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Cleopatra's Dream [story]

♪ 有難や 有難や 有難や 有難や
  金がなければクヨクヨします 女にふられりゃ泣きまする
  腹が減ったらおまんま食べて 命尽きればあの世行き
  有難や 有難や 有難や 有難や
  …………
  デモはデモでもあの娘のデモは いつも歯がいいじれったい
  早く一緒になろうと言えば デモデモデモというばかり
  有難や 有難や 有難や 有難や

「有難や節」(採譜・浜口庫之助&森一也、補曲・浜口庫之助、歌・守屋浩、昭和35年11月)。
1960年の日米安保条約締結後に出てきた歌。政治の季節が挫折で終わるとこんな捨て鉢で虚無的な歌が流行るのだろうか。メロディーは手拍子歓迎の純和風音頭。老いも若きも何が有難いのかわからないままにこの歌をうたっていた。あまりにもアナーキーなので、自粛の声さえあがった。明治大正の風刺をきかせた演歌節の流れをくむもので、江戸末期に流行ったと言われる「ええじゃないか」に通ずるものもある。後年、毒蝮三太夫か誰かがカヴァーしたような気がするが、時代が噛み合わなかったのか流行りはしなかった。
守屋浩はもともとはロカビリアン。水原弘、井上ひろしとともに“三人ひろし”よ呼ばれ、いずれも歌謡曲に転向して成功した。彼の最大のヒットはやはり浜口庫之助作詞作曲の「僕は泣いちっち」。カントリー調の独特の声で、よく物真似された。水原も井上も早世し、いまは守屋だけが残っている。

「思い切って言います。……結婚してください」
「ええっ! ……でも、お逢いしてからまだひと月足らずですし……」
「時間、つまり長さの問題じゃありません。愛情、つまり深さの問題だと思うんです」
「でも……」

あゝあ……。やっと言ったわね「結婚しよう」って。遅いのよアンタ。いつもの男たちなら1週間で言ってるわ。長さより深さだって? なに青臭いこと言ってんのよ。

「それとも僕のことが嫌いになったのですか?。まさか、他に好きな人でもできたんですか?」
「ひどい……」
「それならイエスと言ってください。お願いです。僕には君を幸せにする自信があるんです」
「でも……」

ハハハ……、「幸せにする」って? 古い、そのセリフ。なに色男ぶってるのよ。まあ、ちょっとクールだし、右頬のキズが無ければイケ面の部類かもね。でもアタシの好みじゃないわ。はあ? 嫌いになったかって? アンタなんかはじめから何とも思ってないわ。アタシが興味あるのは、こないだのホテルでアンタがバスを使ってるすきに見ちゃった預金通帳。驚いたわ。あんなにあるとは思わなかった。いったいアンタって何者?って感じ。フフ……、でも何者でもいいの。まるで興味ないんだから。

「まあ、貴女の気持ちもわからなくはないんです。どうせ僕はこんな男ですから、いきなり信用してくださいって言っても無理かも知れませんね……」
「そうじゃないんです。そういうことではないんです。でも……」
「それなら、なんでなんですか……」
「……」

何? その信用って。アンタこそ、なんでそんなにアタシを信用しちゃうわけ。ホント、お馬鹿ね。世間知らずのボンボンなのね、きっと。でもまあ、そろそろ潮時だわね。こっちだって何度も身体の投資をしてるんだから、ここらへんでしっかり回収させてもらわなくちゃ。

「わかりました。こんな私でよろしかったら、お受けします」
「ほんとうですか?! ほんとうなんですね。やったあ! ありがとう。うれしいなあ。感激だなあ。今度僕の両親にぜひ会ってくださいね」
「こちらこそありがとうございます。楽しみにしてますわ」

あらあら、えらく喜んじゃって。でもわるいけど、そんな時間ないのよねえ。ごめんなさいね。フフフ……。明日の今頃は飛行機の中なのよ。これでアタシの仕事もオシマイ。アンタで打ち止め。おかげさまでお店の一軒ぐらい開ける資金は貯まったわ。
見ててごらんなさい。コイツこのあと絶対ホテルへ誘ってくるわ。フフフ……、お見通しなのよ、アンタの考え。ホテルへ入ったら、まずわたしがバスに入る。そして出てきたら今度はアンタ。その隙にこの睡眠薬をグラスに入れておく。あとはアンタがグッスリお休みのあいだに頂くもの頂いて、お先に失礼っていうわけ、そう、いつもどおりのシナリオね。

「あの、これからちょっと……いいでしょ?」
「ええ?」
「つまり、いつもの所でちょっとだけ休憩していきませんか?」
「でも……」
「でもって? 今晩なにか用事でもあるんですか?」
「ううん、そうじゃないけど……だって恥ずかしくてハイなんて言えないもの……」
「やだなあ、そんなこと。もう他人じゃないんですから。ハハハハ……」

レストランを出たふたりは、男の運転するクルマで都心のホテルへ向かった。男はハンドルを握りながら満足そうにラークの煙を吐き出した。助手席の女は男の肩に頬を寄せ、目を閉じて明後日には居るはずの南国の楽園へ夢を馳せていた。男がカーラジオのスイッチを入れた。
『……警視庁は昨年から若い女性ばかりを狙った連続絞殺魔の特徴とモンタージュ写真を公開しました。……年齢は25歳から30歳、身長は175センチ前後、痩せ形で、右頬に4センチほどの傷があり……』
テールランプが闇の中へ消えていき、長い夜がはじまった。


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