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『マンボ』 [noisy life]

♪ ふるさとはナポリ 素晴らしい景色
  歌と踊りこれがまた 素敵によろし
  E-Manbo Mambo Italiano E-Mambo!
    Mambo Italiano Go go go.
    You mixed up siciliano
    All you calabrese do the Mambo
    Like a crazy with a E-Mambo
    Don't want a tarantella E-mambo
    No more a mozzarelle E-mambo! Mambo Italiano
    …………
(「マンボ・イタリアーノ」MAMBOITALIANO詞、曲:ボブ・メリル、訳詞:井田誠一、歌:雪村いづみ、昭和30年)

「マンボ」はリズムの宝庫キューバ生まれ。
またマンボというと、社交ダンスにもあるのでリズムの種類だと思いがち(わたしもそう)ですが、そうではないらしい。キューバには“ソン”というベーシックなダンス音楽があり、それをアレンジ、発展させたものがマンボとのこと。

「マンボ」の語源については、昔、キューバ島の魔術師が祭式のときに発した呪文だといわれています。

また「マンボ」の創始者の栄誉ははペレス・プラードPEREZ PRADOひとりに与えられるべきではない、という見方が一般的ですが、彼がマンボを世界中に広めた功績者のひとりであることは間違いありません。それは1949年、彼が公演していたメキシコから広まります。かの有名な「マンボ№5」MAMBO NUM.5「マンボは楽しい」QUE RICO ES EL MAMBOが作られました。

そして、その2年後には日本でも流行歌にマンボが取り入れられるようになります。昭和26年10月「花のマンボ」(越路吹雪)、12月「マンボ・チャイナ」(渡辺はま子)がそうです。そして27年にはマンボで味付けした流行歌としては最も知られた「お祭りマンボ」(美空ひばり)がヒットします。

しかし、本格的なマンボブームが起こるのは昭和30年以後。昭和31年にはペレス・プラード楽団が来日し、情熱的な音楽とダンスはさらに広がっていきます。
彼とその楽団が演奏する「マンボ№5」、「マンボ№8」MANBO NUM.8、あるいは「闘牛士のマンボ」MANBO DEL TORERO、「セレソ・ローサ」CEREZO ROSA は日本でもヒット。演奏中に指揮者であるプラードが発する「ウーッ!」という言葉とともに、子供までが「マンボ」という言葉を知るようになります。

また日本人のヴォーカルによる「パパはマンボがお好き」(高島忠夫)「マンボ・イタリアーノ」、「マンボ・バカン」(雪村いづみ)などのカバー曲が世に出るのもこの頃。(YOU-TUBEにないので原曲で)

そしてさらなる和製マンボも。なかでも「ウー」というかけ声まで入れた本格的な和製マンボが「東京アンナ」(大津美子)。作曲の渡久地政信は、この前年に20年代最大のヒット曲「お富さん」(春日八郎)を作っています。また、同じ作曲家の吉田正「東京ナイト・クラブ」「東京カチート」など、マンボをはじめラテンテイストを取り入れた歌謡曲で“ムード歌謡”(当時都会派歌謡曲といわれたいて)というジャンルをかたちづくっていきます。
その後では殿さまキングス「恋は紅いバラ」「けい子のマンボ」を。

その他、インストでは東京パノラマ・マンボ・ボーイズが楽しいマンボの数々を聞かせてくれます。そして古いところでは「パチンコ・マンボ」。これは昭和28年、ジョージ・ワトソン楽団によるもの。どこのバンドかと思うと、これが進駐軍のバンド。このバンド他にもヴォーカル入りの「ルンバ・ギンザ」なる曲もレコーディングしています。

「マンボ」でもうひとつ思い浮かぶのが、マンボズボン、あるいはマンボスタイル。これは、裾を極端に細くしたパンツのことで、「マンボ」がもたらした当時の若者のファッション。マンボダンスに興じる若者が踊りやすいように、ズボンの裾を細くしたとか、ペレス・プラードやそのバンドマンたちのスタイルを、まず日本のバンドマンたちが真似、それが広まったなど、マンボスタイル発生には諸説があります。しかし、このマンボスタイルが爆発的に流行ったわけではないことは、日本のファッション史でもさほど頁をさかれていないことで理解できます。

音楽のマンボのブームはことのほか早く終焉してしまいますが、マンボスタイルは息が長い。その後のロカビリアンたちも愛用し、40年代にも流行しました。50年代のローラー族もそうですし、現在でも街中でマンボズボン愛用者をみかけることがあります。

恥ずかしながらわたしも大昔はいていたことがあります。このマンボズボン、若者ならではのファッションだと思っていたのですが、いつだったか、フィリピン人のお爺さんがアロハにマンボズボンというスタイルで街を歩いていました。とってもイカシてましたね。わたしも負けずに、などと思ってしまったほど。でもそれにはあと5キロぐらい減量せねば

 


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コメント 4

Ma-toshi

マンボといえば、パラダイス山元さんをご存知ないですか?
元ペレス・プラードのオッカケ!で、「ウ~ッあー!」は、本家公認です。
この人スゴイですよ。
公認(?)サンタクロースだし、「マン盆栽」の権威としてNHK教育テレビにまで出演し、いろんなコマーシャルにも出てますし、昔その風貌がタレントの松村さんに似ていて間違えられたり、何かと話題の多いかたです。
by Ma-toshi (2008-01-13 22:58) 

MOMO

知ってますよパラダイス山元。

いまはバンド名が変わったようですが、かつては東京パノラマ・マンボ・ボーイズを率いてましたね。

たしかにユーモラスな雰囲気ですね。
知りませんでしたが「マン盆栽」っていいですね。
by MOMO (2008-01-14 20:56) 

ラテン

楽しいですね^^
「マンボズボン」を検索しててここにたどり着きました。
パラダイス山元さんですかぁ・・・
多分拝見すればわかると思います。
女性が歌ってる歌は昔江利チエミさんが歌ってましたよね?
懐かしいです。50年代は子供時代で、まだTVも普及してなくて
ラジオからジャズやラテンが流れてましたからね~^^
ありがとうございました。
by ラテン (2008-02-12 14:30) 

MOMO

ラテンさん、遠路はるばるごくろうさまです。

江利チエミ、そうでしたか。
雪村いづみとペギー葉山は聴いたことがあるのですが。
今度探して聴いてみたいですね。

よかったら、また何かの機会にいらっしゃってください。もし、HPかブログをおやりになっていましたら、アドレスもよろしくお願いします。
by MOMO (2008-02-12 22:03) 

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