥さんね。男の人もいい風格だわ。お似合いのカップル(一対)というところね』という記述がある。カップルのあとにカッコで意味を補足しているので、あまり一般的な言葉ではなかったようだが。ほかにも「飢餓海峡」(昭和37年)にも出てくる。とにかく、昭和30年代から一部の人間は使っていたようだ。そう考えるとカップルの“寿命”は永い。

井上靖は昭和25年2月に『闘牛』で芥川賞を受賞し、その三月あとに「夕刊新大阪」で『その人の名は言えない』の連載を始める。昭和20年代から30年代にかけて、超売れっ子作家になる井上靖のはじめての新聞連載小説である。
パーティーの夜、酔ってベンチで休んでいるヒロインが“通り魔”のように唇を奪われる。そして彼女の周囲にあらわれる幾多の男たち。しかし、彼女はどうしても自分の唇を盗んでいった謎の人物が忘れられない。というように、ミステリアスな要素を含んだ作者お得意の「大人の恋愛ドラマ」である。
「アベック」を紹介したついでに言うと、この小説ではいまで言う「デート」のことを「ランデブー」と表記している。ちなみに「デート」が一般に定着したのは昭和30年代以降ではないか。こちらは廃れずいまだ現役だ。


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