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Your Cheating Heart [story]


♪ In the twilight glow I see her
  Blue eyes crying in the rain
  When we kissed good-by and parted
  I knew we'd never meet again

「Blue Eyes Crying In The Rain」(邦題・雨の別離、曲&詞・FRED ROSE、歌・WILLIE NELSON他)。
古いカントリーソング。別れた女性と、いつか天国で幸せになろうというシンプルな歌詞。だいたいカントリーソングはそういう単純な歌が多い。この歌は実に多くのシンガーが歌っている。WILLIE NELSONでヒットしたが、HANK WILLIAMSから始まって、ELVIS PRESLEY, HANK SNOW, ROY ACUFF, OLIVIA NEWTONJOHN, GENE VINCENT, SHANIA TWAIN, EMMYLOU HARRYSなど日本で知られた歌手でもこれだけいる。それだけシンガーに好まれる歌なのかもしれない。

新介の初恋は中学2年生のとき。奥手である。性のなんたるかを知らなかった。ただ漠然とそれは避けるべきもの、自分の頭の中へ進入してくるのを防ぐべきものという認識しかなかった。自慰すらもしたことがなかったのである。
それは14歳の夏に突然やって来た。新介は吹奏楽部でトランペットを吹いていた。彼の胸に得体の知れない錘を投げ込んだ道子もまた、同じクラブでクラリネットを担当していた。バンドは県大会に出る野球部の応援のために、放課後遅くまで「若い力」を練習していた。ある日、練習が終わった後、数名でラーメンを食べに行こうということになった。学校から父兄が同伴せずに飲食店に入ることは禁止されていたが、周囲の暗さがみんなの小さな冒険心をかき立てた。店に入るや新介は胸が抑えきれないほど高鳴るのを覚えた。それは校則を破ったためではなく、いま新介の傍にいるひとりの少女の美しい横顔によってだった。それが道子だった。「なぜ?」。新介にも不思議だった。
それから10日あまり経った日曜日、新介と道子ははじめて二人だけで逢った。ポプラの木の下のベンチに二人は腰を降ろした。新介は自分の夢を道子に語った。大学を出て動物学者になり、世界中を飛び回って珍種を集め、動物園を創るという夢を語った。道子は嬉しそうに聞いていた。新介はなぜ道子を今日ここへ呼び出したのかを話さなかった。道子もそれを訊ねなかった。
二人はしばしば逢うようになった。それは公園であったり、お互いの自宅であったり。新介は彼女の顔を見ること、傍にいることで満足だった。ポプラの葉が黄色く色づき、やがて風に舞い散り、裸木となった。
二人の別れは突然やって来た。年が明けた3月、道子の父親が石川県の金沢へ転勤することになったのだ。新介は生まれて初めて、どんなに抗っても自分ではどうすることもできないことがある、ということを知った。無力だった。
道子が東京を立つ前日、二人はポプラの若芽が出始めた公園で逢った。「また、逢おうね」二人は泣きながら同じ言葉を繰り返した。夕闇が迫っていた。そのことが二人を大胆にした。新介は目を閉じた道子の唇に自分の唇で触れた。柔らかくて温かだった。ただそれだけだった。
遠く離れた二人は、手紙を交換した。それは道子の方が積極的だった。10数日も続けて手紙が送られてきたこともあった。お互いの近況を知らせる他愛のない手紙だった。
高校になった1年の夏休み、新介はひとりで金沢の道子の家を訪ねた。2年の春休みには道子が新介の家へ遊びに来た。新介は時が過ぎていけばいくほど、道子への想いが大きくなっていくことを感じていた。
ちょっとした変化が起きたのは、高校3年の夏休み前だった。それまで週に一度は来ていた道子からの手紙が来なくなったのだ。「ねえ、みっちゃん。って呼んでも返事がないのはおかしいよ」そう書いた新介の手紙にも返事はなかった。不安で受験勉強にも実が入らなくなった新介の元に、道子からの手紙が来たのは、夏休みも半分近く過ぎた頃だった。
そこには、お詫びの言葉とともに、受験勉強に専念したいのでしばらくは手紙を書けない由が綴られていた。心変わりではなかった。病気でもなかった。新介は安心した。そして彼女の決意を素晴らしいと思った。自分もあらゆることを抑制し、受験勉強に打ち込もうと思った。来春、お互いその成果を手にして逢えばいいのだ。そう思った。
春が来た。新介は希望の大学へ入ることができた。しかし、道子から手紙は来なかった。不合格だったのか……。新介が金沢の道子を訪ねようと思っていたある日、中学時代の友人から、道子が東京の大学へ通っていることを知らされた。「なぜ?」。新介の頭は混乱した。道子の下宿先の住所を聞き、手紙を出した。返事は来なかった。また手紙を書いた。やはり返事は来なかった。それでも手紙を書いた。それでも返事は来なかった。

薄闇に包まれた公園のベンチで、新介は舞い落ちるポプラを眺めていた。道子の下宿を訪ねるのはやめようと思った。道子の変心の理由はどうでもいいのだ。呼びかけても返事がないという現実をしっかりと受け止めなくてはいけない。そう思った。
落ちても落ちてもポプラは、尽きることなく新介に降りそそいだ。


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