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We Concentrated On You ② [story]

♪ 打ちあげられた ヨットのように
  いつかは愛も 朽ちるものなのね
  あの夏と光と影は 何処へ行ってしまったの
  思い出さえも 残しはしない
  あたしの夏は 明日も続く

紹介してもらったのは庄司麻理子。M大の2年生。僕らと同い歳だ。電話の感じはちょっと幼いようだったが、とにかく逢って話をすることにした。
小平が風邪をひいたため、待ち合わせの喫茶店には僕と春原さんとで行った。
僕らが喫茶店に入ると、彼女はすでに来ていてモーニングのパンを囓っていた。〈あゝ、炎加世子じゃない〉。それが僕の第一印象だった。
クルクルでセミロングの髪。鼻も口も小ぶりで目だけがやけに大きい。いちばんがっかりしたのは、グラマーじゃないこと。ツィギーのように手足が細いのだ。しかし、僕らにはもう、ここをパスして新たな女優を探す気力は無かった。
小一時間ののち、話は合意した。庄司麻理子は出演を快諾してくれたのだ。
彼女と別れ、喫茶店を出てきた僕たちは黙ったまま駅へ向かって歩いた。妙な沈黙だった。お互いに相手が何かを言い出すのを待っているような雰囲気。正直に言おう。落胆ではなく嬉しさを噛みしめていたのだ。多分春原先輩も。
沈黙を破ったのは春原さんだった。
「……まるでお茶目なフェアリーみたいだったな……」
ポツリと言った。
「うん」
僕は短く応えた。内心はびっくりしていた。庄司麻理子との話が終わった時に僕が感じた印象が、実は“フェアリー”だったからなのだ。そして、また暫しの沈黙のあと、
「なあ、その……、例の濡れ場だがな。あれ、変えた方がいいんじゃないかな」
と、春原さん。
「そうですねえ。彼女にはちょっとハードすぎるかもなあ。ラストの殺されるシーンも、もう少し考えた方が……」
と僕。
「そうそう、俺もそれは前から思ってたんだ。男はさっさと死んじゃってさ、残された女は健気に生きていくってほうが、今風だしリアリティもあるし……」
結局、我らが映画はいとも簡単にセックスレスのストーリーに変更となってしまった。ひとりの妖精の出現によって、僕らのつまらないシナリオが吹き飛んでしまったのだ。庄司麻理子にはそれだけの価値があった。

撮影は2週間で終了した。車2台に分乗して、秩父の山奥や九十九里のロケへ行ったり、歌舞伎町で隠し撮りをしたり、鉄夫のアパートで深夜の撮影をして隣人に怒鳴られたり、あっという間の2週間だった。はじめの構想とは、ストーリーが大分変わってしまい「太陽と海とセックス」は「太陽と海と純愛」になってしまったけれど、僕たちは今までにない充実した半月間を過ごしたのだった

アテレコ、ダビングも終わり、あとは編集を残すだけだった。そんなある日、僕はカメラマンの大ちゃんから呼び出された。
喫茶店の片隅で待っていた大ちゃんはどこか元気がなかった。食欲がないとか体調がわるいなどつまらない前置きのあげく、大ちゃんはポツンととんでもないことを言った。
「実は、俺……、麻里ちゃんが好きになっちゃったんだ。麻里ちゃんのこと考えると苦しくて、じっとしていられなくなるんだよ……」
「……」
「あの娘の前じゃとても言えないし、そんで、お前から、その、俺の気持ちを麻里ちゃんに伝えてもらえないかなって思って……」
「そうか、……わかった。必ずしもいい返事がもらえるかどうかわからないけど、言うだけ言ってみるよ」
「ありがとう。やっぱりお前に言ってみてよかった……」
冗談じゃない。よかったじゃないよ。そりゃないよ大ちゃん。ずるいよ。僕だって麻里ちゃんが好きになっちゃってるんだから……。ひどいよ。自分の好きな女の子に恋の橋渡しをしろっていうのかい? 三枚目になれっていうのかい?。
しかし、大ちゃんは親友だ。裏切るわけにはいかない。かといって、このままでは僕の気持ちがどうにも収まらない。そうだせめて先輩の春原さんにだけは真実を伝えておこう。僕はそう思った。

春原さんのアパートで僕は、まずは大ちゃんのことを話した。それから自分の気持ちを伝えるつもりだった。すると、春原さんは話途中にして、大声で笑いながらこう言った。
「やめとけ、やめとけ。それは無理な話だ。実はな、ここだけの話なんだが、俺、撮影中に彼女を口説いたんだ。いやあ、なんて言うか、映画でも行かないかって軽い気持でな。そしたら、彼女なんて言ったと思う?」
「さあ」
冷静に返事したものの、僕の胸の中は煮えくりかえっていた。〈コイツまで……〉。はじめて春原先輩を殴りたい気持になっていた。
「それがさ、麻里ちゃん大声で笑ってさ『残念でした、わたし結婚してるんだもん』だって」
「…………?!」
「信じられねえよな。相手は高校時代の同級生だってよ。20歳でするか? 結婚」

春原先輩の話を聞き終えて、笑いがこみあげてきた。もちろんあきらめと、してやられたという笑いだったのだが。

あとで分かったことだが、庄司麻理子に惚れてしまったのは、僕や大ちゃんや春原さんだけではなかった。鉄夫や小平もそうだったし、初日に殺されたくせに最後まで撮影に付き合った男優の影山君もそうだったらしい。
結局、男全員が麻里ちゃんの虜になってしまったということだ。考えてみれば、彼女なくして今回の映画制作は成功しなかっただろう。麻里ちゃんという要がいたからこそ、みんなバラバラにならず2週間を楽しく過ごせたのである。
たかが映画ごっこだったが、強烈な思い出を残せたのは、すへて彼女のおかげだと言ってもいい。映画祭で賞は取れなかったが、そんなこと誰も期待していなかった。最早どうでもいいことだったのだ。
庄司麻理子、僕らを手玉に取った20歳の奥さん、お見事! そんな気持だった。

あれから30年、みんなバラバラになってしまった。所在のわかる人間もいるし、わからない人間もいる。そして、僕はいまでも「八月の濡れた砂」を聴くと、あの無邪気なフェアリー・庄司麻理子を思い出し、年甲斐もなく胸を熱くするのである。
しかし笑わないでほしい。そんなアホな感傷男は僕ひとりじゃないはずだ。少なくともあと5人はいるのだから。


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