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CAN'T WE BE FRIENDS? [story]

「いらっしゃい。お久しぶりですね」
『夢路』の麗子さん。この店の三軒隣のバーのオーナーママ。2年前に店を開いたこの小路じゃ比較的新顔さん。時々自分の店の開店前にここへやってくるんだけど、ここみ月ばかりは御無沙汰だった。

『暑いわねぇ。気温も上がれば血圧も上がる、上がらないの店の売り上げ。なんちゃって。こう暑いとどっか行きたいよね、涼しいとこへさ』
「ほんとですよね。北海道とか……、いやその、北方領土あたりへ……。つまり北の……」
『いいのよ、気ぃつかわなくったって……。うちの子たちに聞いたのね、もおぅ。もうなんとも思っちゃいないんだから。それより、いつものお願いね』
「はい。ただいま……」

バカだなオレって。まずいこと言っちまった。
実は『夢路』のお喋りスズメたちに聞いたんだけど、麗子さん、み月ほど前に北海道へ行ってるんだ。それが大変な“旅行”だったらしくて、帰って来るや毎日泣いてたって。「生きていてもしょうがない」とか「私の人生は終わった」とか言って……。

麗子さん、30数年前に秋田から東京へ出てきた。そう、話しに聞く集団就職ってやつ。当時新宿にあった製パン工場の女工さん。いつだったか当時の写真見せてもらったけど、すげえ美少女。体格だって今の半分以下。まぁそんなことはいいか。

そこで知り合ったのが、麗子さん曰く“生涯の親友”。同期入社で北海道は札幌生まれ。名前は良江さんっていったかな。寮で同室だったことがキッカケなんだけど、『これほど気の合う他人は生まれて初めて』って麗子さん。良江さんのほうも同じようで、とにかく職場でもプライベートでも、どこへ行くのにも一緒だったって。

そのうち、発展家の麗子さんにボーイフレンドができた。夜遅くまで遊んでいても良江さんは門限ギリギリに帰る。ところが麗子さんは朝帰りが多くなって、おまけに遅刻、欠勤もしばしば。上司の最後通告にも耳を貸さず、「クビだ」「結構よ」でおさらばベイカリー。
それでも20歳前の女の娘、寮を出るときは親友・良江さんと手を取り合っての涙の別れ。

それが麗子さんの“オミズ人生”のスタート。いまだに続いているんだから、やっぱり人間には向き不向きというか、適職ってのがあるんだねぇ。

新宿からすぐに銀座へ移り、3年もしない間にいいパトロンができてそこそこのクラブを構えるまでになったとか。若いのに“素養”があったのか、騙し騙されの虚構の海をみごとに泳ぎきってみせたのはセンスと根性だよね。

それでも麗子さん、偉いのは昔の純な自分も忘れなかったってこと。どんなに忙しくても良江さんとの付き合いは変わらなかったって。

良江さんは9年勤めて工場を辞めた。故郷の札幌へ帰って理髪店を営む2つ年下の男と結婚。麗子さんわがことのように喜んだね。1ケタ違うんじゃないかっていう祝儀を贈ったぐらいだから。

北海道と東京と距離は隔たったけど二人の関係は変わらない。夏は避暑だ、秋は紅葉だ、冬になれば雪まつり、春は花見にと麗子さん、ひまさえあれば良江さんの所へ飛んでった。
良江さんもやがて長男が生まれ、妹が生まれで落ち着いた頃、年に一度は東京見物を兼ねて家族で麗子さんに逢いに来るのが恒例に。

そんなことをくり返しながら十数年。人生いいことばかりありゃしない。夏の盛りがあれば、冬の日暮れだってある。

バブルが弾けてパトロンが火だるま。いくつかあった店をすべて処分しても火炎は収まらない。ここまで来られたのはパトロンのおかげ、とばかりの“義侠心”も相手には伝わらず。着物、ジュエリーすべて処分しても「まだ、あるだろう」の催促。

そんな時だった。しばらく連絡していなかった良江さんから電話があったのは。
用件は考えてもみなかった借金の申し込み。「子供の学資で、どうしても100万円貸して貰えないか」と。
景気が良い頃だったら100万が1000万でも親友のためなら惜しくない。しかし、そのときは自由になる金など1万円もなかった。実情の1割程度を話し、それを言い訳に泣く泣く断った。「わかった。ほか当たってみるわ」と言った親友の声は明るかったけど、麗子さん、気持は重かった。良江さんに済まなかったって。役に立てない自分が不甲斐なかったって。
ひと月後、気になって電話してみると、「ああ、あのこと。なんとかなったからご心配なく。無理言ってごめんね」といつもの調子に安堵した麗子さんだったのだが。

