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UNDER YOUR SPELL AGAIN② [story]

中華街9.jpg

真次くんからの突然の手紙。そりゃあもうびっくりしたね、彼女。はじめは誰かの悪戯かと思ったらしい。そっちのほうが突拍子もないことだけど。

で、その手紙には2年前に仮出所したこと、それまでの生活を清算するためにS市から離れたこと。そして保護司のすすめでこのF市で暮らしはじめ、現在隣町の印刷工場ではたらいていることなんかが綴られていたそうな。
そして、2週間前の日曜日、F駅の前で偶然恵子さんを見かけ、声をかけようと思ったがなぜか躊躇われ、後をつけてこのアパートを知ったと書いてあり、ぜひ会いたいからって、場所と日時を添えてあったとさ。

〈ウソだわ。ウソよ。ウソに決まってる。そんな偶然なんかあるはずないもの。でも、何で、何でここがわかったの……なんで……〉

かつての恋人同士が別れ、お互いに新しい世界を求めてそれまで住んでいた街を出る。そしてなかば恣意的にたどり着いた“新天地”が同じだったなんて。たしかに不自然っていえばそうかもね。彼女の疑う気持ちわかるよ。

手紙を読み終えて恵子さん呆然。しばらくして突然手紙を引きちぎり、近所迷惑顧みず泣き喚いたね。そりゃそうだよね、ストーキングされているんじゃないかという不安、また以前の辛い生活に引き戻されるんじゃないかという恐怖。まるで蜘蛛の糸に絡めとられた虫のような絶望感でとり乱したんだと思うね。

2度目の“遁走”も考えたけど、4年前の若さはなかった。やっと慣れた街、生活と一体となった仕事。また人生を白紙に戻す気力も体力もないって。……当然だよ。

しかし、わからないもんだ。女、いや人間の考えってヤツは。手紙を受け取ってから2日、3日と時間が経つにつれて、恐怖感が薄らいでいく。それと同時に懐かしい幸せだった日々が甦ってくる。かなり美化されたりして。そしてしまいには、

〈そういえば、真ちゃんが手紙を書いたなんて見たこともないし聞いたこともないわ。もし、本当にわたしを昔の暮らしに引き戻そうとしているのなら、そんならしくない方法をとるかしら……。いきなり現われてわたしを捕まえてしまえばすむことじゃない。真ちゃんもためらっているんだ。以前の真ちゃんじゃない……。刑務所で辛い思いをしたんだ、きっと……〉

オイ、オイ。なんでそんなに簡単に考えを変えちゃうかね。ブレるかね。おまえさんには信念ってものがないのかね。まぁ、信念必ずしも平和をもたらさずだけど。なまじの信念があったばかりに不幸になったり、優柔不断のおかげで災難から免れたりってこともあるこたぁあるからね。だから一概には言えないんだけど。

まぁ、自分の気が済むように会ってきなよ。
4年という時間がどれだけあんたを成長させているか、真次くんがどれだけ変わったのか、自分の目で確かめてきなさいって。

そして日曜日の午後。恵子さん時間どおり約束の喫茶店のドアを開けたね。
一見クールを装ったその顔。でも、ボクボクという爆発しそうな心臓の鼓動が聞こえてきますよ。

ボックスはほぼ満席だったけど、奥の窓側の席に彼が座っているのをすぐに見つけた。
その第一インパクト。
〈痩せた……。精悍になってる……。カッコいい……〉

「よお。……来てくれると思ってたよ。まぁ座れよ」
〈笑顔が変わらない……。いえ、まえよりステキかも……〉
「なにか頼めよ。ジンジャエール? それともコーラ? そう、じゃコーラね」
〈わたしがコーヒー飲まないこと覚えてくれてたんだ。ウレシイ。困った、涙が出そう……〉

「相変わらず無口だナ。……ちょっと太った?」
〈ヒドイ。なんで久しぶりに会ってそんなこと言うのよ。4日間で痩せるなんてとてもできないもん。でも、その言い方、ちっとも昔と変わらない〉

「やっと笑ってくれたナ。来たときからずっとコワイ顔してたから……でもよかった。……知ってると思うけどオレもいろいろあってナ。おまえ、いやアンタだっていろいろあったんだろ?」
〈いいよ、おまえで。アンタなんて言わないでよ、悲しくなるから〉

「まぁ、いいさ。手紙にも少し書いといたけど、真面目にやってんだ、オレ。でもまさか、この街で会えるなんてナ。こんな偶然あんだナ。奇跡だよナ」
〈ウソばっか。どうやって見つけたのよ、わたしのこと。きっと誰かから聞いたんだ……〉

「で、いまどうなんだよ?」
〈えっ? 何のこと?〉
「黙ってないで正直に言ってくれよ。4年も別々だったんだからどんなことがあったって不思議じゃないしナ……」
「何のこと?……」
「何のことって、その、誰か付き合ってるヤツいるんだろ?」
「…………いない。そんな人……」
〈バカ、バカ……なんでいるっていわないのよ。なんで正直に言っちゃうの〉
「ほんとに? そうか……。ずっと? 4年間? なんで?」
〈なんでって……。なんでって……。わかんないよそんなこと……〉

「ま、いいや……。少しは期待してたんだ。いや、そうであってほしいって思ってたんだけど、そうだったんだ……」
〈あの嬉しそうな顔。ほんとに喜んでくれるのね? ほんとにわたしがずっとひとりでいたことが嬉しいのね? ……ダメ。だまされちゃダメ。あの時にはもう戻りたくないし……、絶対に戻りたくないし……、死んでもイヤ……〉

