SSブログ

Silence is Golden② [story]


Talking is cheap
People follow like sheep
Even though there is no where to go
How could she tell he'd deceive her so well
She'll be the last one to know

Silence is golden
But my eyes still see
Silence is golden, golden
But my eyes still see
(「サイレンス・イズ・ゴールデン」SILENCE IS GOLDEN 詞、曲・CREWE & GAUDIO、歌・THE TREMELOES、1967)

僕が高校へ入って、ギターひとつ弾けないのに軽音楽部へ入ったのは、西田先輩にハートを射抜かれたからだった。
新入生のオリエンテーションで、3年生の彼女は軽音楽部のアピールのため、講堂のステージに立った。ギターとウッドベースの男性2人を従えた変則的なPPMスタイルで。「天使のハンマー」から始まって、「虹と共に消えた恋」「悲惨な戦争」と聴きなれた曲が流れる中、僕の視線は彼女に釘付けだった。マリー・トラヴァースより断然素敵だった。そして躊躇いもなく軽音楽部へ入る決心をしたのだった。西田恭子は僕が生まれて初めて好きになった年上の女性だった。

3年生の彼女はあまり部室へ来なかったが、それでも僕は同じクラブに籍を置いているというだけで満足だった。時々、別校舎にある彼女のいるクラスの前を通ったり、校庭で体育の授業を受ける彼女を2階の教室から探したり……。
彼女は少し変わった女子高生だった。当時、制服から私服に変わる高校が増えていった時代だったのだが、僕の通う高校はいまだ制服のままだった。ところが何人かは、そうした風潮を先取りして私服で登校する生徒がいた。彼女もそのひとりだった。彼女のファッションはたいてい丈の短いコッパンにバシュー、それにボタンダウンのシャツにベスト。とりわけユニークだったのはテンガロンハットと小さな皮のトランク。翌年、我が校の制服が廃止されたのは彼女の行動と無関係ではなかった、と僕は思っている。

「先輩、先輩」
僕は、ステージを見上げている西田恭子に近づきながら声をかけた。振り向いた彼女は一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔になった。
「どうしたの?」
そう言うと、彼女は焼そばの皿を持ったまま立っている僕に、目で隣の席に座るよううながした。僕はその席に座りながら、初めて彼女がオレンジのビキニスタイルであることに気づいた。すると、もう彼女に視線を向けることができなくなった。僕はひたすらステージを見つめたまま話をした。彼女に訊かれるままに、昨日からクラスメート3人で来て、中澤の別荘で泊まっていることを話した。もちろんガールハンティングのことは言わない。
さり気なく彼女を見た。長い睫毛は天然だったが、日焼けした顔にひときわ目立つピンクの口紅。学校では一度も見ることのなかった美しい唇だった。何だか胸がドクドクと高鳴った。
演奏が終わった。そして、しばらくして再び始まった。高音のギターとハミングのハーモニー。イントロで分かった。トレメローズの「サイレンス・イズ・ゴールデン」
西田恭子の隣に座った僕は、急に言葉が出てこなくなった。ただ、サウンドに合わせてリズムをとっている彼女の肩だけが僕の目の端でふるえている。ふたりともずいぶん長い間黙っていたような気もするが、まだ曲の途中だったのでほんの短い時間だったのかもしれない。突然、海パンにパーカーを羽織った男が彼女の前に現れた。
「まだ聴いていたいかい?」
ロングヘアで背の高い男は、僕を無視して西田恭子に声をかけた。
「ううん。もういくわ。あっそう、この子ね、クラブの後輩」
彼女に紹介されて僕は、生意気にも座ったまま会釈をした。
「彼、三浦さん。K大の2年生。わたしのお友だちなの」
「よろしく。このバンドの連中、俺の知り合いなんだ。けっこう上手だろ?」
男は、ステージを指さしながら笑顔で僕にそう言った。彼女は椅子から立ち上がると、
「いつまでいるの?」
と訊いてきた。
「明日の午後帰るつもりなんです」
「そう、わたしたちは今夜帰るの。じゃあ、今度また学校でね」
そう言うと、西田恭子は男にエスコートされるように去っていった。その後ろ姿に目を奪われながら、彼女の「わたしたち」という言葉が、見事に僕の胸を切り裂いていた。「サイレンス・イズ・ゴールデン」はまだ続いている。

“一念岩をも通す”と言うが、中澤という男はまったく諦めるということを知らない。何組目だったのかは分からないが、僕と別行動をとっているあいだに、とうとうガールハントに成功したのだ。相手は1級上の2年生で、夕方「かもめ」という海の家の前で待ち合わせして、それから別荘へ“招待”するのだそうだ。
問題は相手が3人娘ではなく2人組だったということ。中澤はしきりに恐縮して「あと一人きっと捕まえるから」と言って僕を慰めた。もちろん一人で海に来る娘などいるわけがなく、無理な話なのだが、僕にとってはそんなこともうどうでもよかった。
「なんだか、日焼けしすぎて気分わるいから、今日は早めに寝るよ」
と言う僕だったが、実をいうと頭の中は、西田恭子とあの背の高い男のことでいっぱいだったのだ。

翌日、朝からの雨はあがったが、それでも午後の空はどんより曇っていた。僕は列車の窓から湿気を帯びた田園風景を眺めていた。向かい合って座っている中澤と上野は、しきりに「なんだかわるいことしたな。俺たちばっか」と僕に言い訳をする。しかし、お互いにじゃれ合うその姿には童貞を卒業した清々しさと喜びが充ち溢れていた。
「達也、心配すんなよ。必ず誰か探してやるからさ。そうだ、大晦日、初日の出見にまた九十九里へ来ようぜ。そんときは絶対に6人でな。……おい眠っちゃったのか?」
……ありがとよ、中澤。とうとう僕だけ童貞喪失ストーリーを作れなかったな。でも、僕の瞼の裏を今、「サイレンス・イズ・ゴールデン」をBGMに、オレンジの水着の西田恭子がひとり、砂浜を歩いている映像が流れているところなんだよ。だから、しばらくはそっとしておいてくれないか。


nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 2

もう海に行く季節じゃないですけど夏の思い出に浸らせてくれるような感覚がします。

Silence is golden.
by (2006-09-10 20:45) 

MOMO

nise & コメントありがとうございます。♪夏が来れば思い出す って歌の文句じゃないですが、ほんとに楽しい思い出っていうのはなぜか夏が多いですね。春だって秋だって冬だってあるんでしょうけど。やっぱり長い夏休みのせいかもしれませんね。
by MOMO (2006-09-11 00:17) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。