峠④凧あげ峠 [a landscape]
♪街で暮らせば誰だって 里が恋しい 山の空
凧 凧あがれ 天まで 天まであがれ
凧あげ峠を一緒に越えて 旅に出た身の二人なら
愛の古巣を つくろうよ
(「凧あげ峠」詞:石本美由起、曲:市川昭介、歌:新沼謙治、平成11年)
野麦峠、大菩薩峠、天城峠など「峠」の名前もいろいろで、いちばん多いのは地名の由来の例にもれずその地の名称によるもの。それ以外ではその峠の“形態”によるものもある。
たとえば北海道から九州まで各地にある「三国峠」は、三つの国に通ずる峠だったところからそう呼ばれるようになったのだろうし、同じ理由で六国峠、七国峠さらには十国峠まである。
またその峠に松や杉の木が立っていると、それがそのまま名称になったり。
岐阜と広島には松ノ木峠がある。長野には一本松峠と三本松峠がある。ということは二本松峠もありそうで、たしかに岡山にある。岩手には五本松峠があり、愛媛には六本松峠と十本松峠がある。
箱根に乙女峠があるが、きれいな名前だがなんとなく曰くありげ。かの地へ行ってみるとその由来の書かれた標札がある。それによると父親の病全快を祈願して毎日地蔵堂に通った娘が満願の日に雪に埋もれて死んでしまい、そのことを悼んで命名されたと。
島根県の津和野にも乙女峠がある。こちらは付近の乙女山からということだが、その乙女には城主の娘・留姫が将軍家への輿入れに悩み自ら命を絶ったことから「お留」、「乙女」と名が付いたという説と、昔花見に同席を禁じられていた娘(乙女)たちが、この地で桜を愛でたことから、という二説があるとか。
ほかにきれいなイメージの峠としては石川、愛媛、山形などの各県にある「桜峠」、長野の白樺峠、京都の白鳥峠、和歌山の風吹き峠などがある。
反対にいささか負のイメージの峠もある。
全国的にあるのが「地蔵峠」や「仏峠」。岐阜には「卒塔婆峠」もある。
もっと恐ろしいのが愛媛県にある「死入道峠」。極めつけは兵庫県のユーレイ峠。
東多紀アルプスにあるというこのユーレイ峠。その名の由来は戦時中この場所にトーチカがあり、そこにサーチライトがあったからだとか。つまりサーチライトは優先灯(ユーセントウ)、それが訛ってユーレイ峠になったというのだが、どうも腑に落ちない。ではそれ以前はなんと呼ばれていたのか。正体不明まさにユーレイのような峠?
残念ながら以上のような本当にあるちょっと変わった峠の歌はない。
ただ、奈良に「暗(くらがり)峠」というのがあり、それは畠山まさみという演歌歌手がうたっていたようだが、聴いたことはない。
もうひとつ不気味なのが「カラス峠」。これは本当にある峠。
♪うちはあんたに逢いとうて カラス峠ば越えてきた
と「織江の唄」で山崎ハコがうたっている。
行き倒れの旅人を狙ってカラスが群がり集まるような峠。それほど険しい峠なのか。彼女の故郷で、「青春の門」の舞台になった福岡県の田川にあるらしい。また、神奈川県にも「からす峠」があるとか。
カラスがあるのなら、燕や鷺あるいは鳶などもあるかもしれない。
その他流行歌で変わった峠といえば上にのせた「凧あげ峠」などはその代表かもしれない。
作詞は大ベテラン・石本美由起で、凧あげ峠とは幼い頃に一緒に凧をあげたという、想い出の峠ということらしい。主人公は男女のペアで、どうやら駆け落ちかなにかで一緒に峠を越えて都へ行ったというのも流行歌ではめずらしい。
♪峠越えりゃ灯りが見える 恋し我が家の灯が見える
というのは昭和14年の「里恋峠」(田端義夫)。こちらはひとりで故郷をおん出た男の話。どうやら流れの渡世人のようで、10年も経ち、幼なじみのあの娘や母親のことが思い出されてならないというオーソドックスなストーリー。文字どおり古里が恋しい男の歌。
里を恋しがる男もいれば、妻を恋しがる男もいる。
♪小諸出てみろ 浅間の山に きょうも三筋の けむり立つ 「妻恋峠」春日八郎
なかなか良いネーミング。中年親父が喜びそうな。しかし信州近辺に「妻恋峠」はない。
これは女房を亡くした旅人の歌。で、架空の峠。
しかし、日本は広い? で実際に「妻恋峠」があった。信州ではないが、秋田県はヒッチハイクの親指のように日本海に突き出た男鹿半島にある低山・寒風山の山麓にあった。なにか謂われがあるのだろうが。
もはや峠で別れのドラマが展開された時代ではない。現実は猛スピードで通りすぎてしまっている。車でひと越えする峠は、感傷も感慨もない。ややもすれば申しわけ程度に建てられた標札すら見逃されていく。その名称が残っていればまだいい方。
「峠」がいまだ生きているのはもはや演歌の世界と山登りを愛する人たちの間だけではないだろうか。
マリームさん、見ていただいてありがとうございます。
by MOMO (2008-11-18 21:05)