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COME RAIN OR COME SHINE [story]

 路地.jpg

『……わりいね、お代わり……』
「ハイ、ただいま……」

2杯目のジン・トニックを飲み干したのが“若旦那”こと野中熊男さん。
表通りにある扇子問屋「稲村」の三代目。46才で独り者。それはどうでも。男前なんだけど、江戸っ子風吹かせて、他人の“辛口批評”をするのが玉にキズ。そんなところが女性が寄りつかない原因に……。それもどうでも。

み月前にお袋さんが亡くなって、以来めっきり元気がなくなっちゃった。
この桜小路のお姐さん方に言わせると、「軽口が減ってちょうどいい具合」って言うんだけどやっぱりらしくないものなぁ。

この若旦那よくいえば大変な母親思い。でも桜小路の小雀たちに言わせると“マザコン”。
結婚しないのは母親以上の女が現れないからと近所ではもっぱらの評判。
それぐらいだから、母親の死はショックなんてもんじゃなかった。

葬式に出た人の話じゃ、出棺のとき、「おかあちゃん、おかあちゃん」って棺に抱きついて離れようとしなかったって。「50になろうって男が、まるでガキみたいに……」ってその人は言うけれど、母親にとったら50だろうが60だろうが、息子はガキに違いないし、その逆もまたありでしょ。

でも、49日も終えていくらか元気を取り戻したみたい。
この店もそうだけど、あちこちの店に顔を出すようになったのがその証拠。

ただたしかに、以前と比べて口数が減ったね。
黙ってグラスの中の酒を見つめてる。いくらかやつれたせいか顔つきだって変わってきたもの。

以前もしゃべり疲れてしばらく黙っていることはあったけど、そんなとき「あ、この人なんも考えてないな」なんて思ったけど、今は違う。なんていうのか、なんかとてつもなく難しいこと考えてるんじゃないかって思っちゃう。そう、思索的っていうのか、哲学者みたいな顔してることがあるんだな。えっ? 哲学者の顔を見たことがあるのかって? それがないんだなぁ。
まぁそれはいいけど、この店の斜向かいの「マリアンヌ」にこないだ来たばかりの娘なんか、以前の若旦那を知らないから「シブくってカッコイイ」だなんて。

『…………』
ほら、ああやってちょっと小首を傾げて口をちょいと歪めて、視線を60度ぐらいに上げてって、あれ、あれがそのポーズ。たいがいは、そのあと何かをのたまうんだよね。ホラね……。

『マキちゃんさぁ、結局人の一生ってえのか、つまり人生ってのは豚の夫婦みてえなもんだね』
「はぁ……?」
『トントン、つまりプラスマイナスゼロってことよ』
「なるほど……、ハイお待ち」
『ありがとよ。……お袋だって若い頃は粋筋じゃ、ちったぁ知られたおあ姐さんでさ、それを親父に見初められて扇子問屋の女将さんに。他人は玉の輿だのなんだのって言うけど、そんなもんじゃない。親父の遊びにゃ泣かされ、姑にゃ苛められーので……』

ヤバイヤバイ、若旦那眼にいっぱい涙ためちゃって。

『アタシや珠恵がいなかったら、とっとと家おん出ちまってたって、よく笑いながら話してたっけな。アタシと妹を大きくすることだけを生き甲斐にしてたってよ……。わかる? マキちゃん』
「いやあ、話に聞いたりテレビで見たことはありますけど、ホントにそういう女の人っているんですね。むかしの女っていうのか、いや、むかしのっていっても」
『いいんだよ。そうよ。むかしの女よ。今の若い娘にゃとってもできないね。今なんかみてみなよ、姑にだって負けちゃいないもん。へたすりゃ逆に苛めたりなんかして。旦那の浮気に対してだってそうだよ。速攻離婚ってヤツよ。おまけに慰謝料ガッポリいただき山ってぐらいなもんで』