「なに泣いてんだよ。やめろよ。オレが泣かしてるみたいじゃないか」
〈そうよ……、あんたが泣かしてるのよ。ウェー…………、あんたなんか嫌いよ……。
真ちゃんなんて大嫌いよ……。ウウウェー……〉

「やめろって。泣くなって。……頼むから泣かないでくれよ。……えっ? なんだって?」
「…………いるの?」
「ああ、オレに彼女がいるのかって?」
〈なに訊いてるの、わたし。そんなことどうだって関係ないじゃない。バカだわ〉
「いるわけないよ。いたらこんな所へおまえ、いやアンタを呼び出しなんかしないしナ」
〈アンタっていわないでってば。……でもウレシイ……。ダメ、ダメ。なんでわたしってこうなの。すぐ信じちゃうの。そんなことでダマサれませんからね〉

「ねえ、メシ食った? そうオレもまだなんだ。このすぐ近くにウマい中華料理屋があるんだけど、どう? そう、じゃあ出ようか」
〈なにすぐにうなずいちゃうのよ、わたし。ご飯なんか食べられる状態じゃないじゃない。4年ぶりに逢って、お茶のんで、食事してってこれじゃなし崩しじゃない。信じられないよ、わたしって〉

「ちょっといい店だろ。たまに来るんだ。ランチがウマいんだ。今日はーと、……酢豚だな。おまえ、いやアンタ何にする? えっ? いいんだよ別のもの頼んだって。そうか、じゃあランチふたつ……」
「…………」
「おい、なんだよまた泣きそうになって。頼むからよしてくれよ。……もしかして、嬉し涙?。なわけないよな、ハハハハハ…………」

〈思い出したのよ。あの頃よくあたしが仕事に行く前、中華街でご飯食べたよね。そうそう、ホラ、注文するものがよく同じになったことあったじゃない。真ちゃんがうま煮っていうと「わたしも」っていうの。そうすると真ちゃんは「マネすんな」って怒って。で、わたしが海老そばっていうと「オレが海老そば食おうと思ってんだから、オマエ他のものにしろよナ」なんてね。
ホラ覚えてる? フフフフ……、中華丼にいつも大きなシイタケが入っていたわよね。真ちゃんシイタケが大嫌いでさ、必ずわたしの皿に投げてよこすのよね。で、わたしも昔からシイタケが大嫌いだから、わたしの分と2つのシイタケを灰皿に捨てたっけ。こんなに好みが似ている人、生まれて初めてってあの時思ったもの……〉

「ウマそうだろ? 食えよ」
〈あっやだ、この酢豚、大きなシイタケが入ってる……2つも。あっ、なんで? なんで真ちゃん、シイタケ食べてるの? あんなに嫌いだったじゃない? どうなってるの?〉

「どしたんだい? ウマくないのか? じゃ、腹へってないのか? じゃなんで?」
「……真ちゃんこそ、なんで……、以前シイタケ嫌いだったんじゃ……」
「ああ、コイツか。これが食ってみると結構ウマイんだよナ。はじめはニオイだけで毛嫌いしてたけど、よく噛みしめて食べると結構ウマいんだ。……まぁ、好き嫌い言ってられる状況じゃなかったしナ。……厭な所だったけど、オレにとったら知らなかったことをいくつも気づかせてくれた場所だったしナ。このシイタケもそのひとつさ、ハハハ……」
〈……そうだったんだ。……そうだったんだ、知らなかったよぉ……〉

「なにまた泣いてんだよ。飯がまずくなるから泣くなって。なんだよ、さっきから。以前、そんなに泣き虫じゃなかっただろ?」
〈真ちゃんのせいよ、あんたのせいなんだよぉ……。あたしだって、あたしだってシイタケぐらい食べてやる。食べてやるよぉ〉

「おい、無理すんなよ。おまえだって嫌いだったじゃないか。なんでヤケおこしたみたいに泣きながらシイタケ食べてんだよ」
〈おまえって言ってくれたよぉ……ウレシイよ。……でもマズイよぉ、マズイよぉ。噛めば噛むほどマズイよぉ……。大嫌いだよぉ、シイタケなんて大嫌いだよぉ……でも、でも、好きになりたいよぉ……。好きになってやるよぉ……〉
「やめろって。泣くなって。わかったからもうシイタケ食うなって……。そんなコワイ顔するなって……」

4年ぶりの再会。涙の再会になっちゃったけど、ちょっと予想とは違ったなあ。
それからふたりはどうなったかって? そいつは私には分からない。なにしろ私の役割はふたりを逢わせるまでだから。
えっ、私が何者かって? それもわるいけど内緒なんだ。ご想像におまかせってことでひとつ。
何? もしかして“幸福の使者”じゃないかって?
……どうですかね。もしかするとその反対かもしれませんぜ。へへへへへへ……。

THE END

UNDER YOUR SPELL AGAIN
元々バック・オウエンスBUCK OWENS がヒットさせた曲。
二度と逢わないと誓った相手なのに、その魅力にまた恋の虜になってしまいそうだというラヴソング。残念ながらYOU-TUBEにはありませんが、ホンキー・トンキーなスキーター・デイヴィスSKEETER DAVIS盤がイカしてます。ロカビリーならドワイト・ヨーカムDWIGHT YOAKAM。


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