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Here You Come Again [story]

♪ 好きになったら 離れられない
それは初めての人
ふるえちゃうけど やっぱり待っている
それは初めてのキス 甘いキス
夜を焦がして 胸を焦がして 弾けるリズム
ドドンパ ドドンパ ドドンパが
あたしの胸に 消すに消せない 火をつけた

「東京ドドンパ娘」(詞・宮川哲夫、曲・鈴木庸一、歌・渡辺マリ、昭和36年)。
ドドンパは和製のリズムだという。なんでも都々逸とルンバをミックスさせたものだというのだが、ルンバはともかくなぜ都々逸なのか。ドドンパの流行歌はこの「東京ドドンパ娘」が嚆矢というが、その前年の35年にやはり渡辺マリが「ドドンパドンパッパ」(曲・渡久地政信)という歌を歌っている。ではドドンパの作者は誰なのか気になるところだが、歌も踊りもそれほど広まらなかった。翌年大ブームとなったツイストに軽く吹き飛ばされてしまった。映画「私が棄てた女」(監督・浦山桐郎、昭和44年)で、ヒロインの森田ミツが砂浜で若者たちと一緒にドドンパを踊るあの垢抜けないシーンが忘れられない。

「時雄、またあの女おまえのこと見てるぜ。ホラ、笑ってるよ、お前も笑ってやれよ」
「からかわないでくださいよ、石塚さん」
「見ろよ、よく見れば可愛いじゃねえか。目がくりっとしててよ」
「声が大きいですよ。聞こえますって。かんべんしてくださいよ、ほんとに」
 そう言って俺は麺を湯切りし、スープの入ったどんぶりに放り込んだ。
 その女の名前が房江だということは、あとから知ったのだが、去年の秋頃から俺の働いている中華料理店に来るようになった。いつも同年配の女との二人連れだった。年齢は俺より少し下に見える。20歳前後ってとこか。土曜の午後にあらわれ、かならずといっていいほど、オヤジみたいにラーメン・ライスを注文する。そんな女はいない。
石塚先輩が言っていたように女はブスではないのだが、なにしろまったく化粧っ気がない。髪はショートの天然パーマ。眉毛はゲジゲジだし、ほっぺたもリンゴのように赤味を帯びている。その服装がまた田舎くさい。たとえば今日はというと、白いブラウスの一番上のボタンを留め、ピンクのカーディガンを羽織っている。大きなチェックの膝下のスカート。女学生が履くような黒いぺったんこの靴に足首で折り曲げた白いソックス。いまどきそんな女はいない。あんまり頻繁に来るので、いつだったか焼豚を1枚余計に入れてあげたことがあったっけ。それ以来、いつ見ても俺に微笑みかけるようになったのだ。つまらないことをしたもんだ。

「今度、映画でも見に行かないか?」
ぶっきらぼうに訊くと、瞳を輝かせてニッコリと頷いた。俺は房江が店から出る間際に声をかけ、デートを持ちかけたのだ。実はこれすべて先輩の石塚さんの筋書き。

待ち合わせの場所に現れた房江は、店に来るときと同じような垢抜けない服装のままだった。違っていたのは、紅いルージュをひいていたことと、ピンクの新品のハイヒールを履いていたことだけだった。映画を観て、メシを食った。房江はほとんど口を開かない。こっちが何か訊いても頷いたり、首を振ったりするだけだ。それでいていつも薄く笑っている目が妙に馴れ馴れしい。俺はいいかげん苛立ってきた。しまいには話すことがなくなり、ほとんどふたりで黙っていた。喫茶店で時間をつぶして午後7時。「なあ、俺んとこ来ない?」。房江は笑顔で頷いた。自分で言っておいて俺は無性に腹が立った。いまごろ俺のアパートで石塚さんが待機しているはずだった。

部屋に入って石塚さんを見た房江は少し驚いたようだった。でも笑顔で会釈した。俺は計画どおりトイレに立った。用を足して出て来た途端、「ギャー」という房江の叫び声が聞こえた。ゆっくり部屋の戸を開けると、石塚さんが房江にのしかかっていた。房江は仰向けのまま両腕を胸の前に置いて、まるでオケラのように震えていた。スカートがめくれあがって、白いパンツが見えていた。
ぶざまだと思った。なにがって俺自身が。俺は傍にあった猫の頭ほどの灰皿で、思いきり石塚さんの後頭部を殴った。石塚さんは一言唸って失神した。そして、まだ泣き叫んでいる房江にビンタを喰らわした。一瞬泣きやんだ房江は怯えた目で俺を見た。そして「お母さん……」と泣き叫びながら玄関から表へすっ飛んで行った。取り残されたピンクのハイヒールがこの部屋にそぐわなかった。俺は頭にコブをつくってのびている石塚さんの横に座って煙草に火を点けた。つまらないことをしたもんだ。

俺はあとで石塚さんからしたたか殴られた。そんなことはどうでもいい。当然のことだが房江はそれ以来店には来なかった。情けないことだが、あの目が俺に対して無警戒、無計算の目だったって気づいたのは、彼女を見かけなくなってしばらくしてからだった。あれから、俺もいろいろな女と付き合ったけど、あんな無垢で優しい目をした女はいない。その無垢な目に砂をぶちまけたのは俺だった。ほんとうに、つまらないことをしたもんだ。


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