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The End of The World [story]

♪  そよぐ風には さわやかな音
   花たちは咲き 野原を染めた
   ふしぎな   春の日
   …………
   果実は割れた 風の詩人は
   星から星へ  すがたを変える
   ふしぎな   秋の日

「不思議な日」(詞・松山猛、曲&歌・加藤和彦、昭和46年)。
作詞作曲は「イムジン河」のコンビ。シンプルで想像力をかきたてる詞とフラットな感じの曲、それに頼りなさそうな歌声で、文字通り不思議な楽曲になっている。この曲のモチーフが、ハルマゲドン後の世界を描いたスタンリー・クレイマー監督の映画「渚にて」(重苦しく、これまた不思議な映画だった)だと何かに書いてあったのを記憶している。もし、ハルマゲドンで生き残った人たちが、荒野と化した地球で、かつて野原を埋めた花々のイメージを呼び戻したとき、不思議な日と感じるのは、記憶に刻まれた原色の世界なのか、それとも目の前に広がるモノトーンの世界なのか。

最悪の朝。昨日の夜から痛みだした奥歯は、鎮痛剤も役に立たなかった。夜中じゅう歯痛と格闘して、うつらうつらするばかりで少しも熟睡できなかった。
朝食も摂らず朝一番で飛び込んだ歯医者で、いきなり麻酔を打たれ、奥歯を抜かれた。その麻酔と家で多用した痛み止めの薬のせいか、からだは怠く、頭はボーっとしていた。それでも会社を休みたくなかったので電車に飛び乗った。

ふらふらしたままいつもの駅で降りた。階段を下り改札へ向かう。すぐ前を白いジャケットの女が歩いている。なぜか、その女の背中ばかりに目がいく。これも麻酔と薬のせいなのか。
女は自動改札を出ると右側の階段へ向かった。わたしは左側だ。そのとき、女が何かを落とした。わたしは周囲を見回した。改札を出てきた数人の客は誰も気づかないふうだった。
わたしは女の落としたものを拾った。定期入れだった。階段を見上げるとすでに女の姿はなかった。わたしは急いで階段を駆け上がった。
通りに出たが右にも左にも白いジャケットの女は見えなかった。わたしは立ち止まったまま定期入れに視線を落とした。そこには、
『真人間←→非人間』と駅名が書かれていた。
わたしは目を疑い何度も見直したが、たしかにそう書かれている。そのとき視線の端に白いものがよぎった。顔をあげると数メートル先のコンビニから白いジャケットの女が出てくるところだった。わたしは小走りで追いかけ、
「あの、もし……」
と声をかけた。女はふり向いた。細い目の唇の薄い顔だった。わたしは定期入れを差し出しながら事情を話した。猜疑心に満ちた女の顔が緩んだ。
「あらっ、スミマセンでした……」
さらに何か言いかけた女に対して、「それじゃ」と事務的に言うと、わたしは背中を向けた。女にいつまでも見られているような気配を感じながら再び駅への階段を降りていった。

昼頃になってようやく麻酔もきれ、頭の中の霧も晴れてきた。昼食をとったあと、わたしは同僚たちに今朝の駅でのことを話した。
この話はけっこう受けた。しかし、ほとんどの同僚はわたしの作り話だとか、麻酔で思考が異常になっていて幻影でも見たのだろうという解釈だった。しかし、ただひとり同僚のKは、おもしろい推理をしてくれた。彼は以前埼玉の秩父の辺りに住んでいたことがあり、その近辺に入間という地域があるのだとか。Kが言うには、真人間は東入間であり、非人間は北入間だというのだ。さっきまでデタラメ、幻影と言っていた同僚のほとんどが「なるほど」とその説明に納得した。わたしもあやうく納得しかかるところだった。
しかし、『東入間←→北入間』などという定期があるだろうか。実際、あとで調べてみたのだが、東入間あるいは北入間という地域名も、停留所もなかった。

あれは決してわたしの見間違いなどではない。驚いて何度も見直したではないか。たしかに『真人間←→非人間』と書いてあったのだ。真人間と非人間を往復する定期とはどういう定期なのか。あの白いジャケットの女は何の目的で真人間と非人間を行き来しているのか。わたしはとても興味をもった。その真相を知るためには、もう一度あの女に会わなくてはならない。
それからわたしはしばしば、駅の改札で彼女が現れるのを待つようになった。おかげで会社にたびたび遅刻をするようになった。また最近、社内でわたしに関する妙な噂が立ちはじめている。しかし、そんなことはどうでもいい。わたしは『真人間←→非人間』の真実をどうしても知りたいのだ。
まだ、白いジャケットの女との再会は果たせないでいる。しかし、必ずこの改札を通り抜けてわたしの前に現れるはずである。その時はまた、報告するつもりだ。


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