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Mansion On The Hill [story]

♪ 想い出すまい 別れた人を
   女ごころは 頼りないのよ
   泪こらえて 夜空を仰げば
   またたく 星が
   にじんで こぼれた

「女の意地」(詞、曲・鈴木道明、歌・西田佐知子、昭和40年)。
鈴木道明はTBSテレビのディレクター&プロデューサーで、開局間もない頃からジャズ番組を制作していた。吉田正・佐伯孝夫コンビのムード歌謡とはまた違った、都会的なポップ歌謡を作った。彼の凄いところはほとんどが作詞・作曲ということ。これで自ら歌えば(実際にレコーディンぐした曲もあるらしい)、まさにシンガー・ソングライター。
それほど多くの流行歌を作ったわけではないが、印象的な歌が多い。「赤坂の夜は更けて」(西田佐知子、島倉千代子)、「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(越路吹雪、アイ・ジョージ他)、「夏の日の想い出」(日野てる子)、「銀座ブルース」(和田弘とマヒナスターズ)などで、競作も多く、この「女の意地」もマヒナスターズが「女の恋ははかなくて」というタイトルでレコーディングしている。いまでも、いろいろな歌手が好んでこの“ドウメイ・メロディー”をカバーしている。それだけ色褪せないメロディーということで、流行歌のスタンダード・ナンバーと言ったら言い過ぎかな。
西田佐知子は「アカシヤの雨がやむとき」がいちばんポピュラーだが、「コーヒー・ルンバ」や「月影のキューバ」、「夢のナポリターナ」、「南国の夜」など洋楽のカバーもなかなかいい。

近所に住む賢ちゃんは4歳上の先輩で、高校を卒業すると不動産会社の営業マンになった。賢ちゃんは中学時代からトランペットを吹いていた。高校時代には新宿のジャズ喫茶にバンドマンとして出入りするほど腕は達者だった。僕は彼から音楽の話や芸能人の話を聞くのが好きだった。ただ賢ちゃんの評判はあまり芳しくなく、彼より1級下の僕の兄が言うには「ペットも吹くけど、ホラも吹く」のだそうだ。
たしかに、賢ちゃんは時々突拍子もないことを言うことがあった。当時有名だった映画俳優が実はヤクザの幹部だとか、1万人にひとりの割合で尻尾のある人間がいる(実際に何人かを見たそうだ)とか、自分の本当の父親はイギリス人(言われてみればハーフに見えなくもなかった)なのだとか。しかし、それらが彼の虚言だとしても、それによって傷ついた人間はいない。

社会人になると会う機会も少なくなるのだが、あるとき突然賢ちゃんが僕を訪ねてきたことがあった。彼はいつものように縁側に腰掛け、長い前髪をかき上げながら、仕事で使っているらしい資料を見せて話をはじめた。本のように綴じられた資料は分譲地の図面だった。いくつかの区画に「済」の印が押されている。そこはすべて自分が売ったものだという。僕はあまり興味のない話だったので適当に相づちを打っていた。そのうち、賢ちゃんは「そうだ、いいとこ連れてってやるよ」と言って腰をあげた。「いいとこ」に弱い僕は一も二もなく同道することにした。

僕らは夕暮れ迫る道を歩いていった。坂道を登り切ると小さなアパートがあらわれた。賢ちゃんはその出入口をやりすごして裏へ回った。そして慣れた動作で2mばかりのブロック塀を乗り越え、アパートの敷地へ入った。僕も続いた。裏口のドアを開けてアパートの中へ入ると、賢ちゃんはポケットからキーを取りだし、すぐそばのドアの鍵穴へ差し込んだ。ドアがいやな音をたてて開いた。僕は賢ちゃんに促されて暗い部屋へ入っていった。なにかいい匂いが鼻孔をついた。照明りがともるとそこは6畳の和室だった。花模様のカーテンが窓を塞いでいる。部屋の真ん中に小さなデコラのテーブル。窓の傍に大きな鏡台と衣装箪笥、小ぶりの茶箪笥。テレビやステレオもある。奥の小さな台所には冷蔵庫が見える。壁には女物のスカートとブラウスがハンガーにかかっている。あきらかに若い女性の部屋だった。姉妹のいない僕はそれだけで心拍数が増えていた。

「まあ、座りなよ。フフ……俺のコレんとこだよ」
小指を立てて賢ちゃんが笑った。そして慣れた手つきで茶箪笥から小さなグラス2つとジョニクロのボトルを出してテーブルに並べた。
「新宿でホステスやってんだ」
僕のグラスにウイスキーを注ぎながら彼はそう言った。
「結婚するの?」
15歳の僕は突拍子もないことを訊いてしまった。すると賢ちゃんは前髪をかき上げながら、
「まあな。そのうちな」
と真顔で応えた。
「さて、そろそろ行こうか」
部屋に入って20分もたたないのに賢ちゃんはそう言って、視線をドアの方へ向けた。先に出て外で待っていると、部屋の中から水道の音が聞こえた。僕は賢ちゃんがグラスを洗っている姿を想像した。

それが僕が賢ちゃんと会った最後だった。正確には、そのあと街中で一度だけ彼を見かけたことがあった。そのときの彼は、まだ二十歳を少し過ぎたばかりだというのに、まるで年寄りのように身体を曲げて、トボトボと歩いていた。彼が病魔に冒されていることは聞いていたが、あまりにも痛々しい姿だった。それからしばらくして賢ちゃんは亡くなった。
賢ちゃんを知っている人間に言わせると、彼に彼女などいたことはなく、いつもの虚言であり妄想なのだと。坂上のアパートも、彼が悪さをして手に入れたカギで不法に侵入したのだろうというのだ。しかし、僕が彼と一緒に入ったあの部屋で感じた女性の匂いは、賢ちゃんが「そのうちな」と言った彼女以外の何ものでもなかったのである。

「女の意地」のイントロのトランペットが聴こえてくると、なぜか賢ちゃんと、彼女がテーブルを挟んで語らっている映像が浮かびあがってくる。もちろん場面はあの坂上のアパートの一室である。


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gutsugutsu-blog

写真、「浮き雲」だったんですね。気付くのを遅過ぎた(笑)
by gutsugutsu-blog (2006-08-03 20:02) 

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