SSブログ

Roll On Buddy ② [story]


♪ 好き 好き好き 箱根スカイライン
  好き 好き好き 芦ノ湖畔の夜
  あの日あの時 君と僕と二人
  とっても素敵 星の降るよなテラス
  忘れられないキッス
  好き 好き好き 僕は貴女が好き

僕たちが竹田くんと会うのは赤土以外では、亀の湯という風呂屋でだった。銭湯での竹田くんはノックをしてくれる優しいお兄さんではなかった。だいたい同年配の仲間と一緒だった。大人の顰蹙を買いながら湯船の縁に腰掛けて、仲間と話をしているのだ。僕らは同じように端っこに腰掛けて、竹田くんの話を黙って聞いている。竹田くんは銭湯では決して僕たちに話しかけない。それでも僕たちは竹田くんが来る時間に亀の湯へ行った。
『俺、絶対入れ墨だけはいれねえよ。だってよ、一生消えないんだぜ。結婚して子供に「これなに?」って聞かれたらなんて言やあいいんだよ』と竹田くんは友だちに語る。
小学5年生の僕にも入れ墨を入れる世界がどういうものか、おぼろげながら分かった。

新しい年が明けると、赤土に竹田くんの姿が見えなくなった。それでも僕たちは何事もないように相変わらず、寒風吹きすさぶ三角ベースを走り回っていた。そしてようやく寒さが緩み寒桜が咲き始めた春休み、久しぶりに竹田くんと会った。竹田くんは例の自転車に跨ってやって来た。
「よお、いいとこ連れってってやっから乗りなよ」
竹田くんの笑顔につられるように僕は素早く自転車の後部座席に飛び乗った。
自転車を漕ぎ始めた竹田くんは、後ろの僕にのべつ喋りまくった。この春中学を卒業した竹田くんは、どうやら就職先が決まったようだ。おまけに定時制の高校への入学も決まったそうだ。その夜間高校には野球部もあるのだとも。顔は見えないものの、背中からその喜びが伝わってきて、僕まで幸せな気分になった。
ひとしきり、自分の幸福を話し終えると、竹田くんは鼻歌を歌い始めた。
♪ 好き 好き好き 霧の都東京……
11歳の僕にとっては大人びた歌だった。でもなぜかその歌詞とメロディーはいつまでも耳に残った。やがて竹田くんと僕は駅前の映画館に着いた。そこで若者たちがオートバイで疾走する映画を観た。

それから竹田くんは、僕たちの前から姿を消した。大人になって、どこかの町のどこかの工場で働いているのだ。もう僕らのようなガキの相手なんかしていられない大人の世界へ行ってしまったのだ。

その竹田くんを見かけたのはそれから3年後、亀の湯でだった。僕は中学2年になり、野球部の友だちと湯船の縁に腰掛け、長嶋談義に花を咲かせていた。そのとき僕らに飛沫をかけながら勢いよく、男が浴槽に入ってきた。からだがひと回り大きくなっていたが、間違いなく竹田くんだった。竹田くんは僕と目が合うと一瞬笑いかけてやめた。そして他人のようなコワイ顔で横を向いた。僕も気づかぬふりをして友だちと話を続けた。数分後、竹田くんは前をタオルで隠しながら湯船から上がり、カランの前に座った。そして、その右肩から腕にかけて、線彫りながら虎の入れ墨がはっきりと浮いて見えた。僕はゆっくりと腰をずらして熱い湯船につかった。すると頭の中が真赤に燃えだした。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

Roll On Buddy ①Daddy Sang Bass ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。