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その名は●ナナ① [the name]

木の実ナナ.jpg 


♪ナナ ナナ 俺が好きなら 泣くなよ お願いだ
ナナ ナナ この世に夢を 俺は抱けない 奴なのさ
ナナ ナナ たったひとつの 男の 恋だった
ナナ ナナ 涙をふいて 言っておくれ さようならと
 …………
(「ナナ」詞:岩谷時子、曲:北原じゅん、歌:克美しげる、昭和38年)

「ナナ」といえばエミール・ゾラの小説。
といったら若い人にナナで、いや鼻で笑われた。どうやら人気コミックで「NANA」というのがあるらしい。
二人の“ナナ”が登場する話で、中島美嘉宮崎あおいで映画にもなっているとか。
主題歌「GRAMOLOUS SKY」はその中島美嘉がうたっている。

それにしても「ナナ」という女性の名前、日本でもまったく違和感なくつけられている。
毎度毎度の某生保会社調べの名前ランキングだが、平成8年に「奈々」がベスト10に入っているし、昨年も44位タイで頑張っている。
ヴァリエーションの「菜々子」も人気だし、「七海」は今でもベスト10の常連。

女優・タレント陣でも榮倉奈々片瀬那奈がいるし、声優には水樹奈々も。また最近のJポップでも谷村奈南がいる。というように、「ナナ」はそうめずらしい名前ではなくなっている。

日本人のあいだに「ナナ」という名前が浸透し始めたのはフランスの作家エミール・ゾラによって著された小説「ナナ」Nana によってだろう。違うかな。
小説「ナナ」が書かれたのは1879年というから、明治維新から10年あまり後。日本でも大正時代には翻訳出版されていた。

「女優ナナ」あるいは「娼婦ナナ」のタイトルで映画化もされたが、その題名からもわかるとおり、舞台女優(大根だが)から高級娼婦になった女の性の遍歴を描いた作品。
今でいうセレブたちを手玉にとり、とりわけ何人かの貴族の男性は彼女のために身を滅ぼしていく。
ラストには……、言わない方がいいのかな。まぁ、いまどき読む人もいないでしょう。ナナ自身天然痘で命を落とすことに。言っちゃった。

驚くのは当時のフランスの高級娼婦のステイタスの高さ。もちろん彼女自身その出自に(前々作「居酒屋」のヒロインの娘)負い目を持っているのだが、それでも貴族と対等にやりあうのだから。むしろナナの前でひれ伏す(いろいろな意味で)貴族もいたりして。

日本の江戸時代にも吉原に「高尾大夫」なんて超高級娼婦がいたが、フランスのナナ嬢はその一方で気が向けば一文無しの男に対しても愛を施すという“優しさ”。さらには未成年ともことに及ぶ“淫行”さえもいとわない。まさに感情、気分の赴くまま。
これを “淫乱”ととるのか“博愛”ととるのか。

印象的なのはラストシーン。
骸と化したナナが横たわるホテルにかつて彼女に関わった男女が集まってくる。このことでも、彼女がいかに多くの周囲の人たちに好悪ふくめた影響を与えていたかがわかる。

心底悲しむ者、うわべだけの者様々だが、そんな喧騒とは別に通りでは「ベルリンへ! ベルリンへ!」と叫ぶ者たちがいる。そう、時まさに普仏戦争が勃発しようとしていたのだ。
時代の大河はひとりの娼婦の死などとるに足らぬといわんばかりに凄い勢いで流れていく。

日本でゾラの「ナナ」がよく読まれたのは昭和も30年代あたりまでだったかもしれない。
「ナナ」に限らず、40年代以降は古典外国文学を読む人が減っていった。数年前ドストエフスキーが売れているということが話題になったので、「ナナ」もそのうちスポットライトが(当たらねえだろうなぁ)。

とにかく、「ナナ」という女性名が日本に上陸し、その可愛くて語感も良いのにもかかわらず「マリア」や「アンナ」のようには我が子に命名する日本人はいなかったのではないだろうか。そりゃそうだよね、生まれていきなり“娼婦”じゃ。

にもかかわらず100年もしないうちに、日本に「ナナ」の増えたこと。これには何かキッカケがあったはず。

独断でいえば、やはり日本の「ナナ」こと木の実ナナの影響が少なからずあったのではないだろうか。もちろん彼女の生業はテレビドラマに舞台にと活躍するベテラン女優でありシンガー。

歌手デビューは昭和37年の7月、15歳というから中学3年生。
中尾ミエより3カ月遅く、梓みちよよりは早い。

元々父親がトランペッターで、幼いころからそうした音楽や芸事への志向があったようだ。芸能界へ入るキッカケは渡辺プロのオーディション。
当時、「ナナ」なんていう名前の日本人はおそらくいなかったのでは。もちろん芸名で彼女の本名は池田鞠子。

