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その名は●ダニー [the name]

谷啓A.jpg


♪ヘンチョコリンな服着てても アハー
 おでぶちゃんでも アハ
 それでも それでも ボクはかまわない
 ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘 好きだよ

 ペシャリコンな低い鼻 アハー
 色はまっ黒けのけ アハ
 それでも それでも ボクはかまわない
 ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘 好きだよ
 …………
(「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」詞・曲:ヘンリー・ドレナン、歌:谷啓、昭和40年)
 
昨日、谷啓が亡くなったというニュースを聞きました。
病気ではなく事故というのが痛ましい。

石橋エータロー、ハナ肇、植木等、安田伸と(名サックスプレイヤーを忘れてはいけません)、まるで老化で歯が抜け落ちていくようにクレージー・キャッツのメンバーがいなくなります。
あれほど鮮明だった昭和30年代がどんどん退色していくような気さえします。

「谷だぁ」
「ガチョ~ン」
は流行語として子どもにまで浸透していきましたっけ。

それに「ビローン」、「あんた誰?」も。
中学の同級生がまるでとり憑かれたように連発していたのを思い出します。

ほかにも彼が主演し主題歌もうたっていた柴田錬三郎原作の「図々しい奴」、ハワイアン調で喉を鳴らす歌声が印象的だった「愛してタムレ」なんかが聞えてきそうです。
それに「かわいそうな娘」ヘンリーがつくったヘンチョコリンンなヘンテコリン娘」「小指ちゃん」なども。

ジャズトロンボーン奏者としても一流で、むかし何かの音楽番組でその腕前を披露していました。

その谷啓、もちろん芸名で本名は報道でもご存じのように渡部泰雄さん。
芸名の由来がアメリカの俳優でありコメディアンであったダニー・ケイDanny Kaye から借用したこともよく知られています。

それでは谷啓さんを偲んでダニーの歌を。
まずは彼が好きだったダニー・ケイから。彼も2年前に亡くなりました。
ダニー・ケイといえば日本でも知られているのが(いたのがっていったほうがいいかも)「五つの銅貨」The Five Pennies。

全盛時は自身のテレビショーをもっていて、さまざまなゲストと楽しい共演をしていたようです。YOU-TUBEでみつけた、サッチモベラフォンテとの共演を。

ほかでは、フィフティーズのウルトラヒット「踊りに行こうよ」At The Hop のダニーとジュニアーズDanny & Juniors 。
ケヴィン・コスナー「サヨナラゲーム」に使われていましたね。多分「アメリカングラフティ」でも。

またダニーは、ダニエルの愛称(ダンDan もそう)で、ダニー・ケイも本名はデーヴィッド・ダニエル・カミンスキーだそうです。

で、思い浮かぶのが「ビューティフル・サンデー」Beautiful Sunday をヒットさせたダニエル・ブーンDaniel Boone 。

ついでに日本じゃほとんど知られていませんが、アメリカ版“歌のおにいさん”といった感じのシンガーにダニエル・オドネルDaniel O’Donnell がいます。
トラディショナルソングからカントリー、ポップスまで何でもうたえる器用な歌手ですが、
今回は今日のテーマにふさわしいおなじみのこの歌を。

ところで、日本でも素晴らしき「ダニー」がいました。
谷啓氏? いえ彼は「タニー」ですから。ジーン・タニーなんて人もいましたが。それはそれとして。

日本の「ダニー」はダニー飯田
昭和30年代前半、ロカビリー全盛時に「ダニー飯田とパラダイスキング」通称「パラキン」として名を馳せたバンドのリーダー。

元々はハワイアンバンドで、ダニーはその花形のスチールギターを担当。
アメリカからロカビリーの波が押し寄せた30年代初頭は、日本でも多くのカントリーバンドやハワイアンバンドがロカビリーへと路線変更をするなか、ダニーも渋々時流に従ったとか。

ロカビリーというからには強烈なヴォーカルが必要で、パラキンには水原弘、ジェリー藤尾、坂本九、九重佑三子といった、あとになってみれば錚々たるメンバーが在籍。

とくに坂本九はパラダイスキングで「ステキなタイミング」「悲しき60才」「九ちゃんのズンタタッタ」などでブレイクしてからソロになり、さらには国民的歌手に。
また九重佑三子もパラダイスキングをバックに「シェリー」「ミスター・ベースマン」をヒットさせています。

カヴァーポップスの時代が終わり、多くのシンガーやバンドが解散したり歌謡曲に転向していくなか、ダニー飯田の率いるパラダイスキング、当時のメンバー佐野修をはじめとしたオールディーズバンドとして活動を続けていったのは、やはりリーダーの力に負うところ大だったのでしょう。

いつもバックでニコニコしていた物言わぬバンドリーダーも平成7年に亡くなっています。

それにしても谷啓さん、78歳とは。
そうだよなぁ、おのれの歳を考えればちっとも不思議じゃない。

むかし、谷さんの書いた「ふたつの月」という本を読んだことがあります。
子どもの頃の話から「おとなの漫画」時代の話まで、はたから見ると実にバカバカしいことをクソ真面目にやっている谷さんのエピソードが綴られているのですが、今でも覚えているのが東京オリンピックの話。

運動オンチというのかスポーツにまったく興味のなかった谷さんがテレビで、たまたま重量挙げの三宅選手(金メダル)を見ていて、スポーツに開眼する話。
バーベルを持ち上げるまで、精神統一をしたり、熊のように歩き回ったりする光景に胸打たれたのだそうです。

翌日奥さんにスポーツウェアを買いに行かせ、胸にNIPPONと書いて、当時生まれたばかりの子どもを湯浴みさせたあと、そのタライをあのウエイトリフティングの“儀式”にのっとって、持ち上げ、捨てに行くという、いかにもナンセンスな谷さんらしくて笑えました。

最後にわたしの好きな俳優・ダニーに1曲うたってもらい、今現在、青島幸男や植木等のいる彼の場所へ向かって、空を飛行中の谷さんを偲びたいと思います。


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