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UNDER YOUR SPELL AGAIN① [story]

上野アベック1.jpg

日曜日の朝、いい天気だ。モルタル造りの半分朽ちかけたアパートの2階。三分ほど開けられたガラス窓から見える部屋の中に若い女性がひとり。まるで覗きだねって? まぁ、これには少々事情がありまして。
話を続けますよ。よござんすか。
いままさに三面鏡の前で外出着を身に着けて自分と対峙している女性。これが恵子さん。

なんでそんなにコワイ顔をしているんでしょう。
自分とのにらめっこに負けるとため息をつき、手にした手紙を広げてみる。その手紙はいくつにも破ったあと、セロテープで補修してある。ワケありだぁ。
そして、ホラ、また鏡の自分を睨みつけはじめた。同じことを何度も……。

アラアラ、洋服を脱ぎはじめました。やっぱり出かけるのやめちゃうの? ダメダメ、昨晩あれだけ考えて決めたことでしょうが。……そうそう、そうですもう一度着なおして……そう、そうしてくれなくちゃワタシの立場も。

ところでみなさん、つかぬことをお聞きしますが、生まれてこのかた我を忘れてしまうような恋をしたことがありますか。一瞬にしろ「自分の人生と引き換えてもいい」「死んでもかまわない」なんて思う恋なんですけど。

なかなかそこまでは……、というのが多数派でしょうし、ましてやその恋を成就できるひとは数少ないのではねぇ。さらに言うならば、たとえその恋を実らせたとしても、それが己の肉体が滅びるまで続いていくなんて保証は有馬温泉。やっと手に入れた恋の果実は意外に渋かったなんてのが関の山だったりして。

実は恵子さん、6年前にそんな恋をしてしまったんですねぇ。
6年前といえば恵子さん18歳。故郷の酒田から川崎はS市の製パン工場へ就職してきた年。相手は彼女と一緒に入社した同僚、真次くん。
映画スターのAに似ているって先輩の女工さんも騒いだという色男だって話。

恵子さん、言っちゃわるいが容姿も性格もそんなに目立つという存在ではない。それにこれが生まれて初めての恋ときちゃ。冷静にみればライバル多き「恋のレース」にとても勝ち残れるとは思えない。野球のドラフトだったらおそらく多分の「指名なし」。

ところがところがジョージさん。
男と女の関係なんてわからない。もいちど野球で言やあ逆転満塁サヨナラホームラン。
モテモテ男の真次くん、言い寄る数多の女性の中からなんと恵子さんを逆指名。
「ええ?」「何であの娘?」「おかしいよ」「どこが?」「どうかしてるんじゃないの」とは恋のバトルに敗れた女性の方々の弁。

恵子さん桂昌院かシンデレラかというほど有頂天にそりゃそうだ。まぁ恋愛若葉マークの彼女としては無理からぬことなんですが、話はまだ終わらない、人生は長い。いいときは短いってこれは自分のこと。

よく女性は「恋をするとキレイになる」っていうけど、これは正解のようです。
恵子さん、真次くんとつき合いはじめて、みるみる変身。ヘアスタイル、化粧から洋服、アクセサリーまで流行の最先端。暇さえあれば流行雑誌と首っ引き。故郷の懐かしき訛り言葉もいつしか都会言葉に。

それもこれも恵子さん、「真次命」がなせるワザ。すべて愛する彼の傍にいたい、嫌われたくないの一心。いいじゃないですか、女ごころ。

「遊びがすべて」、「恋愛が至上」の2人にとって仕事は二の次、そのうち実生活なんてクソくらえ。まずは真次くんが、遅刻・欠勤のリミットを越えて退社の運びに。その三カ月後には恵子さんが後を追うように。結局二人とも地道な工場勤めが2年もたなかったってことに。

で、ねぐら失くした男と女が身を寄せ合って暮らすのは自然の理。
ところがバカな男はまだ夢の中。それどころか、ますます夢の森深く分け入っていくってえから始末におえない。そこはまだ女のほうが現実的だわな。

真次くん工員時代に覚えた麻雀、パチンコに加えて競輪、競馬に覚醒。みごとバクチ蟻地獄へと真っ逆さま。近くの工場で電化製品の組み立てをしていた恵子さんひとりの稼ぎじゃ2人の生活が成り立つわけがない。

うら若き女性がロクデナシと一緒にいようと思ったら、進むべき道は決まってくる。恵子さん、不本意ながら彼のためにと夜の世界へデビューと相なりにけり。

そのうち彼にも運が向いて、道で拾ったような話から仕事をはじめ、それがアレヨアレヨという間に軌道にのっての大成功。……なんて話は落下する隕石にぶち当たるほど難しい。

恵子さんが働けど働けど2人の暮らし楽にならず。立ち止まってじっと手を見る余裕もなければ、彼への想いいまだ熱く、自分たちの状況を客観的に見ることなんかできない。

ギャンブラーを気取った真次くんだが、いつまでたっても成長しない。勝った負けたで一喜一憂しているうちは、いっぱしのギャンブラーとはいえないんだよね。
勝ったときはいいけれど、負けとなると最悪。まるで恵子さんが不運を連れてきたかのように詰り、罵り、挙句の果ては暴力三昧。こうなったらもうヒモ以下。人非人のウジ虫野郎。そこまで言ったっておつりがくるぐらい。

それでも彼から逃げ出そう、離れようとしない女の気持ちって何なんでしょうねぇ。ひと言で「らぶいずぶらいんど」なんていいますが、コワイですねぇ恋ってヤツは。

そんなこんなの地獄の生活で一年過ぎた頃。2人にとって大変な事件が起こった。

なんと真次くんが警察に捕まってしまったのだ。
なんでも、遊び友だちと2人で通行人を殴って怪我をさせたうえに金を奪ったというから穏やかでない。それも暴力をふるったのは真次くんだと。

でも恵子さんは思ったね。真次くんと一緒に捕まった男は彼の兄貴分で、その男が彼を唆したのだと。実際に殴ったのもその兄貴に決まっているって。本当のところはどうなんだか。

で、真次くんが留置された翌日、故郷に住む姉が飛んできた。もちろん恵子さんとは初対面で、「真次がこうなったのはアンタのせいよ!」と言わんばかりに、あからさまな敵意をみせたとか。おかげで恵子さん、留置所へ面会にもいけなかったそうな。辛い話だ。

恵子さんアパートの部屋にポツンとひとり。
テレビを見ていても掃除をしていても浮かぶ想いは彼のことばかり。そうすると涙がホロホロホロととめどなく。他人と顔を合わせるのが辛くて店も休んだって。そりゃそうでしょう。大好きな彼のいない部屋なんてそれこそ留置場と変わらない。

そんなこんなで恵子さん、寝ては涙、起きてはまた涙の日々が3日、4日と。
そして真次くんが居なくなって5日目の午後、泣き疲れて微睡むうち妙な考えが浮かんできた……。

〈……いまがチャンス。真ちゃんはもうダメ。帰ってきたらまたギャンブル、浮気、暴力。あんな辛い日がいつまでもいつまでも続くんだ。わたしがいくらガンバってももうダメ。もう立っていられない……。もうあの人のこと好きでも何でもない。わたしがバカだったんだ。チキショー、あいつのせいで、あいつのせいで……〉

何がどうしたってわけ? 分かんないもんだよ女の気持ち。この逆立ち現象は何?ホワットハプンドってなもん。
翌日、アパートから恵子さんの姿が消えちゃった。もちろん店からも。そして街からも。


それから4年が過ぎ、恵子さん、千葉のM市で暮らしていました。
S市を出てから、電車を乗り継ぎ、当てずっぽうで降りたのがM市。そこにそのまま居ついたって、半ば投げやり人生。それでもどうにかこうにか再出発が始まった。

幸い仕事はすぐにみつかった。電信柱の貼り紙で訪ねた水道工事会社の事務員だってさ。慣れない仕事で、始終叱られどうしだったけど、愛想笑いで自分を騙し騙しの夜の世界よりはどれだけ気楽だったことか。
狭いアパートも借りて、まるで恵子さん自身が犯罪の過去をひきずっているかのような、「責任者出て来い」って言いたいぐらいの慎ましやかな暮らし。

M市に来て半年あまり経ったとき、風の便りで真次くんに懲役3年の実刑判決が下ったことを知ったそうです。そのときはやはり涙をこぼしたってさ。かつて愛した男への未練の最後のひと絞り。決別の涙……だと思ったんだけどね。

4年って簡単にいうけど長いよね。
仕事もなれて。職場の仲間との意思疎通もなめらかに。その間、社員の何人かから交際を申し込まれたこともあったし、社長から見合いをしてみないかと言われたこともあったようだけど、どの話も前向きになれなかった。

〈自分なんか男の人と付き合っちゃいけないんだ。あんな分相応な恋なんかするから……。あたしは生まれつき男の人を不幸にするようにできてるんだ。真ちゃんのお姉さんのいうとおり。あたしなんか、いつか病気になってアパートでひとり誰にも気づかれず……、ってそういう運命なんだ、きっと……〉

えっ? たった一度の失恋体験で、そこまで後ろ向きになるかねぇ。まぁ、新人ボクサーがデビュー戦でKO負けしたようなものか、って例えが雑? 

そんな新しい生活にもどうやら慣れた矢先、春一番が吹いた日のことでした。真次くんからの突然の手紙が舞い込んだのは。


UNDER YOUR SPELL AGAIN
(主役より目立っちゃだめだろ、彼女)


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