苦境に立ってやっとわかった男の本音。籍を汚さなかったのがせめての救い。パトロンとはキッパリ別れて、自分のキャリアでやっていこうと決心。でも、若い頃のようにはいかない。どれだけ便宜をはかってあげたお客さんでもお金の話しになると知らん顔。「からだを利子がわりにするなら」ってヒヒ爺もいたけど、「もう男はこりごり」「色気で商売はしない」ってキッパリ。
それでもなんとかかんとかやり繰りつけて、やっと開いたのが今の『夢路』。

場末ではあるけれど、他人に頼らず自力で開いた店。これが“商売”なんだってようやくわかった。そこで2年、昔のようにはいかないけれど、ようやく“社員旅行”ができる余裕も。

借金や新規開店のことでしばらく音信が途絶えていた親友。そうだ、社員旅行は北海道にしようと迷わず決心。
今年のゴールデンウィーク、バーテンと女の子数人を引き連れて札幌へ。良江さんには内緒。いきなり行ってビックリさせてやろうという麗子さんのイタズラごころ。

2日目、バーテンや女の子とは別行動。
何度か来たことのある理髪店へ突然訪れた麗子さん。お客の頭をカットしていた良江さんびっくり。そりゃ驚くよね。「どうしたの?」の連発だった。「どうせ旅行するんなら良江の所へ来ようと思って……」と事情を説明するが、何となく親友の歯切れがわるい。それに旦那さんがいないのも気になった。
それでも麗子さん、きっと今忙しいんだなって気を回して、「仕事が終わったら来てよ」って駅前のホテルを教えて退散することに。

そしてその晩、麗子さんは一睡もせずに親友を、彼女からの電話を待ち続けたって。突然の訪問はたしかに迷惑だったかもしれないけれど、都合がわるければ電話一本で済む話。ケイタイもホテルの電話も、リンとも鳴らない。こちらから電話する勇気なんてとうに萎えていた。窓の外が白みはじめる頃、ようやく分かった。良江さんが自分を恨んでいることを。なんで?……。それもすぐに思いついた。数年前、借金を断ったから……。

でも30年の友情が、たった一度借金を断ったことで終わっちゃうの?……。それだけのものだったの?……。そうじゃないよ。自分じゃ気づかなかったけど、良江にとったら成金で、傲慢で……、嫌な女だったんだ。2人で遊んだ食事代も、観劇代も、ちょっとしたタクシー乗るのにも、料金は全部自分が支払った。ある者が出すのはあたりまえと思ってた。でも、いつも出される方にとったら……。そんなことが積もり積もっていたんだ……。
巡り巡った思いがそこへ至ったとき、頭の中がグシャグシャになってわけが分からなくなった。隣の部屋の女の子たちが驚いてやって来るほど大声で泣いてたってさ。

翌日スケジュールをキャンセルして傷心のUターン。女の子たちには予定通り観光をしてといったものの、成り行きを知っている彼女たちだって「それでは」なんて割り切りはできやしない。わるいと思ったけれど、麗子さんわがままを通した。というより身も心もボロボロになって、女の子たちに支えてもらいながら帰ってきた。

それでも東京へ戻って、1日休んだだけで店をあけたそうだ。
それがみ月ほど前の話。店の女の子に言わせると、あれ以来、以前の迫力がなくなっちゃったって。

そんなことを聞いてるもんだから、目の前でお気に入りのアプリコット・カクテルを飲んでいる麗子さん、どことなくやつれ気味で淋しそう。こんな時、なんて声をかければいいものか……。

『マキちゃん、あたしね、これからうんと恋するんだ。いいオトコをとっかえひっかえ捕まえるんだ。春には春の、夏には夏用のオトコがいるんだからねぇ』
「そうですよ、ママさん。男の自分が言うのもなんですけど、男なんて女にとってクスリみたいなもんですから。目薬、風邪薬、胃薬から痛み止め、痒み止め、睡眠薬まで、いろんなクスリを用意しておくんですよ」
『そうよね、からだでもこころでも病気には、やっぱりオトコよね。ハハハハハ……」

そう、家族もいない、親友もなくした麗子さんの心を癒す“特効薬”は男。まだ若いし、その美貌なら、わけなく手に入りますって。大丈夫。

『マキちゃん、たしかにそうなんだけどさぁ、あれもこれもっていうのも面倒くさいし、なんかこう、どんな症状にも効くっていう万能薬みたいなオトコいないものかねぇ?。ねえ、あんた知らない? 知ってたら紹介してよ』
「………………」


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