SSブログ

Standing In The Shadow [story]


♪ ひとの一生かくれんぼ あたしはいつも鬼ばかり
  赤い夕陽の裏町で もういいかい? まあだだよ

  逃げて隠れたあの人を 探し続けてさすらいの
  目隠し解けば雪が降る もいいいかい? まあだだよ
  

「ひとの一生かくれんぼ」(詞・寺山修司、曲・田中未知、歌・日吉ミミ、昭和47年)。
作曲の田中未知は天井桟敷の劇団員で、当初寺山の秘書もしていたとか。多才な女性でこのように曲も作れば、映画の監督もし、著書もある。最大のヒット曲は、やはり寺山と組んだ「時には母のない子のように」(カルメン・マキ)だろう。現在は天井桟敷を離れてオランダにいるそうだ。彼女の作る曲には古き良き歌謡曲のにおいがする。この歌も哀調たっぷりの曲と詞に、日吉ミミの退廃的な歌唱がピッタリ合い、歌謡曲の王道、怨み節、泣き節をつくりあげている。
寺山修司には歌謡曲の作詞も多く、いくつかあげてみると、
「戦争は知らない」(フォーク・クルセダーズ)、「浜昼顔」(五木ひろし)、「かもめ」(浅川マキ)、「ふしあわせという名の猫」(同)、「涙のびんずめ」(伊東きよ子)、「あしたのジョー」(尾藤イサオ)、「惜春鳥」(蘭妖子)、「涙のオルフェ」(フォー・リーブス)
などがある。

もうそろそろ潮時だな。いくらここの土地と建物がオーナーの持ち物で家賃払わないでいいからって、毎月持ち出しで店やる気が知れないよ。そりゃ、はじめは給料さえ貰えれば文句なしって思ってたけど、こんなヒマな店に長くいたら人間が腐っちまう。グラスだって流行り廃りがあるんだ。こんな大きなヤツは今どき見かけないよ。それに古くて、ホラ、こうやっていくら磨いてもまるでスモークでも貼ってあるように濁ってる。今の状況じゃオーナーに「新しいのと替えましょう」ともいえないしな。ああ、あ、道楽に付き合ってられないよ、ったく。

「はい。なんですか? ハイボール。わかりました」
こんな時間だというのに、お客さんはこのオッサンひとり。それもハイボールしか飲まないときてる。いつもそうだ。それにしても最近よく来るねこのオッサン。いつもどっかで飲んで来るから、ここで三杯も飲むと正体がなくなっちゃうんだ。こっちが起こさなければ朝まで寝てるつもりだよ。
それにどうも陰気でいけないね。最近は分かってきたからいいけど、はじめの頃なんか、あんまり無口だからこっちからやたら気をつかって話しかけたりしてね。疲れる客よ。しかし、どういう人なんだろうね。見かけは老けてるけど、中学生の時オリンピックを見に行ったなんて言ってたから、まだ60にはなってないのかな。まあ、オレより二回りとこ上なのは確かだけどね。
身なりもパッとしないし、まあ、サラリーマンじゃないね。かといってヒョロッとした風采は肉体労働って感じじゃないし……。なんでも話の様子じゃ独り者だってさ。この歳で独り者は辛いよなあ。オレも人のこと言えないけど。こういうオッサン見てると、早く結婚してガキの一人でも作っておかなきゃなんて焦るね。……そうだよなあ、冗談じゃなく、そろそろヤバイわなあ。あのオカチメンコと一緒になっちゃうか、思い切って。……やっぱり……、だよなあ。ここまで待ってあれかよって感じだもの。

おいおい、オッサン、グラスを持つ手が震えはじめてるぜ。だいじょうぶかよ。あらあら、カウンターにこぼしてるじゃないか。
「あ、お客さん。大丈夫ですか。いま拭きますから」
『勝手なことすんなよ……』
「はあ。でもお酒が……」
『いいんだよ。放っとけよ。おい、バーテンさんよ。お前さん、俺が酔って酒をこぼしてると思ってんのかい?』
「いえ、そういうわけじゃありませんけど……。もう一杯作りましょうかねえ」
『バカヤロウ……。なあ、あんた、よく見てみろよ』
「はあ……」
『ほら、ここのカウンターのところに俺の影が写ってるだろ? コイツがよ、コイツが俺も飲みてえって言うからよ、そんで俺はこの野郎にも飲ましてあげたってわけよ。バカヤロウ……、酔ってなんかいねえぞ。ホラ、手だってしっかりしたもんだ』
「ああ、そうですか、それはちっとも知りませんで、どうもすいませんでした」
『わかりゃ、いんだよ。わかりゃな。ハハハ……、もう一杯だ』
「はい、ただいま」

あらあら、言ったそばからオッサン突っ伏しちゃって。もう限界越えてるよ。
それにしても、相棒が自分の影とはなあ。滅入っちゃう話だよなあ。……でもなんだかんだ言っても人間つまるところは独りってこと……。親だって兄弟だって、奥さんだって子供だって、結局は別の人間なんだよな。でも、自分の影はちがうよな。いつだってオレにくっついてるもの。どんなに憎んだって嫌ったって離れることはない。どんな悪事はたらいたって見捨てないでくれるし、オレのやってること全部お見通しだものね。
そう考えれば、このオッサンの言うとおりかもしれないなあ。生まれてから死ぬまで一緒なのはコイツだけだもんな。まあ仲良くやろうぜ。
あれ、あれれ、無いよ。オレの影が消えてるよ!。ほ、ほんとかよ。どうなってんだよ。……なんだ、光の加減か。ビックリさせないでよ。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

【シスター・ボーイ】【アベック】 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。