「でも、晩年は幸せだったんじゃないですか。若旦那みたいな孝行息子さんに恵まれて」

『うれしいこと言ってくれるね、マキちゃん。だから、この店へいのいちばんに来ちゃうんだよなぁ。このウバ桜小路をハシゴするんだって、まずはいろはのいの字の「イザベル」へってなもんよ。なんたってこちとらぁ、そのあと“年増苑”へ戦いに行こうってえ命知らずの戦士よ。戦の前に心を落ち着けられるとこったら、この店っきゃないのよ、わかる?』

調子でてきたぞ、若旦那。
「そんなに落ち着きますか。ただ暇でお客さんがいなくて静かだってことじゃ……」

『だめだめ、マキちゃん。ものごと何でも考え用。ホラ、あのシミの走った壁でもさ、角の禿げたテーブルでもさ、くすんで変色しちゃったようなカーテンでも、流行らなくて儲からないから模様替えできないなんて思っちゃだめ。アンティークな雰囲気をいまに残すって、そう考えなくっちゃ。実際、このカウンターに座ったとたん、古き良き昭和の時代へタイムスリップできるんだぜ。そんな店、そんじょそこらにゃない』
「……ほめていただいてるんですよねぇ?」

『あたぼうよぉ。このウバ桜小路の年増連中だってみんなそれが目的で来てるんだぜ。落ち着けるって』
「まぁ、なんだか会員制みたいだけど、ウレシイですよね、そう言っていただけると」

『それでさ、さっきの話の続きだけど、……どこまで話したっけ……』
「若旦那のお母さんが晩年幸せだったって……」
『そうそう、それよ。まあ、婆さんも死んじゃって、親父も若い頃の元気はなくなってすっかり色気が抜けちゃうし、こんな与太郎でも息子が跡を継ぐ気になってるし、ここ10年ちかくは自分のやりたいような切り盛りができたんじゃねえのかなぁ、お袋も。……そう考えりゃ、若い時分の苦労も帳消しよ。んで人生トントンってこと。だろ?』
「そうですねぇ。いいことばかりはないけど、わるいことばかり続くわけでもないってことですかねぇ」

って言ってみたものの。ほんとにそうだろか?
やることなすことマイナス、マイナスで、結局そのままおっ死んじゃうヤツだっているよなぁ。反対に、生まれた時から幸運っていう電車に乗りっぱなしで、途中下車もせず、そのまま終着駅まで行っちゃうってヤロウもいるんじゃないのかな。

人生結局プラマイゼロ、って言ってあげたいし、言ってみたいけどそうじゃないね。もし、ホントにそうだとしたらオレ、神の存在信じちゃうもの。

『だからさ、アタシなんか若い時分、さんざやりたいことやってきただろ。そのツケがいま来てるってわけ。女房子供もいない風来坊だし、パッとしねえ店もあたしの代で終わり。ご先祖さまに顔向けできねえって、親父がよく言ってたっけ……』
「でも、若旦那、まだ人生半ばでしょう」
『まぁな。人並みにおまんま食べられてるし、こうやって好きな所で好きな酒を飲めるってことは、あながちマイナスとはいえねえかもなあ。ハハハハハ……』
「そうですよ。考えてみれば若旦那の人生、プラスばかりじゃないですか」
『そうかなぁ……。そうねぇ、そう言われてみりゃ苦労らしい苦労ってしてないものなぁ。人生トントンって考えたら、この先がコワイってか? ハハハハハ……』
「ハハハ……ほんとに、あとは野垂れ死にだけだったりして」
『……バカヤロウ……、縁起でもないこと言うねぇ』
「スイマセン……」


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ももはは

わたしも、トントンかなぁと思いました。
小さい時はいやなことが多かったので、
今はいいことばかりなんだと思います。
by ももはは (2008-04-16 06:32) 

MOMO

ももははさん、ありがとう。

そうなんですか。それはいいことですね。
その反対もあるのでしょうけど。

わたしはどうなんでしょう。
苦しいこともあったし、楽しいこともあったし、って遺言みたいになっちゃいますね。
まあ、強いてトントンにするならば、ドラマチックな「10-10=0」ではなく、せいぜい「3-3=0」ぐらいでしょうか。

でも、この先一大災難がふりかかって「3-10」になったりして。

by MOMO (2008-04-17 21:24) 

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