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Rambling, Gambling Man [story]

♪  横浜 港南 伊勢佐木町 
   野毛で生まれて 親父に泣いて
   町におん出た 穀つぶし

   思い出すのは雨の夜
   好きな気持を 騙まかして
   捨てて別れた 赤い花

「にっぽん無宿」(作詞・永井ひろし、作曲・小松美穂、歌・小林旭、昭和46年)。 ヤクザ者の歌はたくさんあるが、これほどリアルな詞のものは少ない。もしかして作詞者がそのスジの人間かと思って調べてみたが、詳細は不明だった。とにかく寡作の人だ。それでも「東京流れ者」(竹越ひろ子)や「あの娘たずねて」(佐々木新一)のヒット曲もあった。どちらも好きな歌だ。「にっぽん無宿」は歌謡曲定番の「流れ者哀歌」で、上記の詞は2番。1番は新宿三幸町、3番は神戸元町というように普通北へ向かう流れ者が、ここでは西へ向かっているのがめずらしい。「落日」(詞・川内康範)、「さすらい」(詞・西沢爽)とともに好きなアキラの流れ者哀歌である。

「アキラの『にっぽん無宿』聴いてみなよ、しびれるぜ」
と、その曲が入った小林旭のLPを貸してくれたのは最も交流のあった学友Wだった。岩手の素封家の三男坊で、出自に唾するように好んで汚い格好をしていた。ヤクザな世界に憧れながら、決してヤクザ者にはなれず、ギャンブルにのめりこみながらも、とうてい賭博師にはなれない。そんな男がWだった。二十歳前後というのはもっとも影響を受けやすい年代でもあり、わたしは、このWから多くの影響を受けた。大学生活を振り返るとき、真っ先に思い浮かぶ顔が彼なのである。

卒業後、就職しなかったのはそのWだけだった。わたしを含め多くの人間は就職浪人をする余裕などなく、さりとて優秀でもなかったので、第2、第3志望で妥協せざるをえなかった。しかし彼は、第一志望の就職試験が不合格になると、あっさり就職をあきらめてしまった。棄てたのか逃げたのかは知らないが、就職という現実に背を向けたWは代わりにロマンを選んだ。世界放浪の旅である。それが、あらかじめ考えられていたプランだったのか、急な思いつき、つまり彼一流のケレンだったのか。とにかく我々が新しい世界で四苦八苦していた5月、彼は日本を離れた。

旅立った彼からしばしば手紙が届いた。それによって彼の放浪の軌跡がわかるのだった。シルクロードの旅人だったかと思うと、北欧で学生生活をしていたり。またフランスで危なげな商売で小金を貯めたかと思うと、インドで極貧生活に身を投じていたり。そして最後はロサンゼルスのリトルトーキョーのドラッグストアの店員として暮らしているという手紙がきた。

ロスにはいちばん長くいたようで、彼が日本に帰ってきたのは、旅立ってから6年後のことだった。その理由が、留学でロスに来ていた年上の女性に恋い焦がれ、彼女の帰国の後を追ってきたというわけだった。ロマンチストの彼らしいといえばそうなのだが。
結局、年上の女性との恋は成就しなかったようだった。おまけに、彼の両親が相次いで亡くなるという度重なる不幸に見舞われた。兄弟姉妹は多かったのだが彼も相当の財産を相続したはずだった。しかし、1年も経たないうちにその大半を競馬、競艇、賭博といったギャンブルで使い果たしてしまったとか。ロマンを求めて海外へ旅立った人間が、ぬるま湯のような日本に戻ってきたとき、生きている自分を実感できるのは賽の目が転がる瞬間だけだったのかも知れない。

故郷で兄弟、親戚から愛想づかしされたWは東京へ出てきた。何度か会ったのだが、以前のWではなかった。どこか落ち着きがなく、いつもイライラしていた。昔の友人数人で会うこともあったが、酒がすすむと気に入らない人間にケンカをふっかける。それで皆から煙たがられる。定職にも就かず、わずかに残った親の遺産で食いつないでいたが、そう長くは続かない。そのうちふっつりと消息を絶ってしまった。失踪前に、友人や知人から借りられるだけの金を借りていたということを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。
彼の爛れ尽くした生活も悲しかったが、わたしにだけ借金をしに来なかったことがさらに悲しかった。しかし、それが彼の最後のプライドだったのかもしれない。わたしと共有した時間までたたき売るつもりはない、という薄皮一枚の自尊心だったのではないだろうか。

あれから30年あまり、Wの消息は杳として分からない。学生時代何度か泊まりに行ったことのある彼の実家へ連絡をとってみたが、家屋敷は売り払われ、兄姉たちの行方も分からなくなっていた。
現在、わたしの中でWは、いまだに放浪を続けているのだ。外国なのか日本なのかはわからないが、いずれにしろ彼は肉体が朽ち果てるまで旅を続けるつもりなのである。それでももう若くはない。くたびれ果てた夕べ、酒場の片隅で、ひとりグラスを傾けながら声にならない声で、
♪ 東京 新宿 三幸町  酒と女の灯ともし頃に……
と、この「にっぽん無宿」を口ずさんでいる。そんなことを夢想してしまうのだ。もちろん、その酔いどれ男はまだ若々しい20代のWなのだが。


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