なんでもデビュー曲をつくった作曲家・菊村紀彦が命名したとか。
いつもセーラー服で“着のみ着のまま”だったから「木の実ナナ」。というのが通説だが、どうやらそれは後づけの“シャレ”らしい。というか、小説「ナナ」からと言ったのでは、新人のイメージとしてふさわしくないと考えたのでは。実際にはその作曲家、ゾラの「ナナ」からヒントを得たそうである。

そのデビュー曲「東京キカンボ娘」はヒットしなかったが、彼女の明るく前向きなキャラクターが買われてその年のうちにテレビの新人オーディション番組「ホイ・ホイ・ミュージックスクール」の司会に抜擢。

カヴァーポップス全盛期で、彼女のバタ臭い(死語だね)顔は時代にマッチ(死語かね)。
ヒット曲といえるものがないのが残念だが、イタリアンポップスの「太陽の下の18才」「若草の恋」はそこそこ巷に流れていた。

最高時視聴率50%越えという「ホイ・ホイ・ミュージックスクール」(土曜日の午後7時半から30分)は2年以上続いた。

番組が終わるのとカヴァーポップスのブームが去るのが重なり、さらに巡業中にタレント生命を絶たれかねない交通事故に遭遇したりでナナちゃん低迷期に。

しかし、努力とバイタリティではだれにも負けないナナちゃん(物語風になってきました)、ミュージカルに活路を。劇団四季の「アプローズ」のボニー役をオーディションで勝ち取る。その後は細川俊之との二人芝居「ショーガール」がヒット。押しも押されもしないミュージカル女優に。

その後は映画やテレビドラマでも主演をこなし、いまだ健在。
映画といえば思い出すのが「男はつらいよ・寅次郎わが道をゆく」。彼女は“マドンナ”でSKDの踊り子役。浅草とは隣の墨田区で生まれそだった彼女にとってSKDは憧れだったとか。ハマリ役過ぎていささかオーバーヒート気味だったが、元気ハツラツでせっかちな演技?は、寅さんの上をゆく三枚目の武田鉄矢ともども印象に残った。ずいぶん山田洋次監督にシゴかれたらしいが。

いまや女優業主体となってしまった木の実ナナだが、たまにはCDも出している。
そのなかで最大のヒットは五木ひろしとのデュエット「居酒屋」だろう。
♪絵もない花もない 歌もない飾る言葉も 洒落もない そんな居酒屋で
阿久悠の詞が印象的。「ナナ」で「居酒屋」なんてシャレすぎてる。

ほかでは西島三重子作曲の「うぬぼれワルツ」、宇崎竜童、阿木燿子「愛人(アマン)」などもよかった。

残念なのはナツメロというかオールディーズ番組になぜかほとんど出ないこと。封印するわけがあるのかもしれないが、ファンとしてはホイホイ時代のカヴァーポップスをぜひ聞いてみたいのだが。

話が元に戻らなくなってしまったので強制Uターン。
上に詞をのせた克美しげる「ナナ」も木の実ナナのデビュー後の発売。「ナナ」は可愛い女としてうたわれている。

つまり、木の実ナナが「娼婦ナナ」のイメージを払拭したから日本の流行歌のヒロインにもなれた、というのは肩入れが過ぎるかな。
少なくとも、「ナナ」という名前に親しみを持てるようになったのは木の実ナナの存在があったからだろう。

昭和49年には美川憲一「ナナと云う女」が発売されている。
♪あとはブルースうたっていた ナナというのは ナナというのは そんな女
「恋にも、夢にも、お金にもついてない」と、不幸を絵に描いたような女だが娼婦ではない。

前述したように「居酒屋」はデュエットソングの定番だが、ぜひ聴いてみたかったのが坂本九とのデュエット。作詞、作曲は永六輔、中村八大のコンビで。
そうなると「ロク、ナナ、ハチ、キュウ」になったのに。


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tsukikumo

木の実ナナ、一人GSマニアには「恋のかたみ」(筒美京平作品、ミニミニロックのB面)「恋は宝」(鈴木邦彦作品、ともに1967)あたりが受けてます。
客観的には、このひとはなんといっても「出雲阿国」でしょうね。私的には2時間サスペンスの古谷一行、火野正平とのトリオで、温泉刑事シリーズでしたが(汗

by tsukikumo (2009-06-04 20:40) 

MOMO

tsukikumoさん、こんにちは。

「恋のかたみ」はボサノバ調に無理がある歌謡曲ですね。その無理矢理感がおもしろいのでしょうね。
「恋は宝」はもろGSですね。さすが鈴木邦彦。

GSっぽいっていえば「一人で歩きたい」もなかなかですね。作詞作曲が三橋美智也の「お花ちゃん」のコンビというのもスゴイ。

by MOMO (2009-06-06 21:56) 

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