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【不潔】 [obsolete]


『「さあ、君をどんなにしてやろう、早く退散しないとあぶないぞ。」
「玉木さんのそばを離れません。私がここで落ち合ったんですから、先生がお帰りくだ さい。」
「君はお目つけ役の侍女かい。」
「そんなこと頼まれていません。不潔です。」と恩田はそっぽを向いた。
「久子さん、帰りましょう。この不潔な人に、怨みと怒りをこめて、永久のさよならを おっしゃいよ。」
(「みずうみ」川端康成、昭和29年)

引用の「不潔」は今でも使われている、「何日も風呂に入らない」「部屋の掃除をしない」などの不潔とは違う。つまり物理的に汚れているのではなく、精神的に“不純”という意味で使われていた。ただ、それはおもに男と女つまり性に関することについて言われた。使ったのは中学生か高校生、あるいは処女。つまりまだ汚れ? を知らない若者の言葉。上の“引用”は教え子の玉木久子に言い寄る主人公に対して、旧友の恩田信子が非難しているところ。源氏鶏太の「投資夫人」では、主人公の証券マンが営業活動として有閑マダムと寝たことが恋人にバレ、「不潔だわ」と絶交される場面が出てくる。
いまならなんというのか。「エッチ」「イヤラシイ」ではストレートすぎるわりに非難度が低めだし。「ヘンタイ!」では言い過ぎだし……。時代が変わると、当時のニュアンスを伝える言葉が失くなっていることに、気づくことがある。

主人公は、教え子との恋愛事件で教壇を追われた美少女ストーカーの高校教師。
ストーリーは軽井沢のトルコ風呂から始まる。それだけでもすでに夢想的な話。トルコ嬢のマッサージを受けていたと思うと、場面は街角に変わり、主人公は後をつけていた女から現金の入っていたハンドバッグを投げつけられる。そして話はその女と彼女をかこっている学校の理事長、そしてふたりを取り巻く女たちへと移っていく。かと思うと、主人公の少年時代の、従姉との回想がはじまる。そのあと再び、教え子との恋愛ごっこがはじまり、さらに主人公の前には他の少女や男娼、中年娼婦があらわれる……。
というように、少女趣味の主人公の意識がとりとめのないストーリーの中で表象されていく。「みずうみ」はとてもポップな小説である。同じ作者の「伊豆の踊子」や「雪国」、「山の音」などオーソドックスで、いかにも純文学というイメージとはまるで異なる。不勉強でいまさらながらだが、川端康成の知らなかった一面がとても新鮮だった。


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