VOICE③低音・女編 [noisy life]
♪涙じゃ ないのよ 浮気な雨に
ちょっぴり この頬 濡らしただけさ
ここは 地の果て アルジェリア
どうせ カスバの 夜に咲く
酒場の 女の うす情け
(「カスバの女」詞:大高ひさお、曲:久我山明、歌:エト邦枝、昭和30年)
そもそも声の高い低いはいろいろの要素が関係しているようですが、ひとつの目安としてよくいわれるのが声帯の長短。
つまり、声帯の長い人は低く、短い人は高くなるということ。
さらに、概して背の高い人は声帯も長く(つまり低音)、背の低い人は短い(高音)というのが一般的だとか。
もちろん例外は何にでもあるわけで、身の回りを見渡せば、誰しもがそうした例外的な人に思い当たるのではないでしょうか。
しかし一般的には、たしかに背が高いのにハイトーンで喋る人というのはあまり見聞きしたことがありません。
そこで女性の場合も背の高い歌手は声が低いという「定説」が当てはまるのかも。で、思いつくのが和田アキ子。
たしかに女性にしては大柄で、地声も歌声も低い。
しかし昭和の歌姫・美空ひばりは身長150センチあまりでしたが、どちらかといえば低音でした。
ということは、大柄な人の高音はあまり聞かないが、小柄な人は高音、低音いずれもいるということでしょうか。
まぁ、身長・体重無関係に低音の女性歌手を探していくことに。
女性の“低音シンガー”を探す目安のひとつに“物真似”があります。
つまり男の物真似芸人がレパートリーとする女性シンガーということです。
現在の歌真似事情にはとんと疎いのですが、かつて男の声色師に真似された女性シンガーの“御三家”といえば、一に美空、二に淡谷、三に和田アキ子。
淡谷のり子は、「高音天国」の戦前にあって、持ち前のロウトーンで異彩を放った数少ない人気シンガーでした。
とにかくシャンソンやタンゴなど洋楽系の歌が多く、「雨のブルース」、「別れのブルース」など日本のヒット今日もジャジーな服部良一の楽曲が多かった。
当時主流だった古賀メロディーもうたわないではなかったが、戦中の歌手で最も軍歌の似合わないシンガーでもありました。
“物真似”のほかにも、もうひとつ女性の低音シンガーをあぶりだすヒントがあります。
それはズバリ楽曲そのもの。つまり、低音シンガーが好む歌があるのです。
それが昭和30年につくられた「カスバの女」。
うたったのはエト邦枝。
れっきとした純日本人で、エトは彼女の本名。
当時の多くの歌手がそうだったように、彼女もまたクラシック出身。大蔵省に勤めていたという経歴も変わっている。
作曲の久我山明は韓国人で、本名は孫牧人(ソン・モギン)。ほかに菅原都々子や李成愛がうたった「木浦の涙」や菊池章子の「さよならマンボ」などをつくっています。
大高ひさおは、戦後の昭和20年代、30年代に活躍した作詞家で、代表曲はこの「カスバの女」と「銀座の恋の物語」(石原裕次郎、牧旬子)。変わったところでは昔なつかしい、トミ藤山がうたった「オリエンタルカレーの唄」もつくっている。
そもそもこの「カスバの女」、「カスバ」はもちろん「アルジェリア」や「チュニス」、「モロッコ」が出てきたり、あげくの果ては「セーヌ」や「シャンゼリゼ」まで出てくるという、まったくもって無国籍流行歌。
内容は酒場の女と外人部隊の兵士との刹那的な恋をうたっています。
まさか、アチラ方面へ日本の女性が流れていったという話はききませんし、これはまさにフィクション中のフィクションですね。
それも、戦前ゲイリー・クーパーとマレーネ・デイトリッヒが共演した「モロッコ」を下敷きにしているんでしょうね。
ただ、疑問に思うのはなんでそんな古い映画のストーリーを昭和30年に蘇らせたのかということ。それもまるで唐突に。当時リバイバル上映でもあったのか。
なんか、またまた話の軌道が大きくはずれてきているようで。
「低音シンガー」の話でした。
このエト邦枝がまず低音。
そしてこの名曲(当時はヒットしなかった)をカヴァーしている女性歌手があらかた低音なのです。
つまり、『低音シンガーは「カスバの女」をカヴァーしたがる』という“定説”。
すでに名前をあげたところでは美空ひばりがカヴァーしています。
ほかでは、もはやカヴァーというよりオリジナルにしてしまっている緑川アコ。
さらには、ちあきなおみや竹越ひろ子。
ポップス系では岸洋子、浅川マキなどなどいずれ劣らぬ低音の魅惑。
まあいること、いること女性の低音シンガー。
でも「カスバの女」以外でもまだまだいるのです。
毎度毎度の予定オーバーなので、“特別快速”で終点まで。
戦後間もなくでは「岸壁の母」の菊池章子がいますし、30年代では今なお現役の大津美子が。
またその頃のポップス系でも、築地容子、坂本スミ子、江利チエミ、浜村美智子、沢たまきとなぜかこちらは「低音天国」。
それ以外でも思いつくのが松尾和子もそうだろうし、研ナオコもかなりの低音。
Jポップはよく知らないけど、日本のニーナ、UAはそうじゃないでしょうか。
まだまだいるのでしょうが、このぐらいにしときましょう。
しかしまぁ、高音がいいか低音がいいか、というのは多分に好みの話もあるでしょうし、楽曲とマッチしていればそれでよしってこともいえるでしょうし。
とはいえ、共通認識として男は低音、女は高音というアバウトなイメージはありますね。
歌ではなく映画やテレビドラマの主人公などは、だいたいが低音ですね。
前回の「男編」でいえば裕ちゃんも健さんも哲兄ぃもみんな低音。
健さんが「唐獅子牡丹」のなかで、安田大サーカスのクロちゃんばりの高音で「死んで貰います」なんて言ったって、「おめえが死ね!」って突っ込まれるのがオチ。やはり決めぜりふはドスを効かせなくては。
いまでいえば、キムタクだって、福山雅治だってそうですしね。
高音で主役は張れるのは、昔でいえば例外中の例外の小林旭と、喜劇は逆に高音歓迎ということでの渥美清ぐらいじゃないでしょうか。
そうそう今回は低音シンガーの「女性編」でした。
上にあるように低音シンガーをラインナップしてきてわかることは、だいたいがよくいえば大人の雰囲気をもった、わるくいえば暗いイメージの歌手が多いということ。
つまり暗い歌には低音シンガーを、ということですね。
「カスバの女」がまさに、低音シンガーによくあう湿った楽曲なんだ。ちょっと人生の辛酸をなめているような、なげやりな感じのね。
それをたとえば由紀さおりばりに♪涙じゃ ないのよ なんて天井突き抜けるような声でやられた日にゃ、「カスバの女」が「春日の女」になっちゃたりして。誰だい、それ。
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