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Time Run Like a Freight Train [story]

♪ 起て 飢えたる者よ 今ぞ日は近し
覚めよ わが同胞 暁は来ぬ
暴虐の鎖断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつわれら 腕(かいな)結びゆく
いざ 闘かわん いざ
奮いたて いざ
インターナショナル われらがもの

「インターナショナル」(詞・Eugene Pottier; 曲・Pierre Degeyter; 訳詞・佐々木孝丸&佐野硯、大正12年)
作詞のポチエは、プロレタリア革命をめざした武装蜂起パリ・コミューン(1871年)の委員。その最中に詞を作った。その20年あまり後、やはり労働者のドジェテールが曲をつけ、「インターナショナル」は誕生した。以後、赤旗とともに労働運動、コミュニズムのシンボルとして世界中に広まった。日本でも戦後の組合運動、学生運動で頻繁に歌われた。ソ連の崩壊、社会主義・共産主義の低迷衰退の昨今、あまり聞く機会はなくなってしまった。現在でも組合集会などでは歌うところがあるのだろうか。共産党は歌っているのだろうか。あるいは中国やキューバなどではどうなのだろうか。
なお、訳詞者のひとり佐々木孝丸は日本映画ファンならご存知の、あの佐々木孝丸である。どちらかというとダーティーな政治家あるいは商人などの役が板に付いたバイプレイヤーだった。大正から昭和にかけて起こったプロレタリア文学運動にもその名を連ねた人だ。戦前あるいは戦争直後の舞台役者のなかには、そうした思想的に自立した人間が多かったようだ。

谷やんはわたしより二まわり近くうえの44歳、独身である。わたしが勤めていた八丁堀の印刷会社の先輩。とにかく酒と女(こちらは口だけだったが)が大好という陽気なオッサンだった。特技は電車定期券の偽造。まだJRの改札が有人だったころの話だ。

谷ヤンとわたしの職場はビルの3階、それも窓際。仕事しながら谷ヤン、窓の下の通りを行き来する女性を品定めする。好みの女性が通るとわたしに向かって「○○ちゃん、やりてえよぉ、やりてえよぉ」と下腹部を触ってみせる。遅刻欠勤の常習者で、理由はほとんどが二日酔い。夏などは女子事務員が来ようがおかまいなし、パンツ一丁で仕事をする。そして平気で卑猥な替え歌を歌ってみせる。そのくせ、女子事務員から話しかけられようものなら、赤面してロクな返事もできないのである。
そんな谷やん、実は右目が義眼なのである。
谷やんは昔話をしない。どこで生まれ、どのように育ったのか、親は、兄弟は、結婚は、子供は……。なにひとつ話そうとはしない。封印された過去が幸せなはずはないのだが。ただ谷やん、酔うとひとつだけ過去の話をすることがある。

1960年、25歳だった谷やんはやっぱり印刷工だった。今よりもっと貧しかった。
「なんだかよくわからねえけど、やたら怒ってたよな。なにが不満て、なにもかも気に入らないわけよ。金がねえ、女がいねえ、仕事がつまらねえ、パチンコやっても玉が出ねえって具合にさ」
そして若き谷やんの怒りの矛先は国家に向けられた。その前年の暮れあたりから顕著になってきた日米安保条約改訂の反対運動にのめりこんでいったのである。
「組合の委員長ってのが、いいヤツでよ。わざわざ俺のアパートまで来ていろいろ話してくれてな。俺、本気で信じてたもん、革命が起きるってさ。あの時はよぉ、炭坑のストがあったりさ、全学連が暴れ回ったりしてよ、日本がひっくり返るぞ、ひっくり返せるぞって毎日ワクワクしてたもんよ」
当時の社会党が主導した安保阻止国民会議は10万人という規模で国会へデモをかけた。そのなかに谷やんもいた。デモは5月の自民党の強行採決による安保条約可決からさらに激しさを増していった。大規模なデモ隊が何度となく国会を取り巻いた。警官隊とも激しく衝突した。そんななかで谷やんは警官隊から殴られ右目を失ったのである。東大生・樺美智子さんが殺される半月前のことだった。
「ひと月ぐらい入院したよ。まさか労災も出ねえしよ、ひでえもんよハハハハ……。でも考えてみたら、半年だけだったよな、熱くなったのはよ。6月過ぎたらもう、もうみんな抜け殻よ。あんなに熱くなれたのは、後にも先にもあん時だけだよな」

コップの酒をうまそうに飲む谷やんの左目が笑っている。おそらく自身の輝ける日々を反芻しているのだろう。
〈豊穣なる青春の代価として、右目を差し出したことに後悔はありませんか?〉
話を聞きながらわたしは、そんなことを訊いてみたかった。しかしそれは訊くべき事ではなかった。

あれから20年が経ち、世の中も変わったし日本人も変わった。もちろん谷やんも変わった。労働運動の闘士の面影はどこへやら、アル中一歩手前で定期券の偽造という立派な犯罪者になり、卑猥な軽口をたたく中年親父になってしまった。
しかし、わたしは知っている。谷やんが今でも春闘のとき、あるいは組合のストライキのとき、輝く瞬間があることを。シラフでも平気で猥歌を歌う谷やんが、「インターナショナル」を歌うときだけは真顔になるのだ。
♪ インターナショナル われらがもの
谷やんが大声で吠えるとき、その右目は怒りを含んでいるように見えた。


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アナログおやじ

インターナショナルを検索して迷い込んできました。
つい最近もインターナショナル歌ってきましたよ。

http://www.youtube.com/watch?v=JFcQcXItTwk&feature=channel
by アナログおやじ (2009-05-19 22:19) 

MOMO

アナログおやじさん、こんにちは。

古い記事を読んでいただき、ありがとうございました。

もう何年もうたってませんね。インターナショナルもナツメロになりにけりですか。まさか、カラオケでうたうわけにはいきませんし……。

YOU-TUBE見ましたよ。そうですよね、歌はうたい続けていかなくては死んでしまいます。歌もその精神もね。
聞いたのも久しぶりに。少しだけど血が湧いたような。

ついでにわたしの古いこの記事にも音を貼り付けておきました。特に社民党がひいきというわけではありませんが。
by MOMO (2009-05-20 01:20) 

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