BLACK/黒い瞳① [color sensation]
♪ 輝くは汝が瞳 惑わしの黒き色
今もなお 忘られぬ 思い出の瞳
汝が黒きその瞳 底知れぬ海の色
黄昏に夢見るか 憧れの汝が瞳
輝くは汝が瞳 惑わしの黒き色
(「黒き瞳」訳詞:堀内敬三、曲:ロシア民謡、歌:ボニー・ジャックス)
「黒い瞳」はロシア民謡。
はじめて聴いたのは小学校低学年の学芸会(いまでもそう呼ぶのかな)のとき。
それは6年生の劇で、題名や内容は覚えていないが、その一場面だけを鮮明に記憶している。
ウグイスだったか、とにかく鳥の顔をかたどった帽子を被った主人公の男子が寂しげに歌うシーン。
♪うつくしい ひとみです……
とにかくその“寂しい”歌が印象に残った。あとで分かったのだが、その歌が「黒い瞳」だった。いつどうやって判明したのかは記憶の底。
その「黒い瞳」がロシア民謡であることが分かったのはさらに後だったと思う。
ただ、その頃ラジオからは、♪りんごの花ほころび 「カチューシャ」とか♪雪のしらかば並木 「トロイカ」という歌が流れていたことはたしか。
そして音楽の授業で「ボルガの舟唄」や「ステンカ・ラージン」を習ったのは小学校だったか中学校だったか。
「『黒い瞳』なんか聴き飽きたね。『黒い瞳の』ってヤツを聴いてみろよ」
などと生意気なことを言っていた妙に大人びた学級委員の顔を思い出す。
「黒い瞳の」もロシア民謡で、独唱向きなのか今ではこちらの方をうたうシンガーやグループが多い。
いずれにせよ昭和30年代という時代は、ロシア民謡がいまよりもはるか身近にあった。
広大な地域にわたるロシアにはスラブ人をはじめ、多くの民族が住んでいて、それぞれの地域で、世界人類共通の農作業や祭祀のためのフォーク・ソングが生まれただろうことは想像がつく。帝政時代の16世紀には、ロシア民謡の特徴のひとつでコサック合唱団や赤軍合唱団にみられる独唱と合唱が混合する歌唱様式もすでにかたちづくられていたという。
ただ、日本でいう「ロシア民謡」とは、そうしたフォーク・ソングがベースになっている唄もあるが、「ともしび」や「カチューシャ」、「バルカンの星の下に」のような20世紀、つまりソビエト連邦時代につくられたポピュラー・ソングもふくまれている。ということは民謡によくある“作者不詳”ではなく作詞作曲者が明記されている曲も多い。
さらにいえば、日本の場合「ロシア民謡」は、戦後の「歌ごえ運動」さらには「歌ごえ喫茶」とともに広まったもので、そこには社会主義国家ソビエトへの憧れがあった。したがって、その歌は「カリンカ」や「赤いサラファン」のような叙情歌ばかりでなく、「仕事の歌」などの労働歌も少なくなかった。
そのほかにも「コロブチカ」、「ポーリシュカ・ポーレ」、「一週間」、「すずらん」……と日本人に好まれたロシア民謡は多い。
ロシア民謡につきものの楽器といえばバラライカだが、「歌ごえ喫茶」でもおなじみのアコーディオンやタンバリンも欠かせない楽器になっている。
で、「黒い瞳」だが、メロディーはロシアに住むロマ(ジプシー)によって演奏されていた民謡だという。そして、原詩は19世紀中盤、ウクライナ人のエヴゲーニイ・グレビョンカによってつくられた。黒い瞳に恋い焦がれる男の気持ちをうたったもので、上にのせた堀内敬三の訳詞も、ほぼその内容を伝えている。
なお、昭和30年代には題名を「黒い目」としていたものもあったが、現在では「黒い瞳」になっている。
また堀内敬三には、
♪ 黒い目 君の目よ 狂おしく 燃える目よ
いつまでも まぼろしに うかぶのは 黒い目よ
という別の訳詞もある。
そのほか、
♪ 美しき黒い目よ 燃え立てる君が目よ
焦がれては忘れ得ぬ わが君の黒い目よ
という門馬直衛の訳詞もある。こちらはダーク・ダックスが歌っている。
戦前に「黒い瞳」がうたわれたかどうかは不明だが、昭和10年にディック・ミネが歌った♪黒き汝が瞳 なやましや という「黒い瞳」はストーンGregory StoneとホーリックHarry Horlickの作詞作曲によるタンゴのカヴァー曲。間奏としてロシア民謡「黒い瞳」がつかわれている。
また昭和4年に二村定一がうたった「黒い眸」は堀口敬三作詞作曲のオリジナル曲。この歌はまた「黒い瞳よ今いずこ」という題名で天野喜久恵や田谷力三によって歌われている。
そのほか最近(でもないか)では、♪黒い瞳 アモーレミオ というロマミュージックの香りが漂う佐藤隆の「黒い瞳」もある。
残念ながら♪美しいひとみです…… というわたしが聴いた歌詞はない。空耳だったのか、はたまた演劇用に作詞されたものなのか……。永遠の謎。
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