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Life is hard [story]

♪ 雪でした あなたの後を
  なんとなく 着いていきたかった
  ふり向いた あなたの瞳は
  早くお帰り坊や って言ってた
  あゝあの人は 見知らぬ街の 見知らぬ人
  雪国の 小さな街に
  そんな私の 想い出がある

「雪」(詞、曲・吉田拓郎、歌・猫、昭和47年)。
いかにもタクロウ節のフォークソング。猫は古いフォークソングファンなら知っているはずのザ・リガニーズ(「海は恋してる」)のメンバーらで作られたバンドで、拓郎のバックバンドをやっていた。DylanにおけるByrds? もうひとつのヒット曲「地下鉄にのって」も拓郎の作品。「各駅停車」や「僕のエピローグ」なんていい歌もある。
雪をモチーフにした流行歌は雨ほどではないがけっこうある。童謡・唱歌なら「雪やこんこ」や「雪の降る街を」。演歌なら「雪国」、「風雪ながれ旅」。ポップスなら「なごり雪」、「雪が降る」などはよく知られた歌だ。雪の世界というのは情景がイメージしやすい、つまり絵になるということだろう。日本人は雪景色が好きなのだ。と言うと怒られてしまうかもしれない。雪国に暮らす人たちにとっては、侮れない自然なのだそうだ。美しい銀世界を思い浮かべるのは大雪を知らない人なのだとか。ある人にとって美しいものが必ずしも他の人には美しくない、ということは雪にかぎったことではないのだが。

初めて競馬場でアイツを見たのは半年ほど前だった。10レースが終わって俺のサイフは空っぽ。帰りの足代までつぎ込んでしまった。誰か知り合いを見つけて千円足らずの電車賃をタカるしかなくなっていた。
アイツはオッズ板と手にした手帳を見比べていた。ヨレヨレの上着にすり減ったカカトの靴、かき分ければフケが舞いそうな霜髪。まあ、競馬場ではめずらしくない“懲りない”面々なのだが。去年死んだ知り合いに似ていたので思わず目がとまったのだ。
アナウンスが早く11レースを買えって急かしてる。金がありゃ買ってるさ。とうとう締め切りのブザー。アイツは相変わらずオッズ板を見上げてる。なんだ、買わないのか。もしかしてアンタもオケラなのかい? それどころかアイツは最終の12レースも同じようにオッズ板ばかり見ていて、馬券を買おうとはしなかった。なんだってんだ。

次の週もアイツはいた。相変わらずオッズ板を見ていた。くたびれるとしゃがみ込んでタバコを吸いながら手帳に何か書き留めている。結果の表示は見るけどレースは見ない。それが1レースから12レースまでずっとなんだ。へんな野郎だ。

その日は朝から雨。アイツはホネの折れたコウモリを差し、半身雨に濡れながらやっぱりオッズ板を見上げていた。もううんざりだよ。野郎のおかげでまったくのスランプ。疫病神だぜ。7レースが始まるんで、俺は馬場へ向かった。
あゝ、なんてこった。結果は1着13番、2着2番の「13-2」。馬単で4万円を超える大穴だ。俺の手には「2-13」。なんで裏を買わなかったんだ。情けねえ。千円ケチったおかげで40万取り損なったぜ。ハズレ馬券を引きちぎりながらパドックへ向かった。あれ? アイツがいない。掲示板の前にいたあの野郎が消えている。辺りを見回すと、いた。アイツが身体を右に傾けながら歩いている。どうやら馬券売り場へ向かっているようだ。俺はなぜか気になって後を追った。
アイツが自動券売機ではなく、大口の馬券売り場の前に立っている。まさか。手帳に視線を落とし何かを確認すると、窓口へ向かった。俺はアイツのすぐ後ろへ貼り付いた。「単勝8番」。野郎が小さな声で言った。そして、薄汚れたジャケットの内ポケットから……。俺は目を疑ったね。たしかにあれは帯封の付いた百万円だ。それも数束あった。他人の金なのに足が震えた。
8レースの8番は、4番人気。オッズは6.5倍だ。アイツがたとえば500万円買っていたとして、的中すれば3250万円ってことだ。でも、俺だったら買わないな。たしかにあの馬は実績がある。だが休み明けだ。体重だって20キロも増えている。ここを1回脚慣らしして次のレースで勝負って狙いが見え見えだよ。
「兄哥、レースが始まるよ」
俺はアイツに声をかけた。アイツはこっちを見て笑いやがった。でも動こうとはしない。
レースは8番が逃げた。大逃げだ。向こう正面では二番手の馬に10馬身以上の差をつけている。コーナーを回って8番が直線へ出てきた。まだトップだが、その差は3馬身に縮まってきた。飛ばしすぎだよ。さあ、坂を上がったところでバテるぞ。ゴールまであと100メートルあまり。その差1馬身。後ろにいた馬たちがドッと押し寄せてきた。あああ……。……あれ?、あれ?、あれ! 勝っちゃったよ。8番が粘っちゃったよ。クビ差で1着だよ。ほんとかよ……。さ、さ、3000万円だ……。また身体が震えてきた。俺は転びそうになりながら、オッズ板の所へ戻った。だが、アイツはいなかった。どこかへ消えちまった。3000万円とともに。

それから、俺は毎週競馬場へ行ったが、馬券なんか買わなかった。ひたすらアイツを見張っていたのだ。アイツは相変わらずオッズ板だけ見て帰ることが多かった。アイツが2度目の馬券を買ったのはその、3週あとだった。やっぱり単勝で、3番人気の馬を数百万円買っていた。もちろん的中した。配当は3.9倍。投資金が500万円だったら2000万弱ってとこだ。

底冷えのする日だった。午前中最後の第4レース、ついにアイツが3度目の馬券を買った。窓口で「単勝、16番」という声をはっきり聞いた。そのあとおれは急いで自動券売機へ行き、1万円を滑り込ませた。16番は5番人気、オッズは7.1倍だった。
レースが始まった。俺は16番に数百万円張っている気分になっていた。叫んだ、祈った、罵倒した……。そして16番が勝った。おれは思った「ついに見つけたぞ。競馬の神様だ」って。

朝から雪がちらついている。俺はあのあと知り合いやサラ金から借りられるだけの金を借りた。その600万円がずっとこの懐に入っている。とんだ金の卵を見つけたもんだ。この元手が近い将来、5倍いやそれ以上になるんだ。たまらないね。それをさらに投資資金にすればどえらいことになっちまう。
10レースが終わった。俺の脚がガクガクしはじめた。アイツがオッズ板を離れたのだ。アイツの後を追った。「単勝、1番」アイツの呟くような声が聞こえた。野郎が消えた後、俺は全財産600万円を窓口に押し込んだ。「単勝、1番だ!」。オッズは6倍弱。3000万円以上だ。心臓はバクバクしてる。膝がガクガクしてる。歯もガチガチしてる。
俺は身体が倒れてしまわないように馬場のラチにへばりついて第11レースが始まるのを待っていた。ゲートが開いた。1番はいいスタートだ。向こう上面で先頭から3、4番手につけていたときから、俺はもう泣き叫んでいた。馬群が砂煙をあげて直線に入ってきた。1番はまだ先頭集団だ。あと200メートル。ここから伸びろ。……。……。1番が……、失速していく……。後続の馬たちに呑み込まれていく……。
アイツと心中したんだ……。騙されたんだ……。俺は這うようにしてオッズ板まで戻った。しかしアイツはいなかった。俺はもう頭がおかしくなっていた。「野郎、野郎」と叫びながら馬券売り場の窓口までたどり着いた。そして係のおばさんに叫んだ。
「さっき、俺の前に11レースの単勝を数百万円買ったヤツがいたよな! 野郎も1番買ったんだろ?!」
すると、俺の形相に戦きながらおばさんが言った。
「ええ、たしかに1番の単勝でしたけど、その人が買ったのは12レースですよ」

最終の12レースが終わった。勝ったのは1番、単勝配当480円。その瞬間スタンドに座っていた俺は笑いながら失禁していた。本格的な雪になりそうだった。小便と寒さで下半身が凍りそうだったが、俺はそこから立ち上がるつもりはなかった